「愛される側にも、都合というものがある」
「ようこそ、VIPスパへ。」
重厚な扉が開いた。ぼくは店員に抱えられ、静かな部屋へ運ばれる。
抱え方が雑だ。
両手で持て。
見どころがある。
純白のリネンへ寝かされる。
「本日は十歳のメンテナンスですね。」
ベテランと言え。
悪くない。
ここは分かっている人間が多い。
最高級の天然石けんが、ぼくを包み込む。
白は、本来の白へ。黒は、艶を取り戻していく。
泡が耳まで届く。
いい匂いだ。
家もこれにしろ。
職人の指先が、毛並みをゆっくり揉みほぐす。
そうだ、もっと右。
そこだ。
見どころがある。
隣で猫がチリンと鳴いた。
うるさい。
猫は黙って寝ていろ。
「猫ちゃんも気持ちよさそうですね。」
違う。
ぼくの方が気持ちいい。
ぼくは目を閉じた。毎朝、彼女にぐりぐりされた身体が、少しずつほどけていく。
悪くない。
いや、かなりいい。
やがて縫い目が解かれた。
おい!
そこは脇だ。
くすぐったい。
綿が抜かれていく。
胸から、腕から、お腹から、しっぽまで。全部、軽くなっていく。
軽い。
まずい。
威厳まで抜くな。
身体が空っぽになった。職人は取り出した綿を、そっと両手に乗せる。
「ずいぶん、大切にされてきましたね。」
ぼくも見た。真っ白だったはずの綿は、少し黄ばんでいる。胸は丸く潰れ、右腕は少し柔らかい。そして、しっぽだけは、ぺちゃんこだった。
「ここ、一番触られてますね。」
当然だ。
彼女のお気に入りだ。
仕事で泣いた夜。嬉しくて眠れなかった夜。何も考えずテレビを見ていた休日。全部、この綿が受け止めてきた。
職人が新しい綿を持ってきた。
しっぽは、少し多めに。
少し?
遠慮するな。
限界まで詰めろ。
「入れすぎると、不自然ですよ。」
自然とは何だ。
愛される方が大事だ。
少しだけ、綿が足された。
見どころがある。
いや、まだ足りない。
胸にも、腕にも、お腹にも。身体いっぱいに、新しい綿が満ちていく。
ぼくは、またぼくになっていく。
最後に鏡の前へ運ばれた。
店員が正面へ向ける。
違う。
十五度だ。
少しだけ角度が変わる。
見どころがある。白は雪みたいだ。黒は艶がある。しっぽは、ふわっふわ。
職人が優しく抱き上げた。
「これで、あと十年は大丈夫。」
二十年だ。
ぼくを誰だと思ってる。
箱へ戻される。
帰る時間だ。
今夜、彼女はきっと言う。
「帰ってきた!」
それから、お腹を押して、しっぽを揉んで笑う。
その顔まで、ぼくは知っている。
新品はきれいだ。
でも、それだけじゃ足りない。
ぼくは十年間、笑った日も、泣いた日も、黙って抱きしめられてきた。
その時間まで詰め替える店は、どこにもない。
だから。
…新品には、思い出が足りない。
しっぽは。
毎日揉め。

