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『SCHOOL OF LOCK!』―― ラジオの中にあった居場所|あのころを振り返る #11

僕の青春はリアルな学校だけではない。
10代の僕にとって"第二の学校"だった、ラジオの中の学校『SCHOOL OF LOCK!』が今月20周年を迎えた。

20周年を祝うようにかつて”講師”としてコーナー担当をしていた「Base Ball Bear」「RIP SLYME」「RADWIMPS」が相次いでゲスト出演。
当時の”生徒”だった自分にとっては嬉しいサプライズだった。

10月9日の生放送教室では、かつて番組を聞いていた”生徒”に電話をつなぐという授業で、これが非常にエモーショナルであった。

*『SCHOOL OF LOCK!』…TOKYO FMをキーステーションに放送されているラジオの中の学校がコンセプトの番組。主に10代をターゲットにその時代の学生に人気の女優やアーティストが数多く出演。パーソナリティは校長と教頭。コーナー担当やゲストは先生(講師)、リスナーは生徒、放送は授業と呼ぶ。


今は社会人として働く人、生徒同士で結婚した人、自分と同世代の”元生徒”の話を聞いていると、熱心にSOLを聞いていたあの頃が自然と思い出された。



あこがれのGIRLS LOCKS!


2005年10月。僕が中学一年生の時に『SCHOOL OF LOCK!』(以下SOL)は開校した。
まさに自分の青春時代の幕開けと共に番組は放送したが、いつから聞き始めたかは厳密には覚えていない。

ただ、当時の若手女優が週替わりで担当していた「GIRLS LOCKS!」がきっかけだったような気がしている。
その情報をどこから得たかも覚えていないが、新聞のラジオ欄に「ガッキー」「堀北真希」の文字を見つけた記憶がある。
クリスマスにもらったMDコンポでアンテナを伸ばして聴いていたし、まだまだアナログな時代だった。

Wikipediaで「GIRLS LOCKS!」について調べてみたところ、一番熱心に聴いていたのは2007年4月~2009年1月だったと分かった。
榮倉奈々、堀北真希、新垣結衣、戸田恵梨香、成海璃子が担当していた時期で、豪華なラインナップに改めて驚かされる。

まさに「コード・ブルー」「恋空」「プロポーズ大作戦」「メイちゃんの執事」「野ブタ。をプロデュース」「花ざかりの君たちへ」「ライアーゲーム」「ギャルサー」「ハチミツとクローバー」といった2000年代後半を代表する作品にそれぞれが出演していたタイミングだ。

これらのタイトルを聞いただけでも、悶絶してしまう。
この気持ちを分かってくれる同世代は少なくないと信じたい。


SOLは僕の居場所だった


当時は「ニコニコ動画」を始めとする新たなネット文化が人気を博してきた頃だったが、メディアの中心はまだまだテレビ。
その一方で「涼宮ハルヒ」や「らき☆すた」といったアニメの人気が出たのもこの頃で、いわゆる”ヲタク文化”が着実に浸透しカルチャーの多様化が進んだ時代だった。

当時の僕は携帯電話を持っておらず、幼い妹が寝ていることもあり夜はテレビも見れなかった。とはいえまだ眠くもない。そんな僕を救ってくれたのがラジオであり、SOLだった。

振り返ってみても、中学生の僕の周りにラジオを聞いている人は誰もおらず、2000年代後半がラジオにとって一番の窮地だったのかもしれない。
だからこそ自分だけが知っている”秘密基地”に集まっているようだったし、リスナー同士にも連帯感もあった気がしている。

高校生に入りラジオリスナーの同級生に会ったが、二人でいる時にこそこそ話す程度で、どこか隠れた信仰を持っているような感覚だった。

SOLに出会った当時、僕は塾や習い事もしていなかったので、学校以外のコミュニティに属していなかった。

友だちもいたし、部活にも打ち込んでいたが、どこか息苦しさを感じることもあった。自分にとっての社会は学校だけ。
そこでの評価が全てで、逃げ場がないような感覚になり、夜になると孤独を感じることもあった。

SOLでは北海道から沖縄まで多くの同世代に"逆電”(生徒に電話をつなぐこと)をしていた。
遠く離れた場所にもラジオを聴いている同世代がいる――当時は意識もしていなかったが、この事実によって僕はひとりじゃないと思えていたのだと思う。

当時は「居場所」として強く意識していたわけではない。
番組が楽しかったし、ラジオを聴くのが日常で本当に学校に通うような感覚で聞いていた。

それでも振り返ってみると、確実にSOLは学校、家族に続く第三の居場所だった。SOLがなければ今の僕はいなかったかもしれない。


多くの音楽との出会い


SOLは僕に多くの「音楽」の出会いをくれた。

もともと聞いていたYUIやBUMP OF CHICKENはもっと好きになったし、アジカンやRADWIMPSも聴くようになった。
チャットモンチーとBase Ball Bearを知り、好きになったきっかけもSOLだ。
PerfumeやSEKAI NO OWARI、社会人になってからだがMrs. GREEN APPLEとOfficial髭男dismを初めて聴いたのもSOLだった。
気になった曲をメモしTSUTAYAに駆け込むきっかけを何度もくれた。

2008年にはじまった『閃光ライオット』を通して、Galileo Galileiや片平里菜に出会うこともできた。

また多くの「宇宙初オンエア」も楽しみだった。
YUIの「SUMMER SONG」、Perfumeの「Dream Fighter」、BUMPの「宇宙飛行士からの手紙」…聴いた曲を挙げたらきりがない。
電波を介して顔も名前を知らない全国の”生徒”と、この瞬間を共有できたのはかけがえのない経験だった。


今も忘れられない思い出の授業


心に残っている授業は多くあるが、特に印象に残っているものをふたつ挙げたいと思う。

リトルDJは君だ!


逆電をした生徒が誰かに伝えたいメッセージと共に曲紹介をするというもの。
今までは言えなかったが想いを曲に乗せ、ラジオを通して発信される。
その誰かがラジオを聞いてるとは限らないが、言葉にすることに意味があるし、浪漫があった。思わず涙しながら聴くこともあった。


2009年11月4日(水)の放送


八丈島在住の生徒と逆電し「クリスマスまでに告白したい」という相談を受けていたところ、放送中に多くの奇跡が重なり、思いを寄せる相手とも電話をつなぎ生放送中に告白をしたという回。

生放送ならではのリアルタイム感も相まって、ドキドキしながら見守るように聞いていたのを覚えている。
また、八丈島に同い年の人がいて、同じラジオを聴いているという実感が新鮮だった。

今も時々、この時の八丈島の生徒は元気だろうかと思いを馳せることがある。
先日の台風のニュースを見た時にも、真っ先にそのことを思った。
今は島を離れているかもしれないが、どうか無事で元気でいて欲しい。


今回HPを見直して驚いた。
この日はアジカンの「新世紀のラブソング」が宇宙初オンエアされた日だった。告白が成功した後、ラストにファンモンの「告白」とミスチルの「君が好き」が流れていた。
当日の放送と、あの時のときめきが鮮明に蘇ってきた。



他にも「男と女の掲示板逆電」「けしからん」という異様な盛り上がりを見せた授業も思春期の僕に多大な影響を与えたが、あえてここでは触れないでおこうと思う。

もしSOLの生徒だった方いたら、SOLの思い出や印象に残っている授業を教えてくれたら嬉しい。


あの頃の生徒との再会


僕が熱心に聴いていた頃、実際にSOLのリスナーに会ったことはなかった。
しかし、ふとした時に「聴いていた」と話す人に会うことがある。

中学生の時に聴いていたと教えてくれた高校の同級生。
カーラジオをつけた時に、偶然SOLが流れ「10代の時に聴いていた、懐かしい」と呟いた職場の同期。
「バイト先で毎日流れている」と話していた、10才年上の大学の同級生。

きっかけや熱はそれぞれだが、たしかにSOLは届いていた。

一番嬉しかったのは、かつて生徒だった同世代の方が今ではラジオパーソナリティになっていることだ。

時空を超えてあの時の”同級生”と再会したような気分だ。
あの時、小さな音でひっそりと聴いていた僕に「ひとりじゃないよ」と今なら言える。



20年越しの同窓会


10月9日の放送は久しぶりにリアタイをした。
番組の終盤、軽い気持ちでXに呟いたところ、なんと校長が拾ってくれたのだ。


SOL教育委員会の方ではちゃっかり電話をつないでもらったことがあるが、まさかSOLの本放送で自分の名前を呼ばれる日が来るなんて…
現役生徒時代だった自分に言っても信じないだろう。

実際に「ガッキー神輿隊」の懐かしい音声が放送され、タイムラインも盛り上がったのは嬉しかった。
離れている場所で名前も顔も分からないのに、同窓会に出ているような気分だった。
*「ガッキー神輿隊」…コーナーが始まる前にガッキーを”担ぎ出す”というノリで、実際に男子生徒の音声を集め放送されていた。

SOLは変わらずそこにあった。かつての僕の居場所だったように、この先も誰かの居場所であって欲しい。
20年間、ありがとう。
そして、これからも未来の鍵を握り続けてほしい。



*こちらの記事でもSOLに触れていますので、よろしければどうぞ。

*懐かしい曲とともに”あのころ”を振り返っていますので、こちらもよろしければどうぞ。


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