どうやら私は、ひとりだけ別の世界に住んでいるようだ #3
「ごめん、別件でバタバタしちゃってさ」
知ってる。
上司も営業さんも駆け回ってる。
この日、近所にあるらしい新規の取引先へ向かい、依頼事をして来る約束になっていた。
けれどもトラブルというものは、こちらの事情など知ったことではないのだ。
このトラブルは私が担当する問題ではなかったので、予定通り進めることになった。
しかし、問題もあった。
どのように近所の取引先にたどり着くのか?
むしろ、問題しかなかったと言い換えたほうが妥当なのかも知れない。
少人数部署の中の少人数チームだった。
ひとりで取引先へ向かうという、史上最大の作戦を決行するという選択肢も提案したのだが、そんなリスクはチームとして負うことができないということになった。
手が空いているのは、私を除いて入社したての新人くんしかいない。
そこで、新人くんには私を取引先へ連れて行くという業務指示が出ることになった。
いつも大人しく落ち着いた雰囲気の新人くんが、このときは躊躇する顔色を見せた。
「行ったことがない場所だから自信がないです」
これに対し上司は言った。
「地図アプリ読めるだろ?読めるなら大丈夫だよ」
食い下がる。
「じゃあ僕が行かなくても、地図アプリ見ながら行けるんじゃないですか」
「世の中には地図アプリを見ながらたどり着けないやつがいるんだよ。ひとりしか思い当たらないんだけど」
視線が集まる。
「いやいや、あれは結構難しいんですよ。GPSのずれもあるし。グルグル回るし」
保身というのは怖いものだ。
うまく自力到達できないかも知れないということを、ついつい自白させられてしまったようなものだ。
大勢は決した。
この日、新人くんには、私を取引先に連れて行くという重要な業務指示が下った。
取引先までの道のりは徒歩だ。
駅からは少し離れている。
ふたり揃って地図を見ながら出発するが、私が交差点を逆方向に進みかけたところで「地図を見るのをやめてください」ということになった。
新人くんによると、私が自信満々に進もうとするときは大体方向が違うのだそうだ。
これが、止められても自信をもって「こっち!」だと主張できないのが痛いところだ。
それでもなんとか、取引先に到着することができた。
困難な状況を生み出していた原因は、すべて私の地図の見立てだった。
用事を済ませ帰社すると、新人くんは褒めたたえられた。
「技術的な話は勉強になったか?」
みたいなことは一切なく、無事に道案内の大役を果たしたことが認められたかたちだ。
これすなわち、ついに私が迷子にならないこと自体が、正式業務だと認められた瞬間だった。
そんな困難な特殊業務を一発で成功させた新人くんは、社会人としての階段を一歩登ったと言っても過言ではないだろう。
📖 全4話
どうやら私は、ひとりだけ別の世界に住んでいるようだ #1
どうやら私は、ひとりだけ別の世界に住んでいるようだ #2
どうやら私は、ひとりだけ別の世界に住んでいるようだ #4
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