「優勝して感じたのは安堵ではなく、純粋な喜び」モーディ・マオールHC、長崎での2年間を語る(#3)
長崎ヴェルカをB1優勝に導いた、我らがモーディ・マオールヘッドコーチ。今シーズン限りで退団し、新たな挑戦としてミシガン大学(NCAA)のアシスタントコーチへ就任します。長崎を、日本を発つ前のモーディに、クラブ広報が単独インタビューを敢行。ハイインテンシティで駆け抜けた長崎での2年間を語りました。
前編(#1、#2)は、こちら。
シーズン序盤から快進撃を見せた今シーズン、クラブハウスに「悪い習慣」が忍び込み、それと戦うためにモーディは敢えて、勝っているチームに対して厳しい要求をし続けたと言います。そして、それはヘッドコーチという職業の「孤独」と、隣り合わせでもありました。
その「孤独」とは一体、何か?
引き続き、モーディの語りをお楽しみください。

ヘッドコーチの孤独と忠誠心
ーーヘッドコーチという仕事は時に、いやもしかすると常に、孤独(loneliness)を感じる職業ではないかと想像します。ヘッドコーチは、結果に対して責任を取ることを求められます。あなたの場合は、ここ日本では外国人のヘッドコーチであり、言語や文化の違いに苦労することもあったと思います。Bリーグのクラブでヘッドコーチを務めることによって、あなたはどのような孤独と向き合いましたか?
モーディ:私が外国人であるということは、全く関係ないと思います。が、確かにコーチングというのは非常に孤独な職業です。結局のところ、チームに関わる一人ひとりが自分自身のモチベーション、自分自身の目標、自分自身の個人的なアジェンダを持っています。選手やチームスタッフは皆、何らかの情熱を持っている人々であり、その一部はチームの利益に結びついていますが、彼らは自身の個人的なアジェンダも持っています。そして私の仕事は、ここにいる一人ひとりのアジェンダを把握して、その達成に向けて最善を尽くすことです。しかし、私の究極の忠誠心は、ただ一箇所にしかありません。それはチームです。
一人ひとりの個人ではなくチームに対して究極の忠誠心を持つことによって、あなたは自分自身を、周りにいる他のすべての人から分断させることになります。なぜなら、バランスを取る必要があるからです。……いや、バランスを取る、は正しい言葉ではないですね。各個人の目標とアジェンダを把握することが私の仕事です。しかし、それらを一つの目標、すなわちチームの成功のために利用するのです。
それは本質的に、常に「誰もが犠牲を払っている」ということを意味します。私の決断によって、皆が犠牲を払っています。私はあなたが望むものの一部を取り上げ、あなたが望むものを与えません。あなたは、自分が本当にやりたいことではないことも、やらなければなりません。しかも、最高のクオリティで。つまり、私はチームの一人ひとりに対して、彼らが望まないことを要求しており、それを可能な限り高いクオリティで行うことを求めているのです。全ての人に対してそうです。その結果、私と彼らの間にはいくばくかの距離が生まれます。
突き詰めると、多くのヘッドコーチが経験するのは、決断を下す重みと、その結果を自分だけで背負うことです。

ーー全員がそれぞれ犠牲を払った結果、幸いにもチームの成功を収めることができれば、つまり勝利することができれば、それまでに払った全ての犠牲が価値のあるものに思えます。でも、もし勝てなければ「自分は一体何をしていたのだろう」と思ってしまうかもしれません。
モーディ:それは常に起こり得ます。それこそが責任の重さであり、おそらくこの仕事の最も過酷な部分です。なぜなら…… 皆を「日常的に」幸せにするために、そして全ての物事をよりスムーズに進めるために、要求の水準を下げたり内容を変えたりすることは簡単だからです。そうすれば衝突や摩擦も減ります。皆、きっと私のことをもう少し好きになって、私にもう少し笑顔を向けてくれるでしょう。
でも、もし私がそれを自分に許してしまったら、私は自分が持っている主たる忠誠心、自分が組織に対して背負っている責任を裏切ることになります。
先日、ある人が私に質問しました。優勝してどのように感じているか、と。多くのコーチが、勝った時に「安堵(relief)」の感覚を表現します。でも、私は安堵なんて全く感じませんでした。私が感じたのは、純粋な喜び(genuine joy)です。
なぜ、喜びなのか。全員のハードワークとこれまで払ってきた犠牲のすべてが、勝利を通じて正当化されたからです。ファイナルの試合では、その1分1秒で、その重さを見ることができたはずです。誰もが、自分自身のハードワークと自己犠牲のすべてが価値あるものだと証明する必要があるという重荷を背負っていたことを、あなたもその目で見ることができたはずです。
私たちがGAME 3に勝利した瞬間、このチームの全員が泣き始めました。どこを見渡しても、涙を流している人々がいました。喜びの涙です。その涙は、彼ら彼女らがこの追求に、自身が持っているすべてを注ぎ込んだと知っていることから来るものです。自分の人生を捧げ、困難を乗り越え、それを達成するためにできる限りのことをした。そして今、私たちは共に勝利を祝うことができるのです。

ミシガン大学の「アシスタントコーチ」に就任した理由
モーディ:私がバスケットボールのコーチとして過去15年間ほど、この身を捧げて培ってきたものは何かというと、正しい決断を下す力です。人々のハードワークと自己犠牲が正当化されるよう、正しい決断を下すこと。チームが必要としているものを比較検討し、正しい選択をすること。私たちはどう守るのか、どう攻撃するのか、どう練習するのか、何をするのか。簡単な選択はありません。ヘッドコーチは、その選択と決断の責任を、ある意味ではたった一人で背負います。
私は試合中、プレーを指示し、選手を入れ替えます。私はチームの誰かにボールを与えているのであり、それは即ち、私が他の4人にはボールを与えていないことを意味します。私が特定の5人をコートに送り出す時、私がコートに送り出さないことを選択した選手が9人います。これが、選択と決断の重さです。
こうした決断を下す瞬間に、確実性はありません。バスケットボールの試合に勝つ方法はたくさんあり、必ずしも私の方法が正しいわけではないことを、私は知っています。それでも私は、確信を持って決断を下さなければなりません。すべての選択肢を天秤にかけ、すべての結果を考慮し、最終的には自分で選択を下すことになります。そして私は、できる限り最善の選択をしようと努めました。チームを最優先事項として保ち、チャンピオンになるという私たちの目標を果たすこと。それが実現できたことを、非常に嬉しく思っています。
ーー「ヘッドコーチは、その選択と決断の責任を、ある意味ではたった一人で背負います」とあなたは言いました。今シーズン、あなたの右腕的存在としてポーリー(ポール・ヘナレアソシエイトヘッドコーチ)がいましたが、彼はいつもとびきりの笑顔で、まるで天使のようでしたね。
モーディ:(笑)
ーーでも、そんな彼も島根スサノオマジックのヘッドコーチをしていた頃は、決して天使ではなかったでしょう。立場が変われば人も変わる。ポーリーの存在はあなたにとって大きな助けとなったと思いますが、それでも最終的には、ヘッドコーチであるあなたが一人で責任を引き受けなければならなかった。

ーーこの話は、あなたが新しい挑戦として、ミシガン大学(NCAA)のアシスタントコーチに就任されたことにも繋がっているのではないかと思います。就任の経緯について記された『The Athletic』の記事を読みました。この記事に書かれていることがどこまで事実かわかりませんが……
モーディ:事実です。
ーーなら話は早いです(笑)。ミシガン大学ではヘッドコーチではなくアシスタントコーチになることで、あなたは今まで以上に日常的な選手育成に集中することできる。それがあなたにとって魅力だったと記事にはありました。これが、あなたにとって今回の決断を下した理由の一つだったのでしょうか?
モーディ:それだけではありません。答えは「イエス」でもあり「ノー」でもあります。私がこの決断を下した理由は、バスケットボールの世界において、より大きな挑戦を望んだからです。結局のところ、世界最高のバスケットボール選手とコーチたちは、アメリカにいます。私はその環境に身を置き、成長したかったのです。
しかし、このような決断には多くの要因があります。例えば、コーチ・メイ(ミシガン大学のダスティ・メイヘッドコーチ)のようなコーチと一緒に働くことは、私にとって素晴らしい学びの機会です。そして、私が新しい環境、新しいエコシステムに身を置く上で、ヘッドコーチとして入るのは正しいことではないとも思いました。私が先ほど説明したことが理由です。決断する責任の重み。自分自身が最終的な決断を下す必要のない、ただ「提案」をするだけで良い立場に身を置くことで、私はただ物事を観察し、より細部に集中することができると思います。そして、それは楽しいはずです。私はコーチという職業のキャリアパスを、直線的に進行するものとして捉えていません。ビデオコーディネーターからアシスタントコーチへ、アシスタントコーチからヘッドコーチへ……という単純なものではありません。そうではなく、自分がなり得る最高のコーチになろうとする絶え間ない追求です。ヘッドコーチとして培った視点を持ってアシスタントコーチに戻ることで、私はより良いコーチになれると思っています。


就任1年目、「クビ」を覚悟した日
ーーあなたはバスケットボールのコーチとして、イスラエル、ニュージーランド、そして日本でキャリアを築いてきました。日本のBリーグで2シーズンを戦ったことで、あなたはコーチとしてどのように成長したと思いますか?
モーディ:多くの点で成長したと思います。まずオンコートの話をすると、Bリーグはとても戦術的なリーグであり、各チームの戦い方はそれほどシステム化されていません(a very tactical league where teams are less systematic)。コーチたちは常に対戦相手をスカウティングし、自分たちのゲームプランを調整します。あるチームは、特定のアクションを特定の方法で10試合守った後、私たちと対戦する時には全く違う守り方や攻め方をしたりするのです。Bリーグが戦術的なリーグであることには、チーム数も関係しています。私が以前に戦っていたNBLには9チームしかありませんが、B1は26チームあります。過去2シーズン、私たちは膨大な戦術的課題に直面しました。その結果として、私は1年目と2年目の間に、オフェンスに多くの変更も加えました。こうした事実は、コーチとしての私に多くの成長を要求しました。
また、コーチングの仕方、指導方法においても、私は成長したと思います。言葉の壁を乗り越え、日本人選手が持っている傾向を理解し、タフなスケジュールと限られた練習時間など制約がある中で、より良い方法を探り続けました。そしてリーダーシップの観点からも、私は成長したと思います。私が以前に率いていたニュージーランド・ブレイカーズと比較して、ヴェルカは遥かに大きな組織です。マネジメントをしなければならない人の数が遥かに多かったのです。
ーー拓摩さん(伊藤拓摩社長兼GM)は約2年前、オンラインであなたと初めて話をした時、あなたがその時点で既にBリーグについて膨大な知識を有していたことに驚いたそうです。一方で、あなたが長崎に来た後、彼がイメージしていた「コーチ・モーディ」と、実際のあなたには乖離があったとも話していました。そして就任1年目のシーズン途中、チームが負け混んでいた時期のある日、拓摩さんは自分の部屋にあなたを呼びました。彼があなたに「どうすれば改善できるか考えよう」と告げると、あなたは大きく息を吐き、胸をなでおろしたと聞きました。その時あなたは最悪のシナリオ、つまり「クビ」を覚悟していた。
モーディ:ええ、その時の会話は覚えています。シーズンの後半、確か2月だったと思います。拓摩さんが担っている「このチームをコンテンダー(優勝候補)へと導く」というミッションを、私は理解していました。そして拓摩さんが私を信頼して、私に賭けてくれたことも理解していました。このような変更を行う時、最悪のシナリオを考えることはできますが、ほとんどの人は最高の結果を望みます。しかし、1年目は上手くいきませんでした。

モーディ:当時、私たちは本当に苦労していました。私たちのプレーはひどく、問題を抱えていました。あるコーチと冗談交じりに、昨シーズンの私たちの主な課題は「ターンオーバーをせずにどうやってハーフコートを越えるか」だと話していたほどです。ロスターの構築にも問題があり、どうプレーすべきかという学びにおいても間違いなく「成長痛」がありました。そして、そこに失望がある時、プロスポーツの世界では仕事を失う可能性が常にあります。コーチでも選手でも。連敗中、ボスがあなたをオフィスに呼び出したなら当然、その可能性を思い浮かべます。
しかし、私たちが冒頭でも話したように、拓摩さんは常に真実を語る人(truth teller)です。彼は「心配するな。すべては完璧だ。問題ない」とは言いませんでした。そうではなく、彼はこう言いました。「あなたの仕事、あなたがやろうとしていることを私は見ている。そして、それが将来的に上手くいくと信じている。しかし今、上手くいっていないことがある。我々は変わる必要があると思う」。これこそ、真のパートナーです。問題を「ないこと」にはしませんし、すべての責任をあなたに押し付けたりもしないのです。
ーー拓摩さんがあなたをオフィスに呼んだ時、あなたは緊張していましたか? クビになるかもしれない、と。
モーディ:いいえ。私に対する最大の批判者は、私自身です。つまり私が感じていたのは、仕事を失うことに対する恐れではありません。私はそのような恐怖を抱えながら日々を過ごしてはいません。それは私の思考プロセスの一部ではありませんでした。私が背負っていたのは「私を信じてくれた誰かを失望させている」という重さでした。あるいは組織やファン、周りのすべての人を失望させているという重さです。しかし最も重要だったのはやはり拓摩さんの存在で、なぜなら彼こそ、私がやると言ったことを信じてくれた人だからです。彼をはじめとする周囲の人々の期待に応えられていない、という重さを私は背負っていました。それは恐怖や緊張ではありませんでした。
(#4につづく)
