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灰原日誌2『ブレンド…』に寄せて


カラン、カラン
湿った空気に溶けて膨らみを帯びたドアベルの音が店内に響く。その音に「いらっしゃい。」とマスターが呼応し、店に迎え入れたことを告げるように木製の厚みのある扉がパタンと閉まる音がした。

ここは『なんのはなしです珈』を提供する珈琲店

「急に雨が降ってきちゃって。」
「まだ日傘を持ってて良かったわ。」
ハンカチへ袖に残った雨粒を移すように上から押さえて拭き取りながら、その女性はマスターに向けているのか、私に言ってるのかもしくは両方であるかのように自分に降り掛かった雨のことを声に出して伝える。


「ふたり揃っているとこは久し振りだね。」
マスターは私と彼女に向けて声をかける。

「そうなのよ。今日は彼が払ってくれるみたい。」
「取り敢えずホットもらえる?」

取り敢えずなんて言い方も気にするようでもなく、マスターは、滑らかに珈琲を立てる準備をする。キャニスターの蓋を開け、匙で一杯半の豆を掬いあげる。するとその豆は大きいミルに入れられ、ゴリゴリッ、ゴリゴリッと砕けて弾ける音を立てる。最後はパラパラッと細かい音になる。

豆を挽く音などなかったかのように、店内のざわめきと雨の湿った空気と控えめなクラシックの音楽が溶けあって、いつも以上にこの場所の空気に安堵する。


「それで、企画はどうだったの。」と彼女は聞く。


彼とか彼女とか、名前がそう必要ない場面ではそう説明するのだが、いわゆる彼とか彼女の関係であったことはない。しかし、彼とか彼女の雰囲気は纏っていたのだろうと、自分の感覚でもマスターの反応からでも感じているが、彼女に聞いてみたことはない。

彼女の名は降谷 玲花ふるや れいか
昔、組んでいたバンドのボーカルで、今は同じ会社に勤めている。同じ会社と言っても彼女は保健ルームでこちらは元·企画室、しかも休職が明けたばかりで仕事で一緒になることはほとんどない。

しかし、今回は·····。

「出してみたんじゃないの。」
「今回の通信に向けて、珈琲の企画の一つとして。」
その声色からは理解できないという感情が伝わってくる。どんどん曇ってくる表情に慌てて詫びを入れる。

当然の反応だ。
わたしの起こす行動、発する言葉は時に人を困惑させ、曇らせる。
私の名は灰原 雄三はいばら ゆうぞう
通称 グレイ 。


「すまない、ベル。間に合わなかった。」


今日は自分の思い付きに力を貸してくれたお礼のようであり、結果をだせなかった報告でもあり、対面で珈琲でもと呼び出した。

企画としてはこうだった。
まず既に立案している珈琲プロジェクトがある。

(1)
珈琲店が『なんのはなしですか』とコラボした珈琲豆『なんのはなしです珈』を商品にする。
(2)
プラットホームであるnoteで、普段『なんのはなしですか』を発信している通信員たちが、素敵な珈琲時間のお供となる創作記事を『#なんのはなしです珈 』のタグをつけて投稿する。
(3)
(2)の記事は【「#なんのはなしです珈 」な日々へ】というマガジンに収録される。
(4)
(1)で発売された珈琲に(3)のマガジンへのQRコードが添付される。珈琲のお供とするもよし、『なんのはなしです課』への入口とするもよしである。
(5)
この一連の企画テーマは『物語が読める珈琲』。(1)でコラボした珈琲店の方が選んだ(2)の創作記事をコニシ課長がZINEで書籍化する。

「なんのはなしです珈」な日々へ 
コニシ木の子さんマガジン他参照
(非公式要約)

「改めていうけど凄いことよね。」とベルが目を輝かせる。

「ああ、企画立案にはなんでも通称 Winged jewel (ウィングド・ジュエル) 翼のある宝石 を意味する女性が関わっているらしい。ふわりと優美に企画が舞い上がり、俺もすっかり魅せられたんだな。それで何か自分にも出来ないかと思ったんだ。」


「分かるわ。私も珈琲豆、注文したもの。」
「ああ、俺も注文した。」

楽しみよね、という流れになる前に、言葉を次ぐ。


「そうなんだけど、そうじゃなくて。何か出来ないかは、何か企画自体に貢献できないかということで。俺は、人の企画の紹介すら出来なくて、自分で企画したり実行したりそんな力はないし、何か物語を紡ぎだすなんていうのも出来ないしな。」

すっかり冷めた、ベルがくる前に運ばれてきていた珈琲に視線を落とす。

「だから、朗読だったのよね。」

ベルが懐かしそうにいう。

「あなたのファシリテーションルームに朗読企画を持ち込んでさせてもらったコラボやライブ、ラップだって楽しかったわ。自己満足かも知れないけど、楽しかった。」
「最初は感謝の気持ちをなんて奢りもあったけど、自分たちの居場所を楽しくすることが出来て、それもやっぱり感謝があってのことだけど、とても充実してた。一応、成功だった、と思ってる。」
「だけど、今回はそれとは違うのよね。」

灰原も答える。
「ああ。」
「珈琲をプレゼントされて、QRコードまで読み込んでくれたとして、例えば親とか、俺たちの年代が贈りたい相手って、携帯で物語を読む、小さい文字を端末で見ることはあまり馴染みがなかったりするのかなと思ったんだ。今は読み上げ機能なんか利用する手もあるんだろうけど、人の声で朗読した音声もあるといいなんて思ってしまったんだ。まぁ、それも好き好き、好みがあるだろうけど。」


そこまで話して、ベルに珈琲を出すタイミングを図っているマスターと目があった。それを合図にベルの前にコーヒーカップが運ばれてくる。



テーブルの上にカップが2つ。
久し振りだな。

冷めているはずの珈琲を温かく感じる。
雨も上がり柔らかく光が差し込みふたりの間の空気にも温度を感じる。

「あなた···、ブラックだったっけ。」
 ふいにベルが話を変える。


「···砂糖もフレッシュも入れずに混じり気のない珈琲が俺にはあっている気がしてね。」
「それにほろ苦さがふと和らぐ瞬間にもう過ぎたことだと安堵するんだ。」

別に理由などなかった。甘いものを身体中が欲する程がむしゃらになることもなく、嗜好でしかないので、そろそろブラックにしてもいいかと思ったからというのが正直なところだし、このところの珈琲企画の通信員から上がってくる記事をたくさん読んでいて、誰かの表現が自分の中に取り込まれて出てきた言葉のようにも思える。しかし、ベルは誰の言葉なのか、また答えの真偽などには大した興味はなかったらしく、たいして気にも止めていないように話を戻す。

「間に合わなかったのは残念ね。それともまたあれこれ考えすぎて動けなかったのかしら。」


「··動いてたら何か変わっていたかもしれないのに。」



ベルがコーヒーカップで顔の半分を隠したまま、目で何かを語るようにしてポツリと言った。

含みがあるように感じるのは、いつもの気のせいだろうか。そういう時は気のせいということにして話の先に進むことにしている。


「ああ、それについては協力もありがとう。」

「テスト録音してもらった朗読音源は無事にコニシ課長に渡したよ。企画としては君の想像通り出せなかったし、回収期間には間に合わなかったけど。」

「今度は俺の自己満足かな、それに付き合ってくれてありがとう。」


「そっか、···。」
また一口、ベルは珈琲を口にしてから声をワントーン上げて言った。

「自分が満足できたならいいじゃない。」

「貢献なんて、誰かの何かになったなんて、相手にしか分からないものよ。それに私は久し振りの朗読、楽しかった。人の人生を追体験するような、もちろん体験までは到底いかないんだけど情景が浮かびあがるというか。それにお互いの会話ややり取りから関係性に思いを馳せる豊かな時間を持てた。読むのは、例え本にして数ページ分だとしても、声に出してみると積み重ねてきたものが感じられるというか。私自身が朗読によって、文章に宿る大切なもの、時に乾きだったり潤いだったりするかもしれないけど、人として大事なものを掬い取れるような気がしているの。そんないい機会をありがとう。」

「でも、もし企画とするには【「#なんのはなしです珈」な日々へ】への投稿作品を全部朗読とか、時間を考えてもとても無理だし、ZINEに載せる作品は、書籍になるのに音声があると販売に支障があるんじゃないか、とか今後の状況にもよって考えることもでてくるでしょうしね。」


そこまで言って少しトーンを下げて今度は冗談混じりに言う。

「それにしても、何も混じり気のないブラックなんてマスターに失礼じゃない。既にここに出された時点で、いや珈琲豆がミルで粉砕されたときから、もう混じり合っているのよ。」

「わかる?豆自体も個性があって『ブレンド』されてることも多いし、更に偏りがないようにミルで挽いて混ぜ合わされてるの。」

「あなたみたいな豆もまた味わいになっていると思うわ。大丈夫、配合はもちろん、挽き方で、抽出具合できっと美味しくしてくれるわよ。」

よく分からない慰めの後、今度は落ち着いたトーンで言った。

「そういえば、むかし、サイフォンとミルで淹れてくれてたわよね。ルワンダの雫が届いたら、改めてご馳走してよね。」

“改めてご馳走してよね。”
その言葉のトーンにどこまで真剣味がブレンドされているのだろうか。目には含みはあるのか、その目を直視しようか悩みながら、残りの珈琲を飲み干した。

この時の2人は出された珈琲が『ルワンダの雫』であることをまだ知らない。

ただひとつ、
灰原にブラックで飲む珈琲を好きな理由がまた増えた。それだけは言えるようだ。


『ブレンド』に寄せて
  灰原 雄三

#なんのはなしです珈
#フィクションとノンフィクションの間で

                    


なんのはなしです珈コラボ第一弾は
TABBY's COFFEE ROASTERさんの
ブレンドコーヒー『ルワンダの雫』です。


この創作記事は、なんのはなしです課を会社のひとつの課とした『なんのはなしですか』の非公式ストーリーで、なんの役にも立たない灰原がたまに力なく夢だけ語って空回りをしています。

新登場の なんのはなしです課メンバー
Winged jewel (ウィングド・ジュエル) 翼のある宝石
さんはこちらの方です。

企画も広報もスピード感あるのに本当に丁寧に紡がれ気配りと優しさが溢れています。

説明もなにもない創作ストーリーへの突然の配役にも快く応じて下さりありがとうございます。

で、何がしたかったの、と言われたらなんか空回りの言い訳でしょうか。


空回りでひっそり朗読させていただいたのはこちら

記事の下にスタエフ朗読音源を貼り付け頂きました。
ありがとうございました。








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