使用済みオムツと薄毛の叔父と2歳児の夏
夏、祖母の家に久しぶりに遊びに行った日の出来事が、まだ忘れられない。
その日は従姉妹家族も来ていて、
3人兄弟の末っ子が娘・ちび雲と同い年の2歳児。
並べると寸胴ツインズで、それだけでかわいくて平和だった。
私が用事を終えて部屋に戻ると、
そこには叔父とちび雲と末っ子だけがいた。
ふと末っ子を見ると、ヘアブラシでいろんな物を撫でていた。
この年頃って本当に“なんでもお世話したい期”なんよな〜と眺めていたら、
次の瞬間、その丁寧な所作のまま、
薄毛の叔父の頭をゆっくり、何度も往復させて撫で始めた。
叔父は虚無。
もう「撫でられてるの知ってる?」と逆に心配になるレベルの虚無。
悟りを開いた鹿の置物みたいに動かない。
そして、さらに次。
私は視界の端で異物を見つけた。
畳の隅に、丸まった“使用済みオムツ”が放置されていた。
……待て。
祖母の家だぞ?
誰だ、ここを“オムツ置き場”として開拓したのは。
私が違和感で固まる中、
末っ子はそのオムツにも迷いなくアプローチ。
先ほどと同じ真剣な表情で、
自分の分身を 「ありがとうねぇ…」 と言わんばかりに撫でていた。
——薄毛の叔父 → 使用済みオムツ。
この二連撃の流れが強すぎて、脳が処理を放棄した。
丸まったオムツを“ポポちゃんの頭に見立てた”説もあるが、
“数時間守ってくれてありがとうの供養”説も捨てがたい。
どれにせよ
使用済みオムツを「撫でる価値のあるもの」に再定義する
2歳児の才能がすごい。
祖母の家で、
薄毛の叔父と、丸オムツと、寸胴の2歳児。
この三者が同じ地平に並んでいる光景って、
もう奇跡のバランスだった。
子どもって、突拍子もないことを平気で成立させてくる。
大人にとってただのゴミでも、
2歳児の手にかかれば“今日のお世話仲間”になる。
私はまだ使用済みオムツに優しくできる器はないが、
あの日の2歳児くらいは
世界の見え方が自由でいい
と思っている。
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育児と創作の合間に現実逃避して書いてます。チップは現実世界への帰還料です。