『観測外―警視庁A種事案:シュレディンガーの叛逆―』 第一章 ◆均衡の底 シュレディンガーの獣 ~コールドケース(未解決事件)編~ 【1】
◆ あらすじ:
主人公・灰瀬透は学生時代、正体不明の犯人によって両親を殺害された。
葬儀の場で、警視庁参事官を務める叔父・一ノ瀬の勧めにより、高校卒業後に警察学校へ入学。卒業後は刑事部へ着任する。
両親の事件の真相を追うため、「箱の中」に閉じ込められた未解決事件(コールドケース)を専門に扱う部署へ配属されるが、そこは特殊任務をも担う秘密めいた部署だった。その任務の正体は、通称「A対」——特殊能力者を対象とした極秘捜査だった。
サイコメトリーの能力を持つ灰瀬の背後で、警察内部の秘密組織が密かに動き出す。彼らが画策する真の目的、そして両親を殺害した犯人の正体とは——与えられた世界から「観測外」へ。生と死の狭間で新たな一歩を踏み出す主人公の物語。
主な登場人物紹介:
●【主人公】灰瀬透 サイコメトリー・エンパス能力
(残留思念・感情エネルギー)“A種事案対策室”兼コールドケース捜査
《両親を亡くした後、卒業と同時に警察学校へ入学。経験を積みながら刑事となる》
●【同僚・バディ】佐伯紫苑 カルマ能力
(因果律操作)A対兼コールドケース捜査 警察内部「天秤の目」に所属
《灰瀬より一つ上の同僚。灰瀬より先に“A種事案対策室”へ配属されていた人物。灰瀬の能力は把握済み。多少お調子者なところもあるが、灰瀬を特別可愛がっている》
●【警察庁勤務】橘寛見 パイロキネシス能力
(火焔系能力。但し能力的には低い)
《後半で一時的な灰瀬の同居人となる》
●【警視庁勤務】一ノ瀬参事官
《灰瀬の両親が殺害されたのを期に警察学校へいくことを提案した人物。灰瀬の叔父。灰瀬の能力は把握済み》 警察内部「天秤の目」に所属
●【元研究部門所属、現鑑識課勤務】城崎 能力不明だが後半で明らかになる。
《一ノ瀬参事官が灰瀬に紹介した人物。理論に明るい》
●【限定登場人物】東雲リブラ組織の構成員
『僕の中の全てが一瞬で崩壊した。
あの日、友達と遊んでいなければ……今も両親は生きていただろうか?
未来は……変わっていたのだろうか……』
第一章 均衡の底 シュレディンガーの獣 ~コールドケース編~ 【1】
それは、床を剥がした瞬間だった。
都内近郊に残された小さな金属加工工場。操業停止から十年以上が経ち、再開発のための解体が進められていた。重機がコンクリートを割り、基礎を露出させ、作業員が土を掘り返す。
そのとき、一人がある異変に気づく。
腐敗臭ではない。
だが、乾いた土に混じる、甘く、粉じんのような臭い。
床下の空間から、一つの人骨が出た瞬間だった。
規制線の外側で、「A対」の灰瀬は一般の刑事に混じり、無言で現場を見つめていた。
A対…それは秘密裏に設立されたA種事案対策室の通称であり、Awakened(覚醒者)またはAbnormality(異能・変異体)を指す部署だ。そして灰瀬はサイコメトリーを有する人間だった。
ブルーシートの隙間から見える掘削痕。基礎コンクリートの一部が不自然に削られ、後から埋め戻された形跡がある。
「白骨。ほぼ全身揃ってるな」
隣で同僚の佐伯が低く落ち着いた声で状況を伝える。
「骨盤の形状から女性の可能性が高い。年齢は二十前半から三十代といった所か。死後経過は……環境次第だな。数年から十年以上」
現状では確定も何もできない。身元不明遺体。失踪者かどうかも分からない。
まだ、“誰でもない”状態だ。
灰瀬はゆっくりと片膝をつき遺体の位置を確認する。
仰臥位。両腕は体側。大きな拘束痕は見えない。頭蓋の一部に陥没。土壌の付着状態から、隠ぺいは計画的だ。
「衝動的じゃないな……」
灰瀬が声を低くして答える。
「だろうな」
佐伯は同意の言葉を短く返した。
そして、ふと何かに気付いたように視線をその箇所に落とす。
「首元、見えるか」
衣服は朽ちているが、鎖の一部が残っている。
ネックレスだ。
「触るなよ」
佐伯が言う。
「分かっている」とでも言うかのように灰瀬は視線だけで応じる。
何も分かっていないこの状況で触れることは禁忌だ。証拠や遺体を汚染してしまわないように現場保全に努めることは必須。
が、この状況に何かが腑に落ちない。「見落としている何かがまだ別にあるような」そんな感覚だった。
遺体の周辺を念入りに見回す灰瀬は異質な臭いを感じとる。床下の乾いた土の匂いの中に、微かに水の気配が混じっている臭い。
視線を外へ向ける。
工場裏手に、細い排水路がある。
かつて冷却水や廃液を流していたであろう溝。流れは弱く、黒いスカムが表面に浮き、油脂と汚泥が粘度のある層を作っている。
無関係とは思えなかった。
遺体はその後収容され、解剖に回されたが、やはりその場所が気にかかる。
翌日、収容された白骨死体は司法解剖の結果、女性、推定二十代前半。頭部への複数の骨折痕が確認され、鈍器などで殴られるとしたことにより死亡した可能性を示した。
身元は現時点では未判明。
灰瀬は鑑識室で、証拠品として回収されたネックレスに触れる許可を
得た。
薄い手袋越しに、冷たい金属に触れたその瞬間、強烈な圧迫感に息が止まる。
残留思念に吞み込まれる……。
暗く湿った空気が脳裏に漂い始める。
そして、頭に受けた鈍い衝撃をまるで自身が体験したかのように痛みが蝕んでいく。
視覚ではない身体感覚。
喘ぐように酸素を求める肺。
土の圧迫感。
動かない身体の持ち主が遠のく意識の中で縋った、“まだ生きている時間”への執着……。
灰瀬は思わずよろめきながら一歩後退する。
「灰瀬!! 」
佐伯は支える為に咄嗟に腕を掴んだ。
「平気だ」
大きく呼吸をし、息を整える。
これは映像ではない、残留した感情の層。だがはっきりしている。
『彼女は、埋められる直前まで生きていた……』
その日の午後、灰瀬の指示で排水路の再捜索が行われた。
スカムを掬い上げながら金属探知機と併用で底をさらう。
金属片、布の断片、錆びたボタン。
そして、長期浸水で変形した携帯電話の残骸。
「床下と分けたか」
佐伯が嫌悪の表情で続けて言う。
「遺体と証拠。二重に」
灰瀬は頷く。
この事件には計画性を感じられる。完全犯罪を狙ったのではないが、時間を稼ぐための分断が、結果としてコールドケース化したのだろう。
鑑識チームは本体を洗浄しSIMカードを回収することに成功した。SIMの一部からでてくる情報で失踪届との照合が進む。
一件、該当。
七年前に失踪した女性の名前が判明した。
母親が一人で届け出ていたのだ。
対面は小さな会議室で行われた。
母親は思うより静かだった。
年齢より老けて見えるのは心身を消耗して擦り切らしたのだろう。
机の上に置かれたネックレスを見た瞬間、指先が小刻みに震えた。
「……この子のです」
声が掠れている。
「二十歳の誕生日に、私が……」
それ以上は、言葉にならなかった。
佐伯が手続きの説明を淡々と進める。
灰瀬は黙ったまま母親を見守った。ただ、この事実からは目を逸らさない。
母親がぽつりと呟く。
「どうか、忘れないでください」
母親は俯き涙で濡れた顔を持ち上げると、佐伯をみた。
「この子は、ちゃんと生きていたんです。わたしの心の中で……」
その言葉と同時に、灰瀬の胸の奥で何かが揺れた。
一瞬、視界が重なる。
笑っている彼女。光の中で、誰かを信じていた時間。幸せだった瞬間。
(こんなときに感応するなんて……)
その記憶の断片が、胸に刺さる。現実で刺されたわけでもないのにズキズキとした痛みを感じた。
その日の夜、帰宅した灰瀬は睡眠薬を水で流し込んだ。
神経が必要以上に過敏になりまともに眠ることすらできないでいた。
牛乳を温める。
無糖ココア。
そして、砂糖を4杯。
まだ足りない。5杯目を入れる。
強烈な甘さが舌を刺す。
それでも、胸の奥の火は燻ったまま消えることがない。
「忘れないで…」
そう呟いた母親の声が耳に残る。
自分は救う側か。それともただ被害者を「観測」しているだけの側か。
均衡を保つための装置か。
カップを握る手が感情で震えることはなかった。だが、内側は静かに軋んでいた。
被害者がつけていたネックレスの冷たさを思い出す。
土の重さ。息苦しさ。そして、母親の言葉……。
灰瀬は目を閉じる。
遺族の心を理解している訳ではない。
しかし、「決意」でもない。
ただ、確かに“何か”を受け取った感覚だった。壊れてしまいそうなほどに重たい――。
そして、静かに呟く。
「……そうか」
自分の中の均衡は、まだ保たれている。
だが心の奥底に、確かな亀裂が入ったことを灰瀬はまだ気付かないでいた。
次回金曜日21時(数分誤差有)更新:
『残像の中の瞳がこちらをみていた…。待っているような目で――』
【全話第一章~最終章完結までのまとめになります】全6万3千以上文字数になります
※ #創作大賞2026 応募作品です
【この小説の全ての見出し画像は生成AIを使用しています】
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