心と言葉の日本語文法(18)日本語文の分析(9)ビジネス文章の日本語を分析する(2)「貴社ますますご清栄のことと大慶に存じ上げます。」(後)
(↑のつづきです)
「心と言葉のグローバル日本語文法」では、「日本語人が認識したことや思考したことは、どのように日本語として表現化されるのか」という方向性で考察をおこなっている。
一般的な文法の考察の方向性(その日本語表現にはどのような認識や思考が含まれるのか)とは真逆なのである。
そのため、その言語表現を発している日本語人の認識方法や思考方法次第では、分析の結果が1つに定まらない可能性がつねにある。
この点が、多くの人にとって「心と言葉のグローバル日本語文法」の考え方を非常に理解しづらいところだろう。
けれでも、少し考えてみてほしいのだが、人間の心の動きなどというものは、そもそもかなりいいかげんなものなのではないだろうか。
たとえば、誰かに「いつもお世話になります」と言った際に、それは単なる儀礼的挨拶なのですか、それとも本当にそう思っているのですか、などと問われても、まあどちらもです、などと答えざるを得ないケースも、ままあるように思われる。
「心と言葉のグローバル日本語文法」は、こうした人間の心の「曖昧さ」、よくいえば「柔軟さ」を許容するモデルである。
そのためその分析も、よくいえば柔軟、悪くいえば「いいかげん」になる。
ところが、客観性と厳密性を必要条件とする通常の近代科学的な学問体系では、このような柔軟さ(いいかげんさ)を決して許容ない。
したがって「心と言葉のグローバル日本語文法」の分析はそうした学問としては成立しない。
私自身は「心」モデルを既存の学問体系になじませる気が最初からないので、それでも問題は何もない。
しかしながら、既存の学問の分析方法に慣れ親しんでいる方々にとっては、ここでおこなっている「心」モデルのような分析や考察のあり方は、なかなか理解しがたく、またなかなか受け入れがたいものであるのかも知れない。
「心」モデルの最終的な目標は、日本語人が日本語人としての世界観や思考のあり方を基盤としつつ、英語の世界観や思考のあり方を習得し、その両方の世界観や思考のあり方を踏まえたうえで、日本語の心と英語の心とをスムーズに往来できるようになることである。
この大目標を達成するためには、既存の学問的なアプローチだけではまったく不十分だと私は判断している。
したがって、既存の学問的な分析手法や考察手法を参考としつつも、その枠を乗り越えて、心の動きを中心とする新たな分析と考察を行うことによって、日本語の世界と英語の世界の自由な往来が初めて可能になると私は考えている。
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