眠れない夜に、また日中のことを考えている。――内向型の私が考える反芻思考が止まらない時の対処法
ベッドに入った瞬間、脳が動き出す。
「さっきの返事、変だったかな」
「あの沈黙は何だったんだろう」
そういう思考が、静かになればなるほど、流れ込んでくる。
疲れているのに、眠れない。休もうとしているのに、頭だけが止まらない。
気にしすぎ、考えすぎ、と、自分に言い聞かせる。これが毎日続いていた。
「考えすぎる人」は、脳が止まらない
反芻思考、という言葉がある。
過去の出来事や会話を、何度も何度も頭の中で再生してしまうこと。「もっとこう言えばよかった」「なぜあんなことをしたんだろう」と、終わったはずのことが終わらない状態でループする。
動いているのに何も変わらない。
それが、あの消耗感の正体だと思う。
なぜ内向型は反芻しやすいのか
内向型の人は、情報を深く処理する傾向がある。
一度受け取った刺激を、脳の中で長く保持して、何度も参照しながら理解しようとする。それ自体は、丁寧に物事を考えられるということでもある。
ただ、その特性が反芻とつながりやすい面もある。
会話の後、内容を頭の中で再処理する
相手の表情や言葉のニュアンスを長く引きずる
静かになると、外からの情報がなくなった分、内側の処理が始まる
外部の刺激が減ったとき、内向型の脳は"内部モード"に入りやすい。そこで回復できる日もあれば、不安がぐるぐると始まる日もある。
どちらになるかは、そのときの状態や反芻の内容次第だろう。
「ぼーっと休む」が回復になる時と、つらくなる時
「疲れたら休むこと」は正しい。
でも、"どう休むか"は、その日の脳の状態によって変わる。
脳には、何もしていない時に活性化するネットワークがある。デフォルトモードネットワークと呼ばれるもので、ぼーっとしている時や、内省しているときに動く部分だ。
安心感があるとき、このネットワークは記憶の整理や感情の処理に使われる。いわゆる「ぼーっとして回復できる」状態がこれだ。
ところが、ストレスが強い状態や不安が高まっているときは、同じぼーっとした時間が、反芻の時間になりやすい。
「カフェでは休めるのに、夜の無音はつらい」という感覚、覚えがないだろうか。
テトリスが「侵入思考研究」に使われていた話
PTSD研究の一部で、テトリスのような視空間ゲームが、侵入思考——つまり望まない記憶やイメージが頭に浮かぶ現象——の軽減に使われた研究がある。
なぜテトリスが効くのか。
脳には、視空間情報を処理するための"作業スペース"のようなものがある。テトリスは、そのスペースをかなり使う。ブロックの形を把握して、回転させて、どこに置くかを判断する。その処理に脳が使われている間、別の思考が入り込む余地が減る。
脳が一度に処理できる容量には限りがある。"軽く別の処理を与える"ことで、反芻が起きにくくなる瞬間がある、ということだ。
反芻しやすい人は、「軽い外部刺激」でラクになることがある
脳を止めようとすると、かえって疲れる。
"考えないようにしよう"と意識した瞬間に、その言葉が思考を呼び込んでしまう。だから、脳を止める方向ではなく、向き先をそっと変える方が、うまくいく場合がある。
実際に試してみると効果があったのは、こういうものだった。
ラジオをつける(話し声が流れているだけで、脳の一部が"聴く"方向に向く)
単純なゲームを5分だけする
楽器の練習のような、意識を持っていく必要がある作業をする
共通しているのは、「脳が軽く前を向ける」くらいの刺激だということ。
SNSは刺激が強すぎることが多い。情報量が多く、感情が動きすぎるため、休息にはなりにくい。ラジオくらいの"ちょうどよさ"が、反芻しやすい脳には合いやすいと思う。
私がラクになったのは、「正しい休息」を決めつけるのをやめたことだった
「疲れたら、静かに休む」というイメージを、長い間正解だと思っていた。
瞑想や、無音の部屋や、何もしない時間。それができていない自分は、休み方まで下手なんだと思っていた時期もあった。
でも、静けさが必要な日と、ラジオを流したい日と、両方あった。
(ちなみに私の場合は両極端になることが多い。)
音がない空間でやっと回復できる夜もあれば、無音でいると脳が勝手に動き出す夜もあった。単純な作業をしている間だけ、頭の中がするっと静かになることもあった。
「今日はどちらだろう」と考えるようになってから、少しラクになった。
「考えない」のではなく、「脳の状態を見る」
今日の自分に必要なのは、静けさか、軽い刺激か。
それを知るために、少し自分を観察してみると、こういうサインが参考になる。
静かな休息が向いているサイン
音や情報量で疲弊している感覚がある
人と会いすぎた後
刺激全般がしんどい
軽い刺激が向いているサイン
無音でいると、思考がざわつき始める
夜になると脳だけが活性化している
不安のループが止まらない
まとめ:「考えすぎる脳」と敵対しなくていい
考えすぎる脳は、すぐには変わらない。変える必要もないかもしれない。
問題は、考えること自体じゃなかった。処理が終われないこと、同じ場所をぐるぐると回り続けることが、疲弊の原因だった。
鈍感になることが目標じゃない。感じ取る力はそのままで、脳の扱い方を少しずつ知っていくことが、現実的な出口だと思っている。
「考えすぎること」は、処理が終わりにくい脳の仕様だ。責めながら使い続けるより、扱い方を知る事が重要なのだと思う。
このnoteでは、内向型・繊細な気質を持つ人が消耗しすぎずに生き延びるための情報を、当事者目線で発信しています。 社労士(有資格者)・キャリアコンサルタントとしての知見も交えながら書いています。
気に入ったらフォローしてもらえると、次の記事が届きます。
🔰初めての方へ
▶︎ このnoteの歩き方——よく読まれている記事とマガジンをまとめました
■関連記事
