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銀蛇謳海~23~影患い

 場所をまた月夜の波間に移しましょう。
不機嫌になった海若うみわかを黙らせ、場を一変させたのは月読つくよみの語りでした。彼が語ったのは綿津見わだつみの『黄泉の国』での顛末。筏の上に並んで座ったイサラメたちは熱心に聞き入りました。

「見てきたように言うじゃないか」

 お話の主人公に仕立て上げられた海若うみわかは呆れ顔です。途中何度か遮っても、イラサメはもちろん瀬織津姫せおりつひめ夜礼やれまでが聞き入ってしまったのですから、もう勘弁してほしいという気持ちなのでしょう。
それでも双子の彼を見る目がきらきらしているのが分かると、険のある目元が柔らぎました。
 
「それはあたしの話の才よ」

 月読はしれっと言ってのけます。

 しかしそれは単なる物語ではなく現実の問題なのです。海若の影には、黄泉から持ち帰った邪な力の塊が居着いているわけですから。それらは影の囚徒でありながら、海若自身も影に囚われているといってよいでしょう。
 先ほど月読は影がとてつもない重さでもって、足枷のようになっていると言いました。燦然たる『竜宮』で影が苦しめば海若も苦しむ。
その事実に二神は胸が塞がるような思いになります。当の本人は他人事とばかりの涼しい顔ですが。

 そしてイサラメたちは冒険譚の主人公である海若にまとわりついて離れません。

「なんだよ……、乗るな、引っ張るなってば! あっちで波渡りして遊んでこい! できないって? こうやるんだよ」

海若は双子を連れて、波から波を飛び移ってみせます。水飛沫が夜闇に弧を描いて玻璃のように光りました。
歓声をあげながらイサラメたちもついていきます。



夜礼は彼らが十分遠ざかるのを待って瀬織津姫に聞きました。

「『竜宮』の城で………なにがあったか聞かせてもらえないだろうか」

 瀬織津姫は夜礼に向き直り息を小さく吐きました。

「夜、怪物が現れて綿津見さまの寝所の近くにいた衛士が亡くなりました。それが幾晩も続きました。生き残った者が言うには、怪物は綿津見さまの寝所から出てきて………また戻っていったと………」

 月読の細い眉が跳ね上がりました。瀬織津姫は続けます。

「誰に聞かれても綿津見さまはなにも知らないの一点張りでした。私には……………影に見合った体になれば昼も夜も抑えておけるから、大丈夫だと仰るのです。でもこれ以上犠牲の出ない方法を考えると。そう言って『竜宮』を出て行かれました」

 その方法というのが『真海しんかい』でも深く暗い夜礼のところに身を寄せることだったのでしょう。それは功を奏したといえましょう。夜中に怪物など現れなかったのですから。
夜礼は屋敷をかして、このまま海若が成長するのを待つのが得策だと考えました。月読のその一言を聞くまでは。

あの子は育たないよ・・・・・・・・・

 それは夜礼の背筋を冷たい水のように伝いました。瀬織津姫は唖然として月読を見ました。

「酷いようだけど事実よ。影が重すぎて、もうあれ以上の体にはなれない」

「先代のわが君は7尺近くもありました。海若と先代の綿津見さまは同じなのです。いずれは背だって同じに………」

月読はさも悲しいという顔で首振ってみせました。

「先代と同じ体なら影の制圧もなんとかなったでしょう。それをやってのけたからこそ兄さんは黄泉から戻って来られた。でも誤算があった、いろいろとね」

 夜礼は先程自分にのしかかってきた息苦しいほどの重みを思い出し呟きました。

「さぞ苦しいだろうに」

「苦しいわ。死ぬまでの苦しみよ。あと何百年、耐えられなかったら影から出てきた化け物は兄さんの大事なものを根こそぎ食い尽くしてしまうでしょうね」

「………『竜宮』は…………」

「お終い」

 こんな皮肉なことがあるのかと夜礼は思わずにいられませんでした。『竜宮』を復興させるためにひとり苦行を経て戻ったのに、それがまた新たな『竜宮』の危機を引き寄せてしまっているのです。
何より目の前で波と戯れるまだ少年の面差しの海神がこれ以上育たないとはどういうことでしょう。
くらげから人の形になって一年。夜礼にとっては海若はたゆまなく育っていく存在でした。やがてかつての綿津見のように堂々たる海の王になるは当然のことでした。

「だからあたしは兄さんを『夜の食国おすくに』へ招こうと思ったのよ。それ以外方法はないわ」

「いいえ」

 と瀬織津姫は言いました。

「海若は海の王です。『竜宮』の守護者です。彼がそうありたいのですから、この海を出ることはありません」

「清瀬の乙女………。貴女はずっと待っていたのでしょう。あなたの綿津見がもう一度戻ってくるのを。でもさっきも話した通り彼は育たない。もう諦めなさいな」

「魂が穢れようと体がどうあろうと、綿津見さまは綿津見さまです。わたしは信じなくてはなりません」

「ほほほほ、見かけによらず…………」

と扇子の向こうで月読は笑いました。

 瀬織津姫は長い睫毛を伏せたまま、それ以上何か言うことはありませんでした。
彼女の胸のうちは彼女にしかわかりませんが、深く葛藤を抱えていることは間違いないでしょう。
彼女には海若の影を祓い清めることをーとても難しいかもしれませんがー試みることはできるでしょう。影のくびきから解かれれば海若は楽になる。昼も夜も軽やかな身を翻し歌い踊るも自由なほどに。そして彼は見目麗しい青年へと育つでしょう。そう、姫とお似合いの青年神です。
しかしそれは綿津見の願いを裏切ることでもあります。彼がやり遂げようとしていることを道半ばで手折ってしまうことになります。苦しかろうと辛かろうと、彼は海の王としての誇りと自負をかけてそうしようとしているのですから。

 夜の国に連れて行く。影の穢れを祓い清める。目の前の神はそれぞれに手段を持っていますが、自分には何にもできないことを夜礼は分かっていました。砂を噛むような気持ちになって、酒をあおりました。

 


 続く


次回…………ふたりでムフフ!?海へどっぼーん!です。お楽しみに( ̄∇ ̄)


 
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