せっかく書いたから、創作大賞の裏話をさせてくれ
先週末から、ちょっとした興奮状態にあった気がする。
日頃から知ってくださっている方には、きっとバレバレだったことでしょう。そうです。創作大賞です。
ようやっと作品を公開して、今この一週間の自分を振り返っていると、いかに情緒が爆発していたかがよくわかる。社長にまでnoteをバラすなんざ、お前…テンションあげあげやないか。本当は、普段通りにスッと作品公開して、「いつもと変わりませんが、なにか?」ぐらいのクールさで生きていきたかったのに、「見てぇ〜〜〜できたよぉ〜〜〜読んで〜〜〜〜嬉しい〜〜〜〜」が溢れていて、ああ、人間…って感じ。めっちゃ恥ずい。
ここまできたら、もういいや。振り切って、振り返ろうと思います。なんでって?まだ祭りは終わってないんだ!!
(裏話するんで、よろしければ先に作品をご覧いただけると嬉しいです)
(私、今がむしゃらですね)
先週末に、実家に帰っていた。目的は、写真を撮りにいくため。応募作品のサムネイルに、私はどうしてもBIGBOYの看板を入れたかった。BIGBOYといえば、リーゼントのボビーくん。うちから徒歩3分のところにもBIGBOYがあるので、「しめしめ、あそこで撮ってやろう」とほくそ笑んだのも束の間。最近のBIGBOYは、次から次にロゴを牛さんのマークに切り替えていらっしゃるんですね。ボビーくんが引退していっている。なんてこった。
近所のBIGBOYも例に漏れず、牛ロゴになってた。ちがぁぁぁう!!私のBIGBOYは、牛じゃないんや、ボビーくんなんや。諦めきれずに、府内で行けそうな距離のBIGBOYの看板をGooglemapで探す。ない、ない、ない。それならばと、作品中に登場する本当の(?)BIGBOYを調べてみる。
いた。ボビー。
あの頃と変わらないままのボビーくん看板が、ある。運命すら感じた。これはもう行かないわけにはいかない。かくして夫にお願いし、両親を誘って、私は5年ぶりのBIGBOYへと繰り出すことになる。と、ここで余談を暴露すると、応募作品のタイトル「歪なハートと、聖なるBIG BOY」、元は「聖なるガスト」でありました。私、ステーキガストに行ったと勘違いしてたんですね。母親に最初に原稿を読んでもらった時に「ガストちゃうで?」と言われて、調べたらBIGBOYやった。こっわ。運命というのは、簡単に塗り替えられるものなのです。
さて、久しぶりのBIGBOYであの日と同じように、肉をたらふく食った。「あん時座ったのは、あそこの席で〜」とか、「あん時食べたセットはどれやったっけ〜」とか、自分の作品に家族全員巻き込んで、あの日を再現していくような時間は、悪くなかった。

私はこの作品で、母を傷つけやしないかと、嫌な気持ちを掘り起こしやしないかと、実は結構ビビっていた。もしも、母がNGを出したらその時は泣いてお蔵入りにするしかあるめぇ…と覚悟をしていた。母に原稿を送った夜、長文LINEが届いて、クライアントからのクレームのメールよりもドキドキしながら読んだ。そこには私の作品への感想半分と、母が、母自身で経験を振り返り言葉にした内容が綴られていた。
その後、何度も長電話をした。「あの時、そんな風に思っていたの?」と、私に問いかける母の声は優しくて、作品の中で過ぎた何十年かの答え合わせをするように、駅のホームで2時間ぐらい語り合ったこともあった。もともと出版社に勤めていた母の血がうずいたのか、細かな表現や言い回しに意見してくることもあった。「いや、そこはさぁ〜」と抵抗しながら、そのやりとりも全部全部、特別で忘れられない記憶になった。もしもこの作品を書いていなかったら、生まれなかった時間。母との二人三脚は、私と母の関係を確かに変えたと思う。
肉を一緒に食べた後、すぐそばにある霊園にばあちゃんの墓参りに行った。恥ずかしながら私がここに来るのは初めてで、これも母から提案してくれたこと。山の上の方にある大きな霊園は、街を一望できる景色が広がっていて、それはそれは気持ちのいい場所だった。ばあちゃんの墓を母とピカピカに磨きながら、「このために、書いたのかもしれないな」なんて、身勝手な感慨にふける。ばあちゃんはお空でニンマリしているだろうか。

公開してしまえば、解き放ってしまえば、なんだか妙にスッキリするものですね。ふわりふわりと旅をして、誰かの手元に届き、その後どうなるかはもう私にはどうしようもない。だけど、読んでくださったんだなあという実感や、心のこもったメッセージをいただくたびに、情緒がグラグラです。足掛けウン10年、心の中にあり続けたものを言葉にするということは、こんなに色々な気持ちを連れてきてくれる。人生でも5本の指には入るぐらい、気持ちが動いた。「書くこと」の力を感じた。
応募作品の数々も、また少しずつ読み始めました。(ビビってずっと読めなかった)渾身の作品を読んでもらえたらやっぱり嬉しいもんね。身をもって知った。すっごいいい作品に巡り合うと、「くぅ…」と羨望の思いが湧き上がってはくるけどさあ、自分にできることは結局変わらないんだと思うから。今は健やかに、聖母マリアの気持ちです。
またこれから、通常運転で書いていく。
書くは、おもしれえ!
