京都最終目の朝に思うこと
この11月、わたしはしばらく京都に住んでいる。
こんなにもスペシャルなタイミングは最初で最後、だろう。
このnoteは、ライターとしての場をつくろうと始めたため、エッセイのような日記のような、個人的な文章を載せることはほぼしてこなかった。
けれど、せっかくもせっかくである。
帰京するまでの間、5日分ずつ、ここに綴って残すことにした。
これは、伊豆の田舎に生まれ育ち、東京で長らく暮らしていたフリーランス5年目のアートライターが、しばらく京都で過ごす日常の記録である。
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京都16日目。
東京で暮らす朝の時間、週に一度、欠かさず聴いているラジオ番組がある。
東京ローカルの番組だが、radikoに課金しているラジオ好き、もちろん京都でも普通に聴ける。良き時代になった。

聴きながら市内をバスで移動し、なんとなく東京での暮らしを思い出し始めてみる。
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この日はとてもお天気が良かった。
京都にいるうち、きっと冬が来るだろう、と持参したカシミヤのハイネックセーターとインナーの組み合わせで、夕方まで外をあちこち出歩いて過ごす。
最初の目的地で、今回の滞在中、できればぜひお会いしたかった方に、ついに会えた。
描かれている作品そのものも好きだが、目の前で動いているご本人は、もう悶絶するくらいにかわいかった。
到着したところでちょうど1回目のグリーティングが始まり、一緒に動画を撮ってもらう。
ほくほく気分で企画展をじっくりと観て、館を出たところで2回目のグリーティングに遭遇、今度は写真を撮ってもらった。

かわいいが過ぎる
ちなみに、滞在中に絶対に会いに行こう!と思い、東京から手乗りサイズのぬいぐるみを連れて来ていた。
のに!バスに乗ってから留守番させてしまったことに気づいた。相変わらずのうっかりである。夜のうちにカバンで待機してもらっておけばよかった。
ミュージアムショップでもう一つ買おうか、とも思ったけど、双子になってもなぁと思って踏みとどまる。でも、買ってもよかったのかもしれない。
(グリーティング中、きっと毎週訪れているんだろうなぁという熱烈なファンのお姉さま方がいらした。次に会えるのは何年後?という新参者は、正直、雰囲気に少々の圧を感じて怖かった…のは ここだけの話である。自分も気を付けよう、いろいろと)
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しばしバスに乗り、祇園にある両足院で、展示を拝見する。
以前、訪れたときの受付エリアへ到着すると、なぜかカップルの行列…
あれ?今日は展示お休み・・・?と動揺したが、別の門に受付を発見した。
係の方に伺って驚いたのだが、「結守」というオリジナルのお守りづくり体験ができるそうだ。確かにかわいい。
畳のお部屋や、お庭に面したところに座り、しばらくぼーーーっとした。
有料の展示だったため、人もまばら。紅葉より青紅葉派なのだが、混んでないお寺のお庭で見る紅葉はやっぱり良い。


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京都はどこへ行っても、ひと呼吸 待つ、間を置く、という感覚があった。
いくら東京暮らしが長くなっても、田舎生まれは断然こっちが良いな、と思った。
そして、一瞬で次の電車が来る都心の生活に慣れきっていて、気づかないうちに急かされるのが当たり前になっていたのだろう。
ずっと暮らしていると、これが“いつものこと”になるのは怖い。これに限らず、あらゆることも。
東京だけが、やたらと変わってるんだな。
そして、余裕を持って、と思ってるとついギリギリの時間になって慌てるタイプであり、ほんとにそろそろ良い大人の年齢なので、この先は、ひと呼吸 待つ、ができる 穏やかさを大切にしよう、と思う。
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好きな美術館をハシゴし、夕暮れ時がいいだろうなぁと思ったギャラリーへ、写真展を観に伺う。
日が落ちて、路地がなかなかの暗さで、ちゃんとちょっと怖い。
自転車ではなく徒歩だとなおさら、途端にちょっと心細くなる。そそくさと明かりを目指して歩いていく。
個人的に好きな名詞「風」と「光」が、そのまま名前になっていたギャラリー、風光。名古屋を拠点とする映像制作会社が運営している、と教えてもらった。
こけら落としとして始まった山本昌男さんの写真展は、しんと暗い京都の路地裏に似合う場と、とても落ち着く作品群だった。
好きだなぁ、と思う。
山本さんへのインタビューとドキュメンタリーで構成された、20分弱のモノクロームの映像は、さすがのクオリティ。
見終えた頃には、ツイードのスーツやコートが似合いそうな、ダンディな方なんだろうなぁ、と勝手にイメージしていた。
スタッフの方に話してみたら、まさにそのままのスタイルで在廊していたとのことで、ますますお目にかかってみたくなった。
12月の週末、再び伺うつもりだが、ご本人に出会えたら嬉しいなぁ。


京都の別のギャラリーでも展示されていたし
ぜひ参加してみたかった・・・
すっかり真っ暗になり静まり返った路地裏。東京だったら、18時というより24時くらいの雰囲気をまとっている。
大通りへ出て、バスに乗って滞在拠点に帰ってきた。感情が目まぐるしく動いた、あっという間の1日だった。
京都17日目。
カウントダウンが始まっている。
ほぼ毎日、自炊しながらの暮らしだったため、冷蔵庫の食材をどうやって使い切るか、が肝である。
昨夜、帰り道にスーパーに寄った。
最後の買い物だろうなぁ、と思いながら、いつ何を食べるのか。これを買って帰って、あと数日で食べきれるんだろうか。ぐるぐると考えながらだったが、たぶんいい感じのペースかもしれなかった。
我ながら、主婦業を堅実に積み重ねてきた成果だな、と思う。
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ひたすらPCに向かい、仕事をする。
滞在しているあいだ、50ほどの展示やスペースへ足を運んだ。ここにいられる、という時間を惜しんで、なるべく浴びるように観た。
ライターとしては本当にまだまだのキャリアだ、あらゆることから学んでいたい。
今、この街にいるから出会えることを、ちゃんと自分の五感で味わい尽くしておきたかった。
明日は出かけようか、どうしようか。
取材で一緒になり、たまたま話しかけた方が教えてくれたお店にも行きたい。
(京都にお住まいと聞き、その夜にお礼のメールをしつつ、おすすめのお店を気軽に聞いてしまったが、実は長らく雑誌で連載を読んでいたライターの方で、ピンときてなかった自分を罵倒したくなったのはここだけの話…。)
でも、仕事の進捗や懸案事項が気になってしまう。
あと数日しか京都に滞在できないのに、すっかり寒くなったからか、正直、もう億劫になっていた。
とはいえ、これが、慣れ、というやつだろうか。京都の街で暮らす感覚に、すっかり馴染んだのだろうか。
京都18日目。
結局、どこへも出かけず、PCと向き合い、仕事を進める。
余談だが、「ワーケーション」っていう仕組み、わりと知られてきただろう。今回の自分自身は、まさにワーケーション、といえる状況だった。
が、実践してみて、わたしにはあんまり向いていないように思えた。
なんか・・・つい「ここで仕事してないで、どっか行かなきゃもったいない」という気分になってしまう。
京都19日目。
雪でも降りそうな曇天の中、ちまちまとお部屋の掃除をし、東京の自宅に送るための荷物を段ボールにまとめる。
昼頃、仕事をする手を止めて窓の外を見ると、雨が降っていることに気づいた。
滞在して2回目の雨だ。最後の最後で、しっとりと色濃い街の様子がちょっとだけでも観られてよかった。
京都に来た頃に満月をむかえていたが、気づいたら明日は新月だった。
夕暮れの淡い空の色のグラデーションを眺めながらPCにむかい、深夜には、真っ暗な空に煌々と輝く木星(たぶん)を見つめた。
すっかり冬の寒さだ。
京都20日目。
きりっとよく晴れた、冬の朝の空気が好きだ。
一段と色が濃くなった木々の葉が、真っ青な空に映えている。
この滞在の時間を、わたしはたぶん一生覚えているだろう。
初めて京都に行き、青々とした苔の深緑と土の香り、石の黒に見とれ、京都タワーの曲線美と京都駅のきらめきに見とれた、中学生の頃と同じように。

手ぬぐいを買ってしまう
気をつけてるけど出会っちゃうんですよね…
いつか、もっと気ままな暮らしをしていられる年頃になったら、京都のあの辺りとか、あの辺りとかで、平屋の家を借りるか手に入れるかして、伊豆の実家のあたりと行き来し、仕事をしながら静かに暮らしていたい。
縁があれば、そういうタイミングなら、きっとそうなる。
今回、滞在していて何度も思った。
縁、とか、タイミング、とか、そういう言葉でしか言えないようなことがいくつもあった。
この先も、これは!というとき、さっと動き出せる健やかな自分でありたい。そのために、日々精進、である。
さて、そろそろもう、うちに帰ろう。
家族が待っている。

ファスナーを閉めるのに過去一手間取った

ちょっとだけ味わえて幸せだった

生まれた土地だからだろう
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