運慶仏をつくる【第4話】 運慶展の印象に少しでも近づけたい
【持国天「古色彩色」の第二次修復が無事完了】
東京国立博物館の特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」で実物の持国天に再会したことで、海洋堂の「四天王像 持国天」(ノンスケール)の制作意欲がほとばしっている。
熱がさめないうちに、キットの修復作業を進めていく。
玉眼の修復
以前書いたように、持国天を玉眼だと早とちりしてしまい、せっかくのモールドをつぶしてまで、透明プラでつくった玉眼をはめ込んだのが、そもそもの始まりだ。

黒目とその輪郭の赤を描き直そうとしたのだが、これが大失敗で、まっ赤になってしまった。なんとかしようとしているうちに玉眼がわりの透明プラが陥没したというのが、前回までの状況。

そこで頭部を分解し、陥没した玉眼(がわりの透明プラ)を取り出して、新たにつくった玉眼をはめ込んだ。前回の失敗に懲りて、黒目の輪郭がきれいな円になるように、ピンバイスで黒眼の位置に円形の穴をあけ、黒色の塗料を流し込むことにした。
このアイデアが功を奏し、今度は眼球のほぼ中央に丸い黒眼を描くことができた。事前に金色を流し込んでおいたので、あまり効果がなかったとはいえ、黒眼の輪郭を金色っぽくすることもできた。
赤色をやめて金色にしたのは、今回、願成就院の毘沙門天立像の玉眼の再現を目指したからだ(まぁ本当は、失敗しときに真っ赤になるよりは、金色のほうがましと考えたからなんだが…)。
あとは、透明プラをはめこむ際に削れてしまった瞼や眼球まわりを、透明接着剤とパテでなんとか再生し、それらしい形にしていった。
筆者の技量にしては、まぁまぁうまくいったと言えるんじゃなかろうか。修復前よりは男前になったことだし。

岩座の再塗装
岩座も、特別展でじっくり観察してきたので、そのときの印象を踏まえて全体を塗り直すことにした。
キット造立時には、手元にある2017年の「運慶展」の図録写真 *1 を参考に岩座を塗ったのだが、図録の写真はうますぎ。芸術的すぎて、岩座も慶派が彫ったように見えてしまう。
それに比べると、展覧会で見た岩座は意外にしょぼかった。
実物らしさを追求するなら、流木の数を減らし、隙間を増やして、いかにも後補といった印象にしたいものだが、筆者にはその技量がない。そのまま塗装することにした。
もともと極彩色で塗られていた持国天の本体とは異なり、岩座はなにも塗っていないようにも見えるので、枯れ木らしさを出したいものだ。
あとは、岩座の最下段は漆塗りだと勘違いして、艶ありの黒で塗っていたのだが、実物には漆が塗られた形跡はまったくなかった。タンやウッドブラウンを塗り重ね、木肌らしく見えるようにした。
あまりうまくはいったとはいえないが、後補らしさというか、持国天とは出来が違うんだという雰囲気にはなったと思う。

胴体の再塗装
長い年月で塗装がはがれ、白下地が見えているのだろう。実際、裳(裙)の内側などはほとんどが白色が残っている。はるかに白が勝っている印象なので、そのあたりの雰囲気をキットでもうまく出したいものだ。
それと、キット造立時には、木彫仏の古色彩色を再現するつもりでがんばったのだが、どうにもうまくいかず、金銅仏というか、劣化の進んだブロンズ像のような仕上がりになってしまった。
現物を間近で見れば木彫であることは明らかなので、なるべく金銅仏に見えないように塗り直した。

トラブル続きではあったものの、第二次修復はなんとか完了した(ことにしよう)。もうすこし手を入れるつもりだが、いまは「復元彩色」の制作を進めたい気分だ。
*1 『興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」』(図録)、東京国立博物館、2017年、148〜149ページ
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