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30歳まで貯金ゼロだった私が、NISAを10年運用して気づいたこと

今年は、新NISAが始まって3年目の年ですね。

私は旧NISAの時代に口座を開設し、気づけば投資歴10年となっていました。
投資金額や期間が一定でないため、年率での成績は出しにくいのですが、結果としては、500万円ほど増えていました。

NISAの仕組みの良いところは、利益に対して税金がかからない点です。
仮に500万円の利益が出た場合、通常であれば約100万円が、税金として差し引かれます。

直近の10年は相場環境にも恵まれ、もっと効率よく増やした人もたくさんいるはずです。それでも、30歳になるまで貯金らしい貯金をしてこなかった私にとって、この結果は悪くないものだったと感じています。

ただ、この記事で書きたいのは「いくら増えたか」ではありません。
10年かけてたどり着いた、とても地味な結論についてです。

いちばん楽しくて、危うかった時期

NISA口座を開設してしばらくのあいだ、運用の中心は個別銘柄でした。
特定の企業を選び、その会社の成長に賭けて株を買う。そんな投資のしかたです。

新しいことを始めた高揚感もあり、手間をかけること自体に楽しさを覚えていた時期でした。企業のニュースを追い、決算資料を読み、株価の動きを眺める。自分で考えて投資しているという実感があり、思惑どおりに株価が動いたときには、脳内に快楽物質が出ているような感覚すらありました。

特に印象に残っているのは、運用を始めて3年目のことです。
NISA口座外での取引となるのですが、いわゆるビギナーズラックというやつで、ひと月で含み益が一気に1,800万円ほど増えたことがありました。

当時は、今では行わないようなリスクの高い取引もしていました。
手元の資金以上の金額を動かせる信用取引を使い、株価が上がれば大きく増える一方で、下がれば借金になる可能性もある。画面に表示される数字を見て、興奮しなかったと言えば嘘になります。

結果的に、その銘柄の株価は元の水準へ戻り、含み益も消えました。
後になって思えば、それがバブルだったと見抜けるだけの知識も経験も、当時の私は持っていなかったということです。

そんな「含み益は幻」という株式投資の教訓を、身をもって教えてくれたのは「フィル・カンパニー」という銘柄です。駐車場の上部空間の有効活用を行う企業で、2018年当時の熱狂は、今もそのままチャートに残っています。

再現性を求めて、凡人であることを知る

掴みきれなかった果実のことを思うと、次にやるべきことは一つでした。

再び、ひと月で1,800万円ほど増やす。そして今度こそ、それを幻で終わらせない。できることなら、それを何度も繰り返し、あわよくばFIRE(経済的自立と早期退職)をしたい!!!

2020年になると、コロナ禍の影響で、企業によって業績の明暗が分かれ、さまざまな思惑も重なって、特定の銘柄の株価が一気に跳ね上がる局面が訪れました。

これは再び巡ってきたチャンスだと思い、ここぞとばかりに決算資料を読み込み、成長ストーリーを描き、筋がよさそうだと感じた企業の株を買ってみました。

今思えば、かなり真面目に再現性を探しにいっていたと思います。

けれど、時間が経つにつれ、はっきりしてきた事実がありました。
自分は、相場を先読みできる特別な才能を持った投資家ではない、ということです。

その認識を決定づける出来事がありました。
「グレイステクノロジー」という、マニュアルのコンサルや制作を手がけていた企業にまつわる一件です。

かつては滝川クリステルさんが出演するテレビCMまで流し、社長の話も魅力的で、これから伸びる会社なのではと感じていたのですが、実態は粉飾決算まみれで、最終的に上場廃止となりました。

その出来事を通じて、はっきり自覚しました。
私は、会社を見る目もなければ、人を見る目もない。

再現性を探し続けた末にたどり着いたのは、自分は凡人である、というごく当たり前の結論でした。

先人たちの最適解に、私もたどり着いた

こうした試行錯誤を経て、私も、散々語られてきた長期投資の結論へと落ち着きました。

個々の企業を選ぶのではなく、世界経済の成長に投資する。
今は、いわゆる「オルカン(全世界株式)」を中心に運用しています。

データではなく、構造で考えることを優先するようになった感じです。

経済評論家・山崎元さんの遺作『経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて』には、次のような一節があります。

今なら、通称「オルカン」こと「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」でいい。理由は、有利な形で分散投資されていて、運用の手数料が安いからだ。

手数料という金銭的なコストが低いことに加えて、選ぶために悩む時間がいらない。この時間的なコストがかからない点も、続けるうえでは大きな価値となります。

結局のところ、よくわからないものに大金は預けられません。老後の資金として、ある程度まとまった金額を託すとなると、自然と、運用コストが低く、リスクが分散され、長く持ち続けられるものを選ぶことになります。

紆余曲折を経て、結局は私もオルカンという最適解にたどり着きました。
新NISAの枠も、すべてオルカンで埋める予定です。

派手な成功を狙わなくなった代わりに、いちばん楽なかたちで、投資と付き合えるようになったのでした。

まったく同じことを、運動でもやっていた

この話、どこかで聞いたことがあるなと思っていたのですが、振り返ってみると、運動でもまったく同じことをやっていました。

ジム、ランニング、筋トレ、フィットネスゲーム。
思いつくものを一通り試した末に、最後に残ったのは「歩く」という、いちばんシンプルで、いちばん楽な運動でした。

長く続けられる手法が、最終的にいちばんパフォーマンスが良い。
投資だけではなく運動でも、私は同じ結論にたどり着いていたのでした。

「長期投資としての歩く習慣」については、別の記事でまとめています。

まとめ

最後に、10年かけてたどり着いた、とても地味な結論をまとめます。

始めたばかりの頃は、手間をかけること自体が楽しく感じられました。
けれど時間が経つにつれ、最終的に残ったのは、いちばん楽な運用でした。

それは投資だけでなく、運動でも、ひいては人生全般においても、同じことが言えそうです。

精神科医・春日武彦さんの「世界は相似と反復で出来ている」という言葉や、作家・マーク・トウェインの「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」といった考え方を、最近は実感を通して、かみしめるようになりました。

だからといって、「オルカン一択」と言いたいわけではありません。
コストに対するリターンの最適解はオルカンだとしても、個別銘柄を選ぶ楽しさも、確かに存在します。

どこに投資するかを考えるには、それなりに情報を集める必要があります。もともと調べることが好きな私は、在宅勤務中に、マーケット・経済専門チャンネル「日経CNBC」を流し聞きするようになりました。

専門用語が飛び交い、最初は何を言っているのかほとんどわかりませんでしたが、聞き続けるうちに、株価は業績だけでなく需給でも動くことや、好材料が出てもすでに織り込まれていれば株価は下がることがあること、そして市場では安心よりも恐怖のほうが早く伝染しやすいという感覚など、これまで縁のなかった世界の仕組みを、少しずつ理解するようになったのでした。

サブカルを拗らせていて、経済に興味のなかった私が、大人になったなと感じた瞬間でした。人生半ばになって、大人も何もないのですが──。

そんな感じで、オルカンを主軸にしつつも、いい企業が不当な評価をされるようなことがあれば拾えるように、投資関連の情報を集める習慣はいまも続いています。


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