伊藤和夫がやり残したこと(3)日本語の探求
(↑のつづき)
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この個人的な思い込みをもう少し続けさせていただくとすれば、伊藤が文体論のほかにも取り組みたいと思っていたものがもしあったとすれば、それはおそらく日本語の研究ではなかったかと思う。
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伊藤は、日本人が英語という外国語を読む際の「直読直解」の方法を確立しようとしたわけだが、しかし私たちはその前にすでに日本語という母語を「直読直解」する方法を無意識下において完全に習得している。
そして
この無意識下にある日本語の「直読直解」の能力が英語という外国語の「直読直解」に大きな影響を与えていることは明らかである。
ところが、日本語での「直読直解」が日本人の無意識下でいかにおこなわれているかについては、まだ十分に解明がなされていない。
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つまり
私たちは、自分たちがどのように言語を通じてものごとを理解しているのかを、じつはよくわかっていないのである。
このような状況で、外国語である英語を読むときの無意識下の動きを解明しようとするのは本末転倒であり、滑稽といわざるを得ない。
そしてこの無残な滑稽さに伊藤が気づいていなかったはずはないと、私は考えるのである。
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「文体感覚」「日本語探求」という2つの領域は、私自身が半世紀にわたって考え続けている課題でもある。
その考察の一部については、このnoteにも多くの記事を載せている。
いずれもまことに不完全なものではあるが、先学の学問成果を足がかりに新しい領域へ踏み込もうという気持ちだけは忘れないでいるつもりである。
その意味で、私もまた、伊藤がやり残したことを引き継いでいくものの一人であると自分自身では考えている。
(つづきは↓)
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