アフリカの陸上の強さ
では、ケニアやエチオピアの陸上の強さは、どう説明する?
前回、「スポーツの強さは人口と経済力(GDP)が大きく影響する」と書きました。
「では、ケニアやエチオピア、ウガンダの陸上の強さは、どう説明する?」
これらの国は、世界的なGDPで見れば決して豊かとは言えません。それなのに、長距離走では世界を圧倒し続けています。前回の話と矛盾するように見えるかもしれません。
仮説。GDPが大きく影響するのは「お金のかかる競技」ではないか
ここで、一つの仮説を立ててみます。
GDP(経済力)の影響が特に大きいのは、高価な施設や道具を必要とする競技ではないでしょうか。
例えば、競泳、自転車、馬術、フェンシング、ウインタースポーツ。こうした競技では施設や用具、指導環境、遠征費など、多くの投資が必要になります。だから経済力のある国ほど有利になります。
一方で、裸足でも走れる長距離走や、ボール一つで始められるサッカーは、経済力の壁が比較的低く、別の要素が大きく影響する可能性があります。
ブラジルのサッカーは、その代表例でしょう。前回紹介したヴィニシウス・ジュニオールも、裸足でストリートサッカーをしていた少年でした。
東アフリカの陸上も、この「道具の壁が低い競技」の代表格です。
圧倒的な「集中」
東アフリカの強さは、国全体に広がっているわけではありません。もっと狭い地域、そして特定の民族へ驚くほど集中しています。¹
例えばケニアでは、トップランナーの多くがカレンジンという民族の出身です。カレンジンはケニア人口の約1割ですが、国際大会でケニアが獲得する金メダルの大半を占めるという分析があります。¹
エチオピアでも、オロモ族など特定地域・民族から多くのトップランナーが生まれています。
つまり、「国全体が速い」のではなく、「特定の地域に世界最高レベルの才能が集中している」ということです。
科学が否定した「よくある説」
「彼らは心肺能力が桁違いなのだろう。」
多くの人がそう考えます。
ところが長年の研究では、VO₂max(最大酸素摂取量)は欧州のトップランナーと大きく変わらないことが示されています。²³
高地で育ったから酸素運搬能力が特別高い、という説明だけでは足りません。高地は重要な環境ですが、それだけでは世界一を説明できないのです。
科学が示した本当の理由① ランニング・エコノミー
研究者たちが注目しているのは、ランニング・エコノミー(走りの経済性)です。⁴
なんだそれは?
簡単に言えば、同じスピードで走るとき、どれだけ少ないエネルギーで走れるか。つまり、燃費の良さです。
多くの研究で、ケニアのエリートランナーは他国のトップ選手より優れたランニング・エコノミーを持つことが示されています。⁴
科学が示した本当の理由② 細く軽い下腿
その理由の一つが、細く軽い下腿(膝から下)です。⁵
脚の先端が軽いほど、振り子のように脚を振るためのエネルギーは少なくて済みます。つまり、長い距離を走るほど、この差は大きくなります。
細く長い脚、低い体脂肪率。これらが優れたランニング・エコノミーにつながることが報告されています。⁵
科学が示した本当の理由③ 幼少期の生活
もう一つ重要なのが、幼少期の生活です。
多くの子どもたちは、学校まで毎日何キロも走って通います。走ることが生活の一部になっています。
幼い頃から自然と積み重ねられる有酸素運動。そして成長後の本格的なトレーニング。研究者たちは、この組み合わせが世界最高レベルのランナーを育てていると考えています。²
そして、私注目したいこと。
ここからは、研究結果ではなく、私自身の考えです。
出生地の標高とオリンピックメダルの関係を分析した研究では、GDPの影響を統計的に考慮した後でも、高地出身であることとの関連が残ることが報告されています。⁶
つまり、環境そのものが重要な要素である可能性があります。
さらに私は、そこへもう一つ加わるものがあると思っています。
それが、ハングリーさです。
ヴィニシウス、ルカク、クンダナンジ。彼らに共通していたのは、スポーツが人生を変える数少ない手段だったことです。
東アフリカの長距離走にも、同じような背景があるのではないか。
もちろん、これは私自身の考察であり、現時点で科学的に証明された結論ではありません。
サッカーにも共通するもの。
ここで一つ大切なのは、サッカーは陸上ほど単純ではないということです。
11人で戦うチームスポーツであり、技術、戦術、育成制度、リーグのレベルなど、数多くの要素が絡みます。
それでも、幼少期からボールに触れる文化、激しい競争環境、人生を変えたいという強い思いが世界トップレベルの選手を育てるという点では、陸上と多くの共通点があります。
だから、ザンビアに希望がある。
ここまで科学の話をしてきた理由があります。
もし東アフリカの強さが生まれ持った瞬間の身体能力含む「魔法の遺伝子」だけで決まるのであれば、私たちにできることは何もありません。でも、科学はそう言っていません。
科学が示しているのは、環境、生活、身体特性、文化、そして積み重ねです。
つまり、環境によって才能は育てられる可能性がある。ということです。
ザンビアにも、若い人口があります。スポーツで人生を変えたいという思いがあります。一年中プレーできる環境があります。
足りないのは、育成施設、栄養、教育、指導者、試合経験、そして継続して投資できる仕組みです。
その最後のピースがそろえば、ザンビアのサッカーが東アフリカの陸上のように世界を驚かせる日が来ても、私は決して不思議ではないと思っています。
ON AFRICA
出典
¹ CNN, The reasons why Kenyans always win marathons lie in one region(2019)
² Saltin B. ほか, Aerobic exercise capacity at sea level and at altitude in Kenyan boys, junior and senior runners compared with Scandinavian runners(1995)
³ Larsen H.B. & Sheel A.W., The Kenyan runners(2015)
⁴ 同上(Larsen & Sheel, 2015)
⁵ Larsen H.B. ほか, Running economy and lower-limb anthropometry in adult male Kenyan and Danish middle- and long-distance runners(2025)
⁶ Birthplace Altitude and Long-Distance Running Medals, African Journal of Sports and Physical Sciences
⁷ Genetic differentiation in East African ethnicities and its relationship with endurance running success(2022)
