現代の谷戸~谷戸の末路五類型~
谷戸をまず知らない人が多いのは前提として、谷戸を知っている方でも谷戸と言うと多くは里山や保全などのイメージが強いと思います。
ですが現存している里山的な谷戸は実はだいぶ少数で、実際にはそれより遥かに多い谷戸が存在し、そして地図の上から消滅してきました。
趣味の関係で多くの谷戸地名を見てきた結果そうした「かつて谷戸だったもの」を多く目にしてきたこともあり、せっかくなのでここで現代の谷戸の在りようについて少し触れてみたいと思います。
言ってみれば「谷戸の末路」ですね。
1.農地型谷戸
谷戸地名を冠する以上それが開析谷だろうと低湿地帯だろうと水田耕作が行われ小集落が形成されていたことはほぼ間違いありません。
こうした谷戸地名の『集落性』についてはこちらで述べていますが、
谷戸地名の集落性について|Myah Nyah
ともかくそういう意味で農地型はもっともかつての谷戸の雰囲気を残している類型と言えます。
この農地型はさらに二種類に分類できます。
『現代農地型』と『保全農地型』です。
1-1.現代農地型


谷戸による棚田形式の農業は多くの土地に於いて現代の農業には適していません。
谷戸とは一体何なのか|Myah Nyah
詳しくはこちら↑の「谷戸の衰退」の項に書いていますが、ともあれそうした理由でたくさんの谷戸が潰され消えてゆきました。
が、それでも現在まで谷戸を使い続け農業を行っている土地はまだ存在しています。
例えば同じ谷戸型地形でも谷壁部(開析谷における左右の壁)の高さが10m以上あることもあればほんの数mしかないこともあり、その壁面がさらになだらかであれば上記に書かれた日照による問題などは軽微になります(上の画像などがまさにそうですね)。
そうした谷戸で、廃れて放棄されることもなく、かつ都市化からも免れた場所の場合、同じ土地を利用してそのまま現代的な農業を行うよう推移してゆきます。それが現代農業型です。
いわば生きた化石…もとい正当進化と言ったところでしょうか。
ただ見た目が昔ながらの谷戸に見えても本当に昔からその形状をしていたとは限らないので注意が必要です。
例えば山間部に小さな谷戸が大量にあって農業機械が入り込めずまともに生産性が上がらないような土地があった場合、大規模に土地改良を行うことで、「たくさんの小さな棚田」が「ひとつの大きな棚田」に成型されて現代に至っているケースがあります。
こうしたケースは関東では特に埼玉県に多く、水田地帯の各地に残っている土地改良碑の碑文などから窺い知ることができます。
美しい棚田が広がっているからと言って昔からその風景のままとは限らないわけですね。
1-2.保全農地型


前述の通り古いままの谷戸運用では現代において経営が成り立ちません。ですがそれでもなお現代で昔ながらの(あるいはそれに近い形での)谷戸運用が成立しているケースがあります。
例えば「耕作放棄地をなくしたい」、あるいは「生物多様性を守りたい」、他にも「日本の美しい里山の風景を維持したい」「自然と触れ合いたい」「歴史的な農業体験をすることで自然との関りを学びたい」など様々な理由で谷戸での昔ながらの農業体験を推奨し、維持している地域があるからです。
これらの場所では『里山プロジェクト』や『地域おこし協力隊』などの名前で活動が行われ、有志やボランティア、あるいは学校教育の一環として谷戸を用いた農業を行う事があります。
これが保全農地型です。
言ってみれば教育、宣伝、地元振興目的などであるため経済的利益を度外視することが可能であり、昔のやり方に近い農業形態を維持できているわけですね。
こうした場所は見学などにも寛容な事が多いので、もし生の谷戸を見に行く機会があるならこういうところから選ぶといいでしょう。
私が回った中では神奈川県に特に多く、西東京でも多く見られました。
逆に栃木県や群馬県ではあまり目立つ保全の動きは見かけなかったような気がします。
そちらにも美しい谷戸も多いのですが。
2.宅地型谷戸
谷戸が農地としての機能を失った結果、谷戸の内部が宅地に置き換わってしまったもの、これが宅地型谷戸です。
当たり前ですが都市部やその近郊において大量に見られます。
この宅地型谷戸にも大きく二種類あります。
『集落型』と『造成型』です。
2-1.集落型


谷戸に農地としての価値が失われ、それでいて周囲が大きく発展していた場合、最もあり得る選択肢は谷戸内部の水田を潰して自分達の住む家を建てることでしょう。
こうして谷戸の内部の農地が徐々に家に置き換わってゆき、最終的に谷戸の内側にみっしり家が詰まった状態のなること、これが集落型です。
集落型はその特性上古かったり雑然とした家並となる事が多く、住んでいる人も昔からの地元の人が多いのが特徴です。
画像の様に左右の谷壁部がそのまま残されている事も多いですね。
普通に谷戸をまるごと宅地化するような場合でも、地元の人がそのまま住み続けるパターンもあるようです。
また集落型の場合谷戸の上流部分だけが谷戸としてそのまま残っていたり、中央あたりが大きな農地や緑地になっていたり、また半分宅地、半分農地になっていたり、のように農地型と混ざり合っているケースも多く見られます。
2-2.造成型


集落型と異なり一括で土地を買い上げまとめて造成して近現代的な宅地を建ててしまう事を造成型と言います。
まあ個人的な分類として勝手に呼んでいるだけですが。
造成型の場合建物が比較的近現代以降で統一されやすいことと谷壁部(谷戸の左右の壁)や谷根(谷壁部の上の尾根部分)にも積極的に家を建てるのが特徴です。
そのため谷戸の地形によっては高低差のかなり大きな団地になります。
特に神奈川県の造成型谷戸の場合かなりダイナミックな街づくりとなっている事が多いですね。
画像のどちらも神奈川のものです。
あとは谷壁部に団地を作ってしまった結果坂道と階段が非常に多いのが特徴と言えるでしょう。
あまりに段差が激しすぎて玄関の前にあるのが隣の家の二階の屋根、などと言う事も珍しくなく、さらにその屋根の上に土が盛られて隣家の家庭菜園として利用されているなんてケースすらありました。
谷戸と言えば里山、いわゆる農地型での自然との触れ合いや農業体験を思い浮かべる人も多く、もちろんそれらもいいものなのですが、個人的にはこの宅地型も面白い街の構造が多く見ていて飽きず、好きな場所です。
ただこれらは観光地ではなくあくまで普通の住宅街。
あまり長居して地元の方に迷惑をかけないようにしたいですね。
…現状もっとも迷惑をかけているのは私かもしれませんが。
3.整備型谷戸


整備型谷戸は農地としてではなく、かといって宅地でもなく、谷戸の跡地を整備している場所のことです。
一番わかりやすいのは公園ですね。
他にも庭園、緑地、緑道などがこれに当たります。
谷戸の地形だけ利用して完全に景観や観葉目的として活用しているものもあれば放置された結果元の沼地や湿地帯に戻ってしまったものをそのまま保全しているものなどもあり、形態はさまざまです。
公園の一部を農地として開放し保全農地型として活用しているところもありますし、中には大きな丘陵などをまとめて公園にした結果、公園の内部に周囲から複数の谷戸が突きこまれているような状態になってしまっているケースもあります。
武蔵丘陵森林公園などがその例ですね。
4.放棄型谷戸



谷津の上流部はゴルフ場に

谷壁部の竹が谷戸内部を浸食し切っている

棚田跡が確認できる
谷戸に利用価値がなくなって、かといってその谷戸の人口が増えるでもなくどんどん減っていくから集落型にもならず、場所的に何かに再利用される価値もない…となればその谷戸は単純に打ち捨てられます。
これが放棄型です。
放棄型と言ってもその有様は様々です。
谷戸と一言にいってもその地勢や植生、気候などによって放っておかれたた時の変化は変わるためです。
単純に草原になっているもの、荒れ地になっているもの、沼地になってしまうものなどもありますが、場所によってはどんどん樹木に浸食されやがて森に還ってしまったものもありました。
地元の方以外でその谷戸を見たのはたぶん私が最後で、おそらく森に飲まれてこの後は誰にも谷戸と認識されないのでは…なんて場所もちらほらあります(遥か山の上だったで物理的に辿り着くのが困難な事もありますが)。
まあそれを言うならそもそも千葉県などは古い地図には谷津地名が5700ほどもあったと言いますから、私が見て回った以上に放棄された谷戸地名は多く、単に気づかれないまま消滅しそのあたりの坂道になっているのでしょうけれど。
5.その他型谷戸




谷頭部をトンネルが貫通し、谷底部がほぼ線路になっている
そして上記に当てはまらないものがその他型です。だいたい跡地を利用して全然異なる用途に使われるう事が多いです。
画像に見られるように最近はソーラーパネルが設置されることが比較的多いですね。
他にも谷戸がなだらかな事を利用して太い道路を敷いて峠越えの道にしたり、土木会社などが占有して土や石を切り出していたり、大きなゴミ捨て場になっていたり、まるごと墓地になっていたりなどその用途は様々です。
ゴルフ場になっている事もよくあります。谷戸の起伏の多い地形はゴルフのコースに向いているようで、大きなゴルフ場の中にいくつもの谷戸が入り込んでいる事は珍しくありません。
またまるごと各種施設に生まれ変わっている事も多いですね。
