女風の施術の後に「ありがとう」じゃなくて「ごめんね」と言われた話
施術の後に「ありがとう」じゃなくて「ごめんね」と言われた話
この仕事をしていると、いろんな言葉をもらいます。
「楽しかった」
「また会いたい」
「思ったより普通でした」
どれもありがたいし、帰りの車の中で反芻する。
でも、私がいちばん忘れられない言葉は、「ありがとう」でも「楽しかった」でもなくて。
「ごめんね」でした。
最初にそれを聞いた日のこと
40代の方でした。初回。
LINEでのやりとりから、とても丁寧な方だなという印象があった。返信も早かったし、「お忙しいところすみません」が何度も出てきた。
当日、会ってからも終始穏やかで、会話も途切れなかった。
施術中も特に問題はなかった。
ただ、途中で一度だけ、その方の目に涙がたまった瞬間がありました。
泣いたわけじゃない。涙がたまって、本人がそれに気づいて、ふっと目をそらした。
私はそのまま何も言わなかった。拭きますか、とも聞かなかった。見なかったことにしたわけではなくて、「今ここに触れないほうがいい」と思ったから。
施術が終わって、服を着て、少し話して。
帰り支度をしているとき、その方が小さく言ったんです。
「こんなことで泣きそうになって、ごめんね」
ありがとう、ではなかった。
ごめんね、だった。
返す言葉を、持っていなかった
正直に言います。
あのとき私は、何を返せばいいかわからなかった。
「泣いてもいいんですよ」とか、「全然気にしないでください」とか、そういう言葉は出てきた。出てきたけど、口には出さなかった。
どれも嘘じゃない。でも、あの場面で欲しい言葉ではない気がした。
「泣いてもいいんですよ」と言ったら、それは私が許可を出す側に立ってしまう。
「気にしないでください」と言ったら、その人が感じたことを軽く扱ってしまう気がした。
結局、「いえ」とだけ言って、少し笑ったと思います。
あの場面の正解を、今でも持っていません。
「ごめんね」が出てくる理由
あの方だけではなかったんです。
2年半この仕事をしてきて、「ごめんね」「すみません」が施術後に出てくるお客様の割合は、体感で2割くらいいる。
内容はさまざまです。
「泣いちゃってごめんなさい」
「途中で止めてって言ってしまってごめんなさい」
「うまく喋れなくてごめんね」
「迷惑かけてごめんね」
どれも、謝る必要のないことです。
泣くことも、止めてと言うことも、うまく喋れないことも、迷惑でもなんでもない。
でも本人にとっては、謝らずにいられないくらい、「自分が場を乱してしまった」という感覚があるんだと思う。
少し話が逸れますけど。
黒夢というバンドが好きで、昔よく聴いていた時期がありました。
清春の歌詞は「陰鬱な心象風景、自己否定から生まれた攻撃性」みたいな趣旨のフレーズがあって、10代の頃はよくわからなかった。
今はわかる。
「ごめんね」がすぐ出てくる人は、自分を責める言葉のストックだけが異常に豊富なんだと思います。
「ありがとう」を言うよりも先に、「ごめんね」が出る。
相手に感謝するより先に、自分が迷惑をかけていないか点検する。
それはその人が悪いわけじゃない。そうやって生きてきた時間があるだけの話です。
迷惑じゃないんです、と言いたいけれど
「迷惑じゃないですよ」と言えば済むなら、私はとっくに言っている。
でも、「迷惑じゃないですよ」では届かない人がいる。
言葉で否定されても、体が信じていない。
「この人は優しいから、そう言ってくれているだけだ」
「仕事だから、嫌とは言えないだけだ」
そう解釈される可能性がある。
だから私は、言葉ではなく、その場の空気で伝えるしかないと思っています。
泣いたあとに、私の態度が変わらないこと。
「止めて」と言ったあとに、ちゃんと止まって、何事もなかったかのように次の動作に戻ること。
うまく喋れなくても、黙ったまま隣にいること。
そういう小さい事実を積むしかない。
私が接してきた方の中で、最初に「ごめんね」と言っていた方が、2回目、3回目と会ううちに、その言葉が減っていくことがあります。
ゼロにはならない。でも、減る。
減った分だけ、「ありがとう」が増える。
あるいは、何も言わずに笑って帰る回が出てくる。
その変化を見るたびに、ああ、この人は少しだけ自分を許し始めているのかもしれない、と思う。
私がそうさせたとは思わない。でも、その場に居合わせている。
「ごめんね」の裏側にあるもの
誰にも相談できない孤独について書いた記事があります。
夜中にスマホを握りしめて、検索しては画面を閉じて、を繰り返している人の話でした。
「ごめんね」がすぐに出てくる人の多くは、その孤独の中にいた人だと思っています。
誰にも頼れない。迷惑をかけたくない。自分のことで人の時間を使わせたくない。
そうやって、自分の感情にフタをし続けてきた人が、施術の中でフタが少し外れたとき、出てくる最初の言葉が「ごめんね」になる。
感情が出てしまったことへの謝罪。
自分を見せてしまったことへの後悔。
相手に負担をかけてしまったという反射的な自責。
全部、混ざっている。
それを聞いたとき、私は「この人はずっと、自分の感情を他人に見せることを悪いことだと思ってきたんだな」と感じます。
でも、その言葉を発している時点で、その人のフタは少し開いている。
ごめんね、と言いながらも、泣いた。止めてと言った。黙り込んだ。
それは全部、「自分の感情を表に出す」という行為です。
謝りながらでもいい。ごめんねと言いながらでもいい。
出せたことが、たぶん一歩なんだと、私は思っています。
体への不安を抱えていた方の話にも書いたことがあるんですが、コンプレックスや不安を持ったまま来てくれた人に対して、私がいつも思うのは、「来た」という事実の重さのほうです。
「ごめんね」も同じです。
謝らなくていい、とは言い切れない。本人がそう言いたいなら、それはその人の感情だから。
ただ、その「ごめんね」のあとに、もし少しだけ息がしやすくなっていたなら。
それで十分です。それ以上は、私の仕事の範囲を超えている。
私はセラピストであって、カウンセラーではない。
自己肯定感を上げる方法を教えることもできない。
ただ、「ごめんね」と言われたときに、態度を変えないことだけはできる。
それが、今の私にできることの全部です。
帰り道に泣いた方のことを書いた別の記事もあります。帰ってからの感情の揺れについて気になる方は、そちらも読んでみてください。
今夜も、どこかで「こんなことで相談していいのかな」と迷っている人がいると思います。
いいんです。
ごめんね、から始まっても構わない。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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