ジャズ記念日: 6月2日、1964年@パリ "Tanya" by Dexter Gordon
"Tanya" by Dexter Gordon, Donald Byrd, Kenny Drew, Niels-Henning Ørsted Pedersen & Art Taylor recorded on June 2, 1964 at CBS Studios, Paris for Blue Note (One Flight Up)
意外性のある名作です。デクスターゴードンというと豪快で朗らかなハードバップのテナーサックスというイメージですが、本作は真逆の緊張感に満ちた当時最先端を行くモード系の演奏となっています。ゴードンのフランス録音盤としては、モダンジャズの始祖的存在となるピアノのバドパウエルやドラムのケニークラークを交えた以下のアルバムが有名ですが、本作はその約11ヶ月後の同じくブルーノートレーベルによるパリ、同CBSスタジオ収録作品。
連れ添うメンバーは、前作から総入れ替えとなり、長年に亘って連れ添う盟友ケニードリューのピアノと抜擢した18歳を迎えたばかりの恐るべき腕利きデンマーク人ベーシスト、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセンのベースを従えて、そこに当時ゴードン同様に欧州に移住していたドナルドバードのトランペットとアートテイラーのドラムを加えた五人編成。
ペデルセンを除き生粋のアメリカ人ハードバッパー達で構成された演奏ですが、一聴すると当時の最先端を行くウェインショータークインテットに聴き違えるようなモーダルな和声と溌溂さが感じられます。ゴードンは現在ジャズ界における重鎮ピアニスト、ハービーハンコックの1962年5月28日収録リーダーデビュー作品”Takin’ Off”にも参加しているように、モードジャズとの接点に無縁ではありませんが、自身の作品でこの時期にここまで追求した演奏は珍しい演奏です。ハンコックの恩師の一人であるバードが参加しているという要素も影響しているのかも知れません。同年のハンコックを交えたショーターのクインテット作品に興味がある方はこちらをご覧ください。
それにしても、朗らかな前作と打って変わって、何故こんなにシリアスなのでしょうか。時代的な背景を調べてみると、本作1964年の前半には大西洋を跨いだ母国アメリカでは2月にビートルズが初上陸してジャズを含めた音楽業界の地殻変動が起こり、今回参加した米国黒人演奏家が欧州に移住するに至る要因の一つとなった人種差別を撤廃する公民権法が制定されたのが本作収録の一ヶ月後の7月2日ですから、目まぐるしく変化するジャズミュージシャンを取り巻く状況であったり、なかなか議会を通過しない待ち焦がれた法案に対して、対岸側での欧州でも不安、苛立ちや怒りがあったのかもしれません。本作の10日後に、ハンコックがモードジャズ屈指の名盤を収録していますが、これもまた緊張感に満ちたカルテットの演奏です。
本アルバムの聴きどころは、バード作曲の18分にわたる冒頭曲”Tanya”で、普段は脇役に徹する燻銀テイラーのダイナミズムに溢れて冴え渡り、前面に押し出てくるドラムです。テイラーは、数ある名盤に登場しているものの、名脇役として抑揚を抑え気味の安定運航型の演奏が多いため、正直なところ印象に残る作品は多くはありませんが、本演奏は縦横無尽で奔放な働きで他のメンバーに対して手加減せずに跳ねるようなドラミングで鼓舞するテイラーの稀に聴く一面を堪能できます。リーダーのゴードンの意図か、テイラーと共演歴の長い作曲者パードのアイディアなのか、リズムセクションを共に担う欧州血筋の若い新たな感性を伴った骨太で堂々たるペデルセンのベースに触発されたのか、それともこれら奏者の化学反応で自然に発生したものなのでしょうか。黒子的なドリューの多彩なテンション遣いも耳を澄ますと思索的で素晴らしいのですが、本演奏ではテイラーのドラムに耳を委ねることでまた違った味わい方が出来るかと思います。そのドラムは最初のゴードンのソロの裏側でのドラミングよりも、続くバードのソロでのドラミングの方が時間と展開と共に白熱しているためか更にダイナミズムが増しているように感じられます。


音響的には、テイラーは作曲者のトランペッター、バードと共に右に、相対する左にベースのペデルセンとゴードン、中央にピアノのドリューが鎮座して左右をブリッジする定位となっています。
テイラーが多数のレコーディングに請われた理由として「レコーディング・エンジニアにとって御し易いドラマーだったのではないか(中略)何処でクレッシェンドされるか判らないドラマーは、リスナーには愉快だが、現場のスタッフはスリル満点でたまったものではない」というドラマーの田中邦雄さんによる考察があります。(出典: ジャズ批評No.79『ベース&ドラムス+パーカッション』)
それが事実だとすると、そのダイナミズムを欧州でブルーノート調に捉えた本作のエンジニアが秀でていた、ということになるのでしょうか。そのエンジニアは、Jacques Lubinというフランスの方で、ブラジル人ギタリストのバーデンパウエル等の作品にも携わった実績のある方です。前作”Our Man In Paris”も本作と同じパリのCBS Studioにて収録されていますが、その録音エンジニアはClaude Ermelinという別の方で、そちらは素音でフラットな録音のアプローチを取っており、音質の違いにエンジニアの個性が感じられます。
テイラーよりも更にダイナミック且つ予測不能で捉え辛い同世代のフィリージョージョーンズやエルビンジョーンズは叩きまくってもオーディオで存分に堪能できるほど緻密に録音されている一方、テイラーには録音の都合から封印されたというのは考え辛いので、当時の録音技術の難しさはあるとしても、リーダー或いはプロデューサーによる意図か、テイラーの着実に仕事を全うする堅調で信頼のおける当たり外れ、リスクの少ないプレイスタイルによるものだと考えるのが収まりが良さそうです。
そのテイラーは多数のミュージシャンに起用され、信頼を築いた人間関係を活かして”Notes and Tones”という複数の大物黒人ジャズミュージシャンに対する、音楽、音楽業界と黒人の置かれた状況等に関して60-70年代に実施した業界内通者としてのインタビューを、黒人の地位確立活動の一環として取りまとめた著作があります。


内容ですが、帝王マイルスにはドラマーの選び方を聞いたり(以下)、”Jazz”の単語の意味や”Be-Bop”の由来、ドラマーにはドラムのチューニングに関する共通した質問をしていて、それぞれに個性のある回答があるので読み応えがあります。インタビューの成立や引き出された率直なコメントは、テイラーが培った信頼と人望があっての賜物かと推察します。
When I look at a drummer, it's just like when I look at a fighter. I watch his reactions to different things, his quickness, whether he's on time and whether he can clean up, you know what I mean?
ドラマーを見る時は、格闘家を見るのと同じようなものさ。様々な出来事への反応、俊敏さ、リズムキープが出来るか否か、そして収拾できるかどうか(けりをつけられるか)を見極めるんだ。分かるだろう?
マイルスはこのインタビューで、自らのバンドに起用したスイング”Roll”の権化フィリージョージョーンズにシンバルの使い方を渋々変えさせたり、天才トニーウィリアムスにバスドラムとハイハットを使わせるように仕向けたと語っていて、ドラムへのこだわりが伝わってきます。そのフィリーはインタビューの中で、アートブレイキーとマックスローチのモダンジャズドラムの二大巨頭からニューヨークに来るべきだと言われてフィラデルフィアから引っ越したと語り(先人ドラマー「パパ」ジョージョーンズに敬意を払ってフィラデルフィア出身の「フィリー」というニックネームを付けた)、トニーウィリアムスは、影響を受けたドラマーとしてこの3人に加えてマイルスのバンドの前任者ジミーコブとこのテイラーの名前を挙げていたり、目を通すと色々と発見があります。テイラーについての見解も知りたいところですが、インタビューをする側なので、残念ながら自身の演奏スタイルに関する情報の記述はありません。
そのインタビューでは、”jazz”という単語についての質問、”What do you think about the word jazz?”を複数のミュージシャンに行っており、様々な反応・見解や受け止め方があり、且つ分かりやすい言葉で語られていて、興味深いので幾つか原文の抜粋を記載しておきます。
Jazz is a word that came from New Orleans. It came from the French. It was spelled j-a-s-s.
I don't know who made up the word jazz. The blacks might have named it jazz themselves, but I don't know much about it.
Sometimes I hate it and sometimes I love it. It all depends who I'm talking to. (中略)Jazz is like a life-style.
Jazz is known all over the world as an American musical art form and that's it. No America, no jazz.
When I use the word jazz, I always say jazz music, because I think it is a complete art form.
Jazz is not just music. It's the definition of the Afro-American black.
生き様全般を捉えたり、音楽の一つの形態とする解釈だったり様々ですが、ブレイキーの”No America, no jazz”の発言は、”No Music, No Life”みたいで言い得て妙ですね。
因みに、米国の外国語学部の教授が”jazz”の単語の語源を探った学術研究に関する193ページのレポートを2015年に発表しています。

https://www.academia.edu/123057965/Origin_of_the_Term_Jazz
その結論は巷で有力説として語られている黒人スラング”jasm(活力)”発祥説やフランス語”jaser(駄弁る)”や”jasmine(ニューオリンズのStoryvilleで娼婦が身につけたとされるジャスミン香水)”語源説やテイラーとのインタビューでケニークラークやが語っている”intercourse(性行為)”説を否定していて、サンフランシスコで開催されたSan Francisco Sealsの野球試合に関する1913年3月3日付の“Scoop” Gleeson記者によるSan Francisco Bulletin誌の記事で公的に初お目見えしたとの結論を出しています。それはとある選手の情報が”jazz(出鱈目)”であるという意味で初登場して、その三日後に当時冴えない成績のチームに好転をもたらすポジティブな意味”gin-i-ker”、”pep”、”enthusiasalm”といった「活気」や「熱気」に転じ、1915年には音楽を指す言葉として登用され、それ以降に定着したという内容です。因みにそのSealsは、現サンフランシスコジャイアンツのマスコット、”Lou Seal”の由来のひとつになっています。

(S.F. Bulletin, March 3, 1913)
‘Everybody has come back to the old town full of the old “JAZZ” and they promise to knock the fans off their feet with their playing. ‘What is the “JAZZ”? Why, it’s a little of that “old life,” the “gin-i-ker,’ the “pep,” otherwise known as the enthusiasalum. A grain of “JAZZ” and you feel like going out and eating your way through Twin Peaks

『半世紀前に南部の有色人種によって始められた即興音楽を通称「ジャズ」という』との記述
”blue note”の単語も一緒に登場している
25年という長年にわたる文献に基づく学術調査への敬意を払いつつも、”jazz”という単語の西海岸野球記事で初出となった背景やその単語の意味が短期間で大きく様変わりした理由や音楽と結びついた考察には触れられておらず、個人的にはジャズミュージシャン自身が語るところの型にはまらない多様性のある”jazz”の見解を尊重したいところです。
さて、本アルバム名の”One Flight Up”は、踊り場から上の踊り場まで上がるという一連の動きから、「二階」という意味だそうです。そう言われると、アルバムジャケットの右端に階段があることに合点が行きます。このアルバムジャケットの撮影場所を探してみたものの、ブルーノートレーベルに多大なる貢献をした名物カメラマン、フランシスウルフの撮影という事実しか判明しませんでした。本アルバムジャケットのインナーには同じ身なりのゴードンの写真が「1964年6月」の記載と共に採用されているので(以下)、同じタイミングにパリで撮影されたものと推測すると、背景の住居らしき建物はパリでよく見かける典型的なアパルトマンのように見受けられます。

そして、今回取り上げた曲名の”Tanya”は、ロシア系の女性の名前のようです。本曲を歌曲として取り上げたカートエリングの歌詞でも女性の名前として取り扱われていますが、そちらでは、エリング特有のコブシとスキャットによる歌唱のみならず、テイラーへのオマージュのようにダイナミックでキレの良いドラムを叩くパットメセニーグループで長年活躍したポールワーティコの演奏が楽しめます。ワーティコのインタビュー記事のひとつには、先のテイラーの著作に対する言及がありましたので、同アルバムの共同プロデューサーとして本曲を採用するに至った経緯には何かの縁があるのかも知れません。語り口調の歌詞には、デクスター、エルビンやハービーの名前が登場しています。
最後に、本アルバム名の“One Flight Up”とは反対の、今年九月に来日公演が予定されているノラジョーンズによる大名盤に収録されている“One Flight Down”をどうぞ。
ゴードンに興味がある方はこちらの記事もご覧ください。
着実に与えられた役割を全うする仕事人、テイラーの名盤参加作品の紹介記事はこちらをどうぞ。
テイラーの晩年のリーダー作品も聴き応えがあります。
“Jazz”と共に楽しいひと時をお過ごしください。
