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《超適当雑記144》2025年10月12日(日)【母親~氷解する思い~⑦】

〚3245文字〛
こんにちわ。入谷です。
まず感謝ご報告についてお伝えします。前回までの記事について、マガジンにてご紹介していただいた方々へお礼申し上げたいと思います。


■感謝とご報告〚686文字〛 

momoさま

ペリンさま

メルト&クリエイトさま

YOR(ヨル)さま

より、4名の方から、以下の記事、

について、
マガジンにて紹介していただきました。
取り上げてくださり、いつも感謝しております。皆様のご好意がとても励みになっております。4年目を迎えられたのもマガジン追加してくださる皆様のお陰でもあります。
どうもありがとうございます!。どうぞ今後とも宜しくお願い致します

※ ※ ※ ※ ※

コツコツさま

より、以下の記事、

について、
マガジンへ追加していただきました。
取り上げてくださり、いつも感謝しております。そのご好意がとても嬉しく、励みになっております。
どうもありがとうございます!。どうぞ今後とも宜しくお願いいたします

※ ※ ※ ※ ※

YOR(ヨル)さま

からは、こちらの記事、

について、
マガジンに追加していただきました。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます5000文字を超える長文記事を紹介してくださり、有り難く思います。大変感謝です。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます

※ ※ ※ ※ ※

カオリ|星読み×アート|♈🐑🌕さま

より、以下の記事、

について、 
マガジンへ追加していただきました。
取り上げてくださり、ありがとうございます。大変嬉しく思います。
どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。星読みの楽しいお話美麗なイラストの作品や物語を楽しみにしております。

※ ※ ※ ※ ※
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■母親~氷解する思い~⑦〚2521文字〛

前回『母親~氷解する思い~⑥』はこちら。↓ ↓ ↓

・回復期病棟への転院と職場復帰の受難・

母親は今回の脳梗塞で、急性期に1ヶ月回復期の病院に1ヶ月半入院していました。
転院先の病院は実家に近いところにあり、そこで毎日リハビリに取り組みながら、同じ境遇の患者と交流し、日々を過ごしておりました。
職場復帰を目指し、利用者に向けたレクリエーションで、また歌をうたえる日が来ることを励みに頑張っていたようです。 
母親はそんな入院生活を快適と感じていたようで、徐々に健康を取り戻していきました。

しかし、軽度であっても、脳梗塞で麻痺が残った状態の職員を介護士としての復帰は難しいところでした。
何しろ、他人様の身体介護を伴う仕事ですから、危険な事故に繋がりかねません。そんな不安の中でもリハビリに徹する他ないという状況でした。

しばらくして母親は職場から退職勧奨の連絡を受けました。
当初1年間とした休職期間が突然3ヶ月に短縮され、退院後すぐ復職出来なければ辞職するよう促されたそうです。さらに復職する場合は、介護の正職員から事務のパートになるよう条件を付けられていました。
これには母親もショックを感じており、クリニック時代の解雇を促す肩叩きの記憶が蘇ったそうです。

僕としては、 
母親はもう十分働いてきたし、仕事を辞めて好きなことをしうて自由に暮らしたら良いと伝えました。
が、母親は仕事あってこその人生、との考えが強く、どんな職種でも現役で働きたいと切に願っていました。
こちらが何を言っても聞いてくれません。

2016年12月、母親は有給消化と3ヶ月の療養期間を経て、職場に復帰しました。
事務員の経験は以前からあったのですが、母親の勤める福祉施設の事務員というのは大変で、利用者やケアマネージャからの細々した電話連絡が多く、バタバタ動き回ることもあって、病み上がりの身体には堪えていたようでした。
脳梗塞の後遺症か、思うように仕事が覚えられず、自分は他の職員の邪魔なのではないかと嘆いていました。また、今まで介護の主任として働いていたので、利用者と関われないことを寂しく思っていたようです。

また脳梗塞が再発しないか心配で、僕は度々実家に戻っては掃除や食事の支度をしていました。

・氷解する思い・

そんな折、母親に叔父から突然連絡がありました。
母親が退職勧奨に遭い、収入が減ってしまったことを心配し、何かの思惑があるのか、こちらの近況について知りたいようでした。

叔父は母親の話を一通り聞くと、
相続の決着はすでについているから何もしてやれない、と、こちらが別に金の無心をしているわけでもないのに、わざわざ釘を刺すかのような発言で電話を切り上げたそうです。

叔父の態度に母親は落ち込んでいました。

確かに残念な発言です。
僕も母親も、そういう風に思われていたこと自体、心外でした。

後から分かったことですが、
叔父家族は祖父や会社の資金を私的に使い込んでいました。どこかに後ろめたいものがあったのでしょう、それを母親にだけ隠していたようです。

勿論、それは叔父家族の問題ですから、部外者の僕に物申す筋合いなどありません。

ただ、家業継続のためと信じて身を引いた母親の気持ちを思うと、やはり居た堪れなくなるのです。
母親は確かに収入が激減し、今後の生活を考えるにつけ、不安を募らせていました。  
決して口には出しませんでしたが、叔父や祖父、相続のことを考える度、きっと僕には分からない思いがあったのだと思います。

母親は教えてくれました。
家を建てた時、電話を掛けてきた叔父のように、祖父が突然家を訪ねて来たそうです。
そこで祖父は、挨拶も早々に、
「お前には何もやらない。うちの家業と□□(叔父)にはくれぐれも迷惑を掛けるようなことはするな」と、 
それだけを言うために来たそうです。

迷惑な存在だと思われていたこと。
何もしていないのに警戒されていたこと。
ただただそれが悲しかったと言います。
一生分かり合えない関係と思っていたそうですが、それでも母親は、祖父の介護問題が持ち上がった時、おそらく真心から面倒を見たいと申し出ました。
しかし祖父に拒否され、財産を狙ってると疑われていると知って深く傷付いていました。

母親が欲しいのは財産ではなく、改めて愛情だったのだと思いました。

勿論、
祖父には祖父の考えがある。
叔父には叔父の考えがある。
先祖から受け継いだものを守りつつ、自分たちが発展させていくことの大変さ、事業継続することの難しさ、そのような苦労はあったと思います。

しかし、何故こうも母親を邪魔者にするのか僕には分かりませんでした。
母親は人の財産に期待するような性格ではありませんし、介護の見返りを求めているような人間ではありません。

でもそれを祖父や叔父には、きっと永遠に理解してもらえない

だから母親を理解してあげられるのは自分しかいない強く思いました。
色んな時がありました。
でも過去どうあろうと、僕にとってたった一人の肉親です。

その日も母親は、仕事の疲れも相俟って、次第に祖父や叔父のことを思い出しては気落ちしていました。

その時何を思ったのか。
闇金ウシジマくんに登場するフリーターくん編の宇津井を彷彿とさせる、熱い言葉を母親に向かって発していました。

「俺には迷惑を掛けてくれていい」 
「実家より息子を信じろ」 
「家も車も欲しいものは何でも自分が買う」 
「だから安心して老後を迎えてほしい」

母親を勇気付ける言葉なんて30年間言ったこともなかったと思います。
母親はびっくりしていましたが、僕の気持ちを汲み取ってくれたらしく、心を開いてくれました。
その日を境に、少しずつ僕や僕の家族と母親との交流が増えてきました。

幼少期から続く母親の苦悩、
僕と母親の間にあった親子間の問題、
不信感や嫌悪感を持ち、もう二度と関わりたくないとさえ思って家を出た時もあった。
でも、それらは全て、この心になるためのものだったのだと知りました

次回《母親~氷解する思い~⑧(最終/その後)》へ続きます。

※ ※ ※ ※ ※

ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。
皆様の明日が明日が素晴らしい1日になりますように。


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