Base Ball BearとAでもCでもない僕
先日、Base Ball Bearと Galileo Galileiの対バンに足を運んだ。
10代の頃に熱心に聴いていた2組の共演を、2025年の今、同じステージで目の当たりにするのは、とてもエモーショナルであった。
特にBase Ball Bear(以下、ベボベ)が自分自身に与えた影響は大きく、改めてベボベとの出会いや、当時の自分に与えた影響について振り返りたいと思った。
「17才」との出会い
当時、聞いていたラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」で彼らの楽曲を聴いたり、初出場したMステを見ていたため、バンド名のインパクトもあって存在は知っていた。
しかし、本格的に気になり始めたのは、先輩がカラオケで「17才」を歌っているのを聞いた時だった。
どこかで聴いたことのある曲だったが、歌詞を見ながら聴くと改めて良い曲だなと感じた。
当時の自分は15才。
数年後の自分の年齢について歌うこの曲には、憧れがつまっていた。
17才 It’s a seventeen 檸檬が弾けるような日々
生きている気がした気持ち それがすべてだ
「檸檬がはじけるような日々」
そんな毎日が今後、自分には訪れるのだろうか。甘酸っぱさが鮮やかに描いた歌詞が耳に残った。
実際の17才は「檸檬が弾けるような日々」とは遠かったが、大人になって振り返ってみると、そんな毎日も甘酸っぱかったのかもしれない。
(ベボベの楽曲には「檸檬」という単語が多く使われている)
改めてMVをみると、当時の「17才」の空気感がそのまま詰まっており、胸が苦しくなった。
この出会いをきっかけに、ベボベの他の楽曲も聞くようになった。
2009年のベボベと自分
特にベボベの楽曲に触れる機会があったのは2009年と記憶している。
2009年のベボベはリリースが相次ぎ、『LOVE MATHEMATICS』『神々LOOKS YOU』『BREEEEZE GIRL』『Stairway Generation』という4作のシングルを8月までにリリースし、9月にはアルバム(『(WHAT IS THE)LOVE & POP?』)を発表する怒涛の一年であった。
シングル曲は今でもライブ定番曲であり、カップリング曲もファンに愛される名曲が多い。
まさに自分自身が興味を持った直後のタイミングで、数々の楽曲に出会えたのも非常に幸運であった。
『SCHOOL OF LOCK!』におけるベボベ
音楽だけでなく、ラジオでの彼らの存在も大きかった。
当時、ベボベが「SCHOOL OF LOCK!」内で「ベボベLOCKS!」というコーナーを担当していた。
Aでもない、Cでもない、その狭間でモヤモヤしたB
「SCHOOL OF LOCK!」の出演者はゲストも含め、何かしらの「先生」という設定なのだが、彼らは「優れた『A』でもなく、落ちこぼれの『C』でもない、その狭間でモヤモヤした『B』な生徒のためのクラス、B組の講師」と称し、出演していた。
トークが面白いのはもちろんだが、この「AでもCでもない」というのが、自分のことを言っているようで、支えになる存在であった。
当時の学校の空気感
当時、成績や運動、面白さ、異性からのモテ度…様々な項目によって、無意識のうちに「スクールカースト」のような枠組みが存在していた。
まだ「陰キャ」「陽キャ」なんて言葉はなかったが、運動部を中心とした華やかなグループ、当時のオタク文化に精通した文化系のグループなど、明確な集団はあった。
当時の自分はグループや性別に関係なく友人に恵まれていたものの、「スクールカーストの枠にハマりたくない」と強く思っていた。(今思うと、それだけ意識していたのだと思う)
特定のグループにいるわけでもないし、自らが望んだ選択であったが、自分の立ち位置に悩むこともあった。
そんな自分にとって、ベボベが「AでもCでもない、B組の講師」として存在してくれたことは、大きな支えであった。
そんな自分の心境と、ベボベが歌う風景がマッチしていた。
ベボベがくれた青春の風景
日常の延長線上にある青春
ベボベの描く青春は、良い意味で洗練された都会過ぎず、どこか自分の生活の延長線上にあるように感じられた。
「土手」「夕陽(夕方)」「自転車」「海」「檸檬」などの言葉が印象的に歌詞に使われる事も多く、普遍的な青春の風景が見えた。
当時の普段の風景や感覚にもしっくりと馴染んだ。
そんな“日常の延長線上”にある青春を、「B組の講師」である彼らが歌ってくれることが、自分に「青春」を楽しむことを肯定してくれるように感じた。
『BREEEEZE GIRL』における「君」と「僕」
ライブの定番曲でもある『BREEEEZE GIRL』で描かれる、「君」と「僕」の世界は、片思いでも両想いでもない、恋が始まりかけたような瞬間を瑞々しく描いている。
当時、流行っていたラブソングは、自分にとってどこか”ファンタジー”のような感覚であったが、ベボベが歌う曲は自分ごとのように感じられた。
彼らの楽曲と存在は、当時の何者でもない自分をさりげなく肯定してくれた。今でも曲を聞くと、高校時代の記憶が思い浮かぶ。
ベボベの音楽は、ただの冴えない高校生だった自分と共に存在してくれていた。
おわりに
今回の対バンでベボベのライブを見たのは2023年のロッキン以来2年ぶりであった。
現在もステージに立ち、あの頃の曲も、今の曲も変わらず届けてくれる姿に、自分の時間も間違ってなかったと思えた。
あの頃の音楽と、今の自分が、同じ夜に同じ空間で重なった。そんな瞬間が、人生の中で何度あるだろうか。
また、新たな思い出ができた素敵な夜だった。
最後までご覧下さりありがとうございます。
ベボベとGalileoの対バンに行った話は別の記事にアップしていますので、よろしければそちらもご覧下さい。
