バズらなきゃ、価値はないの?
── 数字にのまれた私が、noteをはじめた理由。
レシピや動画が、どんどん流れてくる時代。
目に入るのは “簡単・時短・映え・包丁いらず”。
何がいいのかわからない。選ぶのもしんどい。
かといって、失敗もしたくない。
だから、とりあえず手当たり次第に試して、
また次のレシピを探す。
レシピが「流れるもの」になっていった。
「届けたくて始めた」のに、消費されていく
Instagramでレシピ投稿を始めたのは8年前。
まだ “おしゃれな写真を貼る場所” だった頃。
最初は、ブログの更新通知のついでに
レシピも書いてみただけ。
でもすぐに届いた「作りました!」の声。
反応が見える。やりとりが返ってくる。
それが嬉しくて、夢中になっていきました。
── でも、ものの数年で、劇的に変わってしまった。
SNSは進化し、静止画から動画へ。
拡散、まとめ、再利用…。
レシピが「届けるもの」から
「消費されるもの」へ、
変わっていったように感じています。
気づけば私も、
“誰かの役に立つレシピ” ではなく
“数字が取れるレシピ” ばかりを
追いかけていました。
「料理を作るときには、
静止画の方が便利だろうな」
そうわかっていながらも、
動画でないと届かなくなった世界。
自分の気持ちと行動が、
どんどん離れていきました。

レシピが、押し寄せてくる。
流れていくレシピ、選び疲れた献立、
ちょっとずつ心を削られるような感覚。
“簡単”“すぐできる”“包丁いらず”
そんな言葉が並ぶレシピたちは、
たしかに便利だし、助かるものもある。
でも、あまりにたくさん流れてくると、
「これすらできない自分はダメなのかも」
「もう見るのもお腹いっぱい」
── そんなふうに、
逆に苦しくなることもあると思うんです。
レシピが「選ぶもの」から
「押し寄せてくるもの」に変わったとき、
ただ差し出すだけでは、
助けにならないこともあると気づきました。
気づけば、"私らしさ"が消えていた
このレシピをなぜ作ったのか。
どんな日に、どんな気持ちで食べたのか。
つまずきやすいポイントや、工夫の余地。

ただの手順だけじゃなく、
暮らしと気持ちごと伝えたい。
でも、今のSNSではそれがむずかしい。
キャプションを丁寧に書いても、読まれにくい。
読まれないなら……と、削って、削って。
ようやく完成した投稿を見て、ふと思った。
「あれ?これ、私じゃない。」
“文章は短い方がいい” と言われる時代。
そうなると自然と、
威力の強い言葉が並びはじめ、
ありきたりな文になっていく──
気づかないうちに、
自分らしさまで削ってしまっていたんです。
がんばらない日の、ちゃんと見えるごはんを、ここに。
流れていくレシピに、
ちょっと疲れてしまった人へ。
SNSでバズらなくても、
「今日もこれで助かった」
って言ってもらえるような、
ちゃんと作った気になれる、やさしいごはん。
そんなレシピを、
ちゃんと伝えられる場所が欲しかった。
だから私は、noteをはじめました。
ここでは、気負わず、急がず、
暮らしの中のごはんを、
ことばと一緒に届けていきます。
(飾らない日々も、そっと添えて。)

レシピに迷った日も、
ちょっと休みたくなった日も。
ここが、少しでも
安心できる場所になれたらうれしいです。
♦︎よかったら、こちらものぞいてみてくださいね。
「ズボラなのに、ちゃんとしたい。」
「今日もサボった。でもちゃんと作ったことにした。」
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今日を少しだけ軽くする言葉やレシピを、これからも届けていけたらと思っています。
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