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銀蛇謳海~28~天都比古禰命(あまつひこねのみこと)が言う事には


 離宮の空洞に鋭い音が反響し、外にいた大工達は慌てふためきました。中に誰かいるなど考えていませんでしたし、それは最悪なことにいちばん聞かれてはいけない相手かも知れません。
二人の竜人は跳ね退く海老のようにその場を離れようとして、行く手を阻まれました。

「人の口に戸が立たぬなら、その口が開かぬようにしてしまおうか」

 立ち塞がったのは大柄な神で名を天都比古禰命あまつひこねのみことといいます。
その後ろにはいかめしい筒之男三神つつのおさんじんの三人衆もいました。大工二人は同時に平伏して口々に許しを乞いました。

 この四柱の神さまは『竜宮』に古くから仕えており、中でも天都比古禰は老綿津見ろうわだつみの腹心として名高く武勇に優れておりました。実直なあまり情のまるでないような顔をしていますが、他の神々からも一目置かれるような男神です。

 ーああ、お終いだ……絶対殺される…………。

大工はそう思いましたが意外なことに天都比古禰はふたりにはそれ以上構うことなく、離宮の扉を押し広げ中へ入っていきました。
後ろからきた筒之男三神が代わりに二人の頭を一発ずつ殴って通り過ぎました。相当痛い罰でしたが命があったのは幸いでしょう。


 天都比古禰は海若うみわかと二柱の神には目もくれず、無言で離宮の窓のない黒い壁を見回しました。

「『竜宮』の王の自覚はお持ちか?」
 
挨拶もなく単刀直入に本題に入るのは彼のいつもの喋り方です。

「それしかないけどね。天都比古禰どのにはそう見えないんだろう」

「勝手に水晶宮を出ていったあとは、ここで蟄居でもするおつもりか綿津見どの」

「新しい寝所だよ。こういう趣向もいいかなって。もう誰も殺したくないし」

「堂々としていたらよろしい。小細工をすれば『真海しんかい』に住まうものは貴方に少なからず疑念を持ってしまう」

「ふーん」

 海若は頭の後で手を組んで、壁にもたれかかりました。

「今の貴方にはいったい何ができるのですか、綿津見どの」

「………生きるだけだよ」

 それを聞いて天都比古禰の眉間の皺はいっそう深くなりましたが、何かを探るように瞳は海若に定まりました。
 彼の後ろで筒之男三神ー底筒之男神そこつつのおのかみ中筒之男神なかつつのおのかみ上筒之男神うわつつのおのかみーがにぎにぎしくそれについて言い合っています。彼らの言い分としてはこうでした。


 かつての歴代の綿津見たちは生まれ変わって程なく成人の姿となり大変威厳があった。今度の綿津見はいつまでも子どもの姿のままだ。それは力の衰退、『竜宮』の衰退を如実に表しているようで好ましくない。
 綿津見は強くあらねばならない。数人の衛士を殺したくらいでどうこういうのは、甘く見られている証拠だ。不安があるから尾鰭のついた話がひとり歩きする。
 『下海』の影に怯え、消えていく『竜宮』の外縁を憂える。それが今の『真海』だ。
それに対して“何もできない”と答えてしまうなど、『竜宮』の守護者としていかがなものか。


 それが聞こえても海若は泰然と目を細めたままでしたが、

ー海若はもう生きているだけでヨシにしてやってくれよ。

夜礼やれは、

ーわが君は生きているだけで尊いのですからよいのです。

瀬織津姫せおりつひめは胸の内で思います。


 「もっぱら我々はそう感じておる。そうだな、天都比古禰よ」

と中筒之男神が念を押してきます。

 神さまにとって生まれたきたことと役割を果たすことは同義です。天都比古禰はことのほかそれに忠実でした。しかし彼は老綿津見が一蕙をもって『黄泉』へ降ったことを知っている神のひとりでした。そこでひとつの提案をしました。

「私と手合わせし、私を負かすことができますか?」

「ああできるさ」

「無論、私は手加減はしない」

「それを衆人環視の前でやってみせろと」

「そうです。まずその姿でも以前と変わらないところを見せるのです。それも、並の演舞では誰も納得しませんから、貴方が『黄泉』で得たものをご披露なさい」

 夜礼は武芸のことなど皆目わかりませんが天都比古禰が並外れて強いのは知っています。海若とは2尺も背が違いますし、本気で手合わせなどして大丈夫なのでしょうか。

「それは賛成だ」

 夜礼の心配をよそに筒之男三神は口々に同意しました。
どうもここにいる神々は力さえ強ければなんでも解決すると考えている節があるように思われ、夜礼は首を傾げました。

「…………部外者が言うのもなんですが、違う方法はないのでしょうか………」

 彼が口を開くと天都比古禰と筒之男三神の目が一斉に向きました。

「あ、いえ、なんでもありません…………」

圧されてうつむいた彼の耳に瀬織津姫の声が届きました。 

「案ずることはありません。わが君ができるというならできます」

「姫の言う通り」

 と海若は満足気に笑みました。

「天都比古禰どの。ただし『黄泉』の力はお見せできない。呼び出せば『竜宮』が死人の群れで溢れてしまうからな」

「それはまことか………」

 底筒之男神が呆気に取られた顔をします。

「ああ。海で死んだ物、人間竜人魚類全て呼び寄せられる。そしてその能は私の影の中にしまってある。時々悪さもしたがもう大丈夫」

 海若はそう言いますが夜礼にはどこか虚勢のようにも聞こえます。でも目の前にいるのはどこにもほころびのない海の王です。

「私がいついかなる姿でも『竜宮』の守護であることを『真海』中に見せつけてやる」



続く

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幕間コラム⑦天都比古禰命(アマツヒコネノミコト)と台風


アマツヒコネは多度大社の祭神で雨乞いと風の神とされる。
アマテラスとスサノオ間に誓約(うけい)によって生まれた。誓約といのは簡単にいうと占いで、神々の間で持物を交換し、お子が生まれたらオッケーという決まりのもの。
ご両親がトップオブ神で、アマツヒコネを始神とする氏族は日本各地にたくさんいる。
その土地土地で土着神と融合していった結果、農業神や漁業神、金属鍛冶の神などの性格も帯びている。
日本の大手の神さまは総合商社になる傾向が強い。

もうひとつ、アマツヒコネには台風の神という面もある。
実は記紀ではそれにあたる箇所はない。
関連するものとして、多度大社の別宮は一目連神社といって、天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)が祭神とされている。鍛冶の神であり、鍛冶はその性質から片目を損なうこともあり、鍛冶に関する土地にはひとつ目に関する伝説伝承も多い。

そんなこんなが混ざった結果、アマツヒコネの本来の姿はひとつ目の竜神ということになった。
ひとつ目…………台風は目がひとつある。つまり………

風の神➕ひとつ目🟰台風の神

ということでよろしいだろうか?


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アイウカオ 読んでくれてありがとうございます。