【映画レポ】実写版「秒速5センチメートル」:映画館で観るべき!奥山由之が描く"すれ違い"の美しさ
【#277、約5,100文字、写真2枚】
劇場用実写映画「秒速5センチメートル」を映画館で見ました。その感想・レビューを書きます(以下、ネタバレを含みます)。
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▶︎ 結論
是非、映画館で鑑賞してほしい作品でした。過去にアニメ版を見た私にとっても、実写ならではの映像表現、組み直したストーリー、役者による演技、どれも違和感なく楽しめました。人生には、出会いもあれば別れもある。言わなきゃ気持ちは伝わらない。そんな1日1日、1秒1秒の当たり前な「日常」を、丹念に、前を向いて進もうと思いました。
映画名:劇場用実写映画「秒速5センチメートル」
おすすめ度:★★★★☆
監督: 奥山由之
上映時間:121分
公開日: 2025年10月10日
HP:こちら
▶︎ 鑑賞のきっかけ
実写版『秒速5センチメートル』を、ほぼ予習ゼロで鑑賞しました。そのきっかけは主に3つ。
1)過去に楽しんだ作品に、違った形で再会したい
アニメ版『秒速5センチメートル』を見たのは、私が大学生ぐらいの頃。当時、既定路線のハッピーエンドではない、リアルな締めくくり方が新鮮で「こんな終わり方もありやなぁ」と印象に残りました。そんな思い入れのある作品に、改めて、新しい表現、新しい感動を期待しました。
▼ 直近に鑑賞した新海誠作品
2)邦画に興味がわいた
私は普段、邦画をほとんど見ません。しかし、『PERFECT DAYS』を見て、邦画に改めて、興味をもちました。
3)効果的な音楽に期待をもった
新海誠作品といえば、音楽とのコラボレーションに定評があります。本作の監督は奥山由之であるものの、音楽にも期待しました。
▶︎ あらすじ
1991年、春。東京の小学校で出会った貴樹と明里は、互いの孤独にそっと手を差し伸べるようにして、少しずつ心を通わせていった。(略)中学一年の冬。吹雪の夜、栃木・岩舟で再会を果たした二人は、雪の中に立つ一本の桜の木の下で、最後の約束を交わす。「2009年3月26日、またここで会おう」時は流れ、2008年。(略)18年という時を、異なる速さで歩んだ二人が、ひとつの記憶の場所へと向かっていく。交わらなかった運命の先に、二人を隔てる距離と時間に、今も静かに漂うあの時の言葉。
要は、小学生の時に出会った男女が、大人になって再会する(正確には、すれ違う)話です。「ボーイ ミーツ ガール」映画ならぬ「ボーイ ダズント ミート ガール」映画でした。
監督は奥山由之。今まで手がけた映画は『アット・ザ・ベンチ』(2024年)のみ。そのほか、米津玄師のミュージックビデオの制作や、ギャラリーで個展を開く写真家でもあります。
▶︎ 感想

✔️ 映像表現の妙
物語の始まりは、2008年。松村北斗が演じる、大人の遠野貴樹が仕事に勤しむ風景から始まります。アニメ版では、小学生時代から始まったため、本作(大人→小学生→大人→高校生→大人→中学生→大人)とは、構成が大きく異なっていました。
子供時代は、少し粗い映像表現が施されることで、懐かしさが強調されていました。映画には、構図やカメラワーク以外にも工夫の余地があることに気づきました。これは、パキーンとインパクト勝負で訴えてくる洋画とは違う、邦画ならではの工夫だと思いました。
小学校時代は無邪気に。高校時代は甘酸っぱく。時代によって映像のトーンを微妙に変えることで、メリハリが利いていました。それにより、他人の人生でも感情移入もしやすいと感じました。
また、新海誠が描いた「日常」を、奥山由之は実写でよく表現できていると思いました。写真家であることも影響しているのでしょう。
街を俯瞰で映した後、マンションの一室や人物にフォーカスするシーンなどは、大都市の中にある切ない日常がうまく表現されていました。そのほか「日常」の表現が適切で、感情移入がしやすかったです。
その土地の風景、空気、匂い、自然、コンビニ、学校、海、空、草木、電線、車の音、カラスの声、夕焼け、雪、地面、電車の床、吊り革。知らない街並みなのに、懐かしさを感じる風景。ノスタルジックな映像表現は、川内倫子の写真を見ているようでした。
それらの映像や音声はBGMとマッチすることで、さらに心に染み込んでいきました。このような場面の盛り上げ方は、新海誠が描くアニメ作品と同様でした。そのため、この映画は、静かで整った環境である映画館で見ないと、良さが半減すると思いました。
エンディングで流れた米津玄師の「1991」は、心地よい重低音と滑らかな声により、映画の余韻をスムーズに溶かしてくれました。
✔️ 「すれ違い」の妙
新海誠によく描かれる「すれ違い」。実写版『秒速5センチメートル』でも、それが絶妙に、遺憾なく発揮されていました。なかやまきんに君がいたら、「会うのか、会わないのか、どっちなんだーい!」と言いそうな場面の連発です。
物語の中では、出会い、別れが多く描かれます。これは、新海誠が、小学校時代に何度か転居を経験した影響のようです。そのような実体験がないと、本作の繊細なストーリーは描けないと思いました。
すれ違わない
貴樹と明里の中学生時代。大雪の影響で電車が遅延するなか、明里と約束した栃木県・岩舟に向かう貴樹。19時に間に合うか。視聴者は、ドキドキしながら固唾を呑みます。結果、岩舟駅で感動的に会えました。ケータイがないからこそ描ける美しい世界観でした。
そして、2009年3月26日になったら、桜の下で待ち合わせを約束する2人。初めて聞いた、貴樹の大きな声「明里も元気で!また手紙書くよ!」。ど真ん中の青春がそこにありました。
すれ違う
大人になって、科学館で2人を出会わせないのも新海誠流でした。プラネタリウムのチラシを見た時、私は少しグッときました。しかし、明里のリアクションはほぼゼロで、遠い景色を見つめるだけ。私だったら「遠野貴樹」の名前を見た瞬間、目玉が飛び出すくらいギョッとすると思いましたが。
すれ違う
他人のヘッドフォンから漏れる山崎まさよし声と、足元に降る雪で思い立ち、岩舟まで電車で向かう貴樹。自分を納得させるために、会えないかもしれないと思っても、そこに向かう気持ちはとてもわかります。
例えば、地元の駅にいると、同級生と会えるかもしれない。思い出のある場所に行くと、当時の人に偶然会えるかもしれない。それは過去を捨てきれない、男子的な甘い発想なのかもしれません。
貴樹は、秒速5センチメートルで舞い落ちる桜と雪の下、明里を待ちます。雪の上には貴樹の足跡だけ。振り返ると、そこに明里は…来ませんでした。新海誠(奥山由之)に、してやられた瞬間でした。
実は、明里には彼氏がいました。生活も充実しているのでしょう。そのため、貴樹の名前をチラシで見ても、驚きませんでした。「好きなにおい、言葉、景色。そういうもの全部に出会ったので」と話す明里にとって、貴樹はすっかり思い出の1ページに仕舞い込まれていました。
明里が実家で、交換日記を見つけ、当時の貴樹とのやりとりを回想するシーンでは、少しホロッときました。そんなシーンを見た後だったため、感動の再会を期待させるズルい演出でした。
すれ違う
物語の最後、明里はメルボルンに旅立ちます。新宿・紀伊國屋書店で送別会が開かれ、明里は同僚の宮﨑あおいが演じる輿水美鳥と抱き合い「またどこかで」と、サッパリ別れます。
その一方、同じ新宿で、貴樹は自分の言葉で、木竜麻生が演じる水野理紗に別れを切り出しました。「思っていることは、言葉に出さないと伝わらない」。このシーンには、貴樹が前を向いた心境の変化が見えました。
この時、新宿でバッタリと2人が会うかな、と頭をよぎりましたが、結局出会いませんでした。
すれ違う
貴樹は理紗と別れた後、秒速5センチメートルで桜が舞い落ちる、小学校時代の坂道を歩きます(明里への未練が見えます)。そして、踏切で偶然、明里とすれ違います。電車が2本過ぎ去った後、反対側を見ると、そこに明里は…いませんでした。物語は、すれ違ったまま、幕を閉じます。
「君の名は。」では、すれ違わない
私が『君の名は。』を見た時、意外かつ救われたのは、最後の最後で、立花瀧と宮水三葉が出会えたためです。「新海誠なら、絶対2人を会わせない。でも、もしかしたら…」。その「もし」を叶えてくれたため、感動も一入でした。
✔️ 演技の妙
私が感銘を受けたのは、白山乃愛(12歳)が演じる、幼少期の明里の演技でした。楽しい学校生活や、岩舟での再会・別れのシーンでは、特に彼女の「目の動き」に、言葉を発するよりも強いメッセージを感じました。これは、アニメにはない、役者ならではの表現だと思いました。
また、サーフィンが趣味の森七菜が演じる澄田花苗の表現は、青春120%という感じがして、とてもチャーミングでした。それに対応する高校生時代の貴樹(青木柚)のすましたキザっぷりもリアルでした。
付け加えると、新宿・紀伊國屋書店の店長である柴田治を演じる又吉直樹も違和感がなかったです。私も本が好きなので、こういう仕事があればしてみたい(笑。
✔️ プラネタリウムの妙
作品に登場するプラネタリウム。プラネタリウムって不思議です。あの空間、心地よいシート、眠気を誘うナレーターの声。これも、視聴者がノスタルジックに浸れる仕掛けの1つだと思いました。
✔️ 数字の妙
作品には多くの数字が登場します。これらは互いに響き合い、物語を構成する上で効果的に使われていました。
秒速5センチメートル:桜が舞い落ちる速度
時速5キロメートル:ロケットを運搬するトレーラーの速さ
5万:人が人生で出会う言葉の数
0.0003%:人と人が出会う確率
30年:歩けば地球1周する期間
✔️ タイトルの妙
「秒速5センチメートル」とは、明里が適当につくった根拠のない造語です。それがなぜ作品のタイトルになったのか?
明里にとっては、深い意味はない言葉だったかもしれません。しかし、貴樹にとっては、時折、フラッシュバックする心に刻み込まれた言葉でした。そしてそれが、貴樹が過去の思いを断ち切り(桜=別れ)、新しい一歩を踏み出せた、重要な言葉だったのだと思います。
✔️ 学び・気づき
貴樹は、科学館の館長に対して、
「僕はもう一回だけ話がしたかった。何でもいいから。自分に必要な、大事な一言を忘れてしまって。どこにも残っていなくて。」
と、思いを吐露します。そこで館長が明里から聞いたセリフ
「相手にはあの約束を忘れてほしいから。幸せに生きててほしいから。彼ならきっと大丈夫って。」
を聞いて、貴樹は泣き崩れます。なぜ、貴樹は泣いたのか?今の生活の虚しさを何かで埋めたかったのか?もしくは、過去に縛られる自分と、前を向いて生きる明里のギャップに打ちひしがれたのかもしれません。
また、物語のラストシーン。明里のいない踏切の対岸を見て、貴樹は、ほんの一瞬、5mmほど微笑んだように見えました。この笑顔に、30歳に成長した貴樹の姿が見えて、私は救われた気持ちになりました。
貴樹は、恋人と別れ、踏切で過去の明里との思いも断ち切って、前を向きます。物語は絵に描いたようなハッピーエンドにはなりませんでした。
エンディングを見ながら、お腹の中に、心地よいシコリが残りました。会っては別れ、後悔しては前に進む。人生はこの連続であり、それが「日常」です。アメリカ映画やディズニー映画と違い、世の中はハッピーエンドばかりではありません。
過去の人とのつながり。友人、恋人、家族。その思い出の大切さに気づきながら、前を向いて歩いていく。1日、1日、1秒、1秒を丹念に、他人と過ごす。そんなことを考えながら、心の中で温かい涙が1滴こぼれ落ちました。そして私たちは、また、日常を歩み続けます。
▶︎ まとめ
いかがだったでしょうか?私にとって、出会えて後悔のない映画でした。映像、ストーリー、演技など、どれをとってもリアルだったため、過去に見たアニメ作品を違和感なく、いい思い出に塗り替えてくれました。アニメ版を見たことがある人には、特に鑑賞をオススメします。
なお、アニメ版を見たことがない人、女性、外国人などが見たら、感想もガラッと変わるかな、と思いました。
▶︎ 気になった予告
予告の中で、流れていたアニメ『果てしなきスカーレット』。近年、私は、細田守から遠ざかっていましたが、改めて見てみたいと思いました。幼少期の明里役を演じる白山乃愛も『果てしなきスカーレット』に出演しています。
▶︎ 今日の映画飯

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