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【娘25歳子育てのやり直し】なりたい自分に挑戦からの低迷期~母はサンドバック

なりたい自分。
唯一の夢だと3年ほど頭に描いてきたことがあった。
少し痩せたことによって、やっと行動に移す時がやってきた。
あることに応募してオーディションを受け、練習生となった。

2か月経たないうちに、精神が疲労して辞めることとなってしまった。
こんな事を続けていても幸せにはなれないと気づいたという。
何かを始めても意欲が維持できない子なのか?
わたしは娘が夫にどう思われてしまうかばかり気になっていた。

それでも、固執していたものを手放して違う生き方を見つけるスタートになるかもしれないと、わたしは落胆するよりも希望を持つことができた。


わたしの職場で娘がバイトをさせてもらえることになった。
事情を知った上で、無理のない範囲でと受け入れてくれた。
青く染めた髪を元に戻して働いた。
いっぱい開いているピアスの穴は絆創膏で隠して行った。

これも2か月で終わるのではと懸念したものの、配慮のある職場だったので、休んだり再開したり2年間在籍し続けた。
だけど、決して自分のしたいことではない。
他にバイトを探してみるが、不思議なことに何処も不採用になった。

あとで聞いてみると、面接の際に「こんな時には〇〇できますか?」の質問に、「できないと思います」と答えていたのだそう。
この場で取り繕っても、絶対しんどくなると思ったからが理由。
そりゃ不採用になるわと納得。
でも、自分の気持ちを優先できることの方が色々学んだ結果だなとわたしは嬉しく思っていた。


この頃間隔が空きがちだったカウンセリングに同行してほしいと娘から要望があった。
娘が終わったあと、入れ替わりで母親のわたしが呼ばれた。

娘さんの代わりにお母様に伝えてほしいと言われました。
きつく当たってしまうことを気にされていましたが、どうやらお母様と言い合いしたり罵倒し合ったりすることが今はしたいみたいなんです。
そうやってぶつかりたいようなんですよ。

カウンセラーさんはそう言った。
どうゆうこと?ってなるから代わりに言ってもらったのはわかる。
カウンセラーさんは、「母子分離不安」の可能性もあると話していた。
やっぱりキーパーソンはわたしなのだとあらためて認識した。


精神科へ行かなくなって半年以上経っていた。
カウンセリングも辞めて3か月。

良くならない娘に焦りを覚え、何もしないではいられずに心療内科を探した。
主に漢方で治療をしている診療内科を近くに見つけて誘ってみると、娘はすんなりと受け入れてくれた。

じっくり時間をかけて話を聞いてくれる医師にとても救われた2年間だった。
娘の辛い症状に合わせてその都度、薬を変えたり増やしたり減らしたり。
漢方だけでは改善できなかったので過食を抑える薬や抗うつ剤など処方してもらい、やがて変化が見られるようになったのはこのクリニックのおかげだと思っている。


大学に通ってたとしたら、もうすぐ大学3年生になる頃。
まだまだ同級生は学生。
急がなくてもいい。
そう思えていた。






【娘25歳子育てのやり直し】読んでいただきありがとうございます。
マガジンにまとめていますので、初めからぜひ読んでみてください。




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