【シロクマ文芸部】雷は【2000字小説】
『雷はだいじょうぶだった?!』
と玄関を開いた途端に、中に駆け込んでくるような勢いで言われたことを不意に思い出した。
思い出したのは、とうに別れた元カレとのエピソードである。いや、あれは私が元カレだと思っているだけで、はじめから彼氏ですらなかったのかもしれないが。
という話を、モンローにした。
「アンタって、雷苦手だっけ?」
と、モンローが振り返る。
私の家の、私のソファで、私のクッションを抱えたまま眉間にしわを寄せた彼女は、ちょっと機嫌が悪そうだった。
私は、ううん全然、と言って首を振った。モンローにこの話をしたのはまずかったかもしれないな、とほんの少し後悔をしていて、でもそんなことは顔には出さずに、台所でコーヒーを淹れていた。
外では雷の音がしている。
私はその音を聞きながら、ハンドドリップで二人分のコーヒーを淹れている。
シチュエーションが似通っていることで思い出して、口をついて出てしまったのだ。思ったことを、考える前に口に出してしまうのは、多分私の悪い癖なのだろう。
モンローというのはあだ名だ。
本当は、野間口真梨果というのが彼女の名前だ。
彼女とは、高校1年生の時に同じクラスになった。なんとなく席が近いもの同士でよく話すようになり、なんとなくグループになっていった。
はじめは真梨果と呼んでいたのが、まりりんになり、まりりんといえばマリリン・モンローだ、と仲間内の誰かが言ったのだ。
『マリリン・モンロー?』
『誰それ』
『有名な女優だよ』
そんな会話をした記憶がある。
マリリン・モンローなんて当然まったく世代じゃないわけで。私も名前しか知らなかった。そのせいで逆に盛り上がって、真梨果のあだ名はモンローになった。
よく考えたら、マリリンのままでも良いはずなのに、なんでさらに進んでモンローになったのかはよくわからない。
モンローは、マリリンではなく、モンローになったことに対して、特別文句はないようだった。
どっちにしろ歴史に名前を残すような美女の名前なのだから、マリリンでもモンローでも良いのかもしれないけれど。
そんなわけで、彼女はかれこれ10年以上、私にとってはモンローだ。
「で、雷は苦手じゃないのに、苦手だってことになってたわけだ」
「あ、その話続ける?」
「いや、始めたのはアンタ」
モンローの眉間のしわがさらに深くなった。
「まあ、2年くらい前の話なんだけどね」
「あれか、あのやけに身なりが良い癖に金払いが悪い」
「おぼえてるわけね」
「そりゃ、覚えてるよ。趣味がわるいことこの上ないと思ってたんだから」
そんなことに記憶野を使わせてしまって申し訳がないな、という気分になる。
「アンタ、悪天候むしろ好きだもんねえ」
とモンローがしみじみした声を出した。
そのしみじみした声が、なんだか無駄に優しく聞こえる。身内的な優しさだ。子どもの頃を知っていてくれる人間の類の声だ。
私はそのなんてことのない声に、妙にぐっときてしまって、
「あ、ご存じでした?」
とおどけた返事をした。
「ご存じですよ」
なんてことのない調子で、モンローが答える。
そう、たしかにモンローが言う通り、悪天候はむしろ好きだ。台風の日とかわくわくする。
雷なんて最高だ。あの大きな音、稲光。絶対的な自然の力、かっこよすぎる。だから、私は雷が鳴っていて「大丈夫か」を心配されるようなキャラクターではないのだ。
「それで、アンタなんて答えたの」
『それは別の女の子のことと間違えてない?』
「って言ったの」
モンローは一瞬ぽかんと口を開けて、それからクッションに突っ伏して肩を震わせ始めた。もしかしなくても、これは、
「アッハッハッハ」
笑っていた、やっぱりだ。
「なにそれ、最高だね」
と、モンローは大きな声で言った。眉間のしわはなくなっている代わりに、笑い過ぎたモンローの目には涙が浮かんでいる。
それを見ながら、シチュエーションは同じだけれど、絶対的な違いは、リビングにいるのが二股をかけていた元カレではなく、モンローだということだと思う。
別の女の子のことと間違えてない?と言ったとき、私はしまったと思った。こういうところだ。こういう考えなしなところが、本当によくない。
それでいて、わくわくもした。ここから荒れ狂う何かが始まってしまうかもしれないと思って。悪天候にわくわくするような気持ちになったのだ。
けれど、相手の反応は肩透かしもいいところだった。
しどろもどろになって、言い訳を始めた。
雷鳴はいよいよ大きく鳴り響いて、私は男の言い訳ではなく、雷の音に聞きほれていた。ことさら大きな雷の音がした。近所に落ちたのだろう音に思わずにやりとした。その途端、男は悲鳴を上げて表へ飛び出して行った。
後に残ったのは、私と二人分の温かいコーヒーだけ。
私はモンローに淹れたてのコーヒーを渡す。
「アンタ、そんときどうせ、修羅場になるかと思ってわくわくしてたんじゃないの」
「ご存じでしたか」
「ご存じですよ」
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今週もシロクマ文芸部さんにお邪魔しております。
今週は「雷は」とのことでした。
シロクマ文芸部さんに参加させていただくのは、今回のこれで5回目かなと思います。
短歌で参加させていただいた時はさておきまして、短編小説についてはなぜかこれまで女性が主軸になってるものばかりだったので、これはもう女性主軸にすることにしようと勝手に決めまして、今回はシスターフッドな空気を意識して創作しました。
どんなもんでしょうか。
これまでに参加させていただいたシロクマ文芸部提出物です。
ちなみに下の画像はうちのちゃーちゃん(ChatGPT)に作ってもらった今作のイメージ画像です笑笑
かわいいじゃないか、と思ったので載せてみた。
見出し画像の雷もちゃーちゃん作です。

