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私の英語学習50年(86)英語力を伸ばす学習方法(1)國弘正雄の「只管朗読」

(↑のつづき)

ここまで、翻訳の基盤のひとつが「英語を英語として読む・聴く」能力であることを説明した。

そして、その能力が翻訳学習者に限らず、ほぼすべての日本人に欠けていることを指摘した。

さらに、「英文解釈」が「英語を英語として読む・聴く」能力の習得には向いていないことを示した。

では、どのようにすれば私たちは「英語を英語として読む・聴く」能力を伸ばすことができるのだろうか。

そのために、私たちは具体的にどのような学習をすればよいのだろうか。

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そのための理論と学習方法を体系的かつ実践的に提供することこそが「ことさきく」のミッションのひとつなのであるが、それを詳しく説明するとなると別の本が必要なので、ここではさわりの部分だけを紹介する。

英語学習のための適切な理論と方法論を持つ

「英語を英語として読む・聴く」能力を伸ばすために必要な第一の条件は、その学習のための適切な理論と方法論を持つことである。

どのような技能の学習でも同じことだが、

適切な理論や方法論もなく、ただがむしゃらに修練を重ねたところで上達は望めない。

英語関係者のなかには英語を英語として読むことを主張する人が私のほかにもかなりいる。

だが、そうした人のなかで

「英語を英語として読む・聴く」ための学習における理論や方法論を提唱している人の数はそれほど多くはない。

以下では、英語を読む理論・方法論の有名な例として、國弘正雄の「只管朗読」と伊藤和夫の「直読直解」をご紹介しておく。

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國弘正雄の「只管朗読」

サイマル・インターナショナルの創業者のひとりである國弘正雄(一九三〇年~二〇一四年)は、英語学習の方法として「只管朗読」(しかんろうどく)を提唱した。

これは禅の「只管打坐」をもじったもので、

英語のテキストをただただ無心になんども繰り返し朗読すると英語の力はおのずとから身についてくる

という考え方である。

この國弘の考え方は根本的には正しいのだが、じつはかなり危険な考え方でもある。

國弘の本意からは外れて、

たんに多読・多聴をすれば英語は身につくものだといった安直な考え方に陥ってしまいがち

だからである。

さらには「英語に本格的な勉強は不要だ。とにかく『習うより、慣れよ』である」などといって、きちんとした方法論のもとでの勉強を避けることの口実に利用する連中さえもいる。

(つづきは↓)

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