谷戸地名の集落性について
地名とは何か
地名とは一体何なのでしょう。
基本的には「地表のある範囲に付けられた呼び名」であり、現在では住所として用いられることも多いです。
ただ住所の場合現代日本であれば日本中の全ての地点がなんらかの住所を有しているわけですが、古来の地名と言うのはそれとは違っていたはずです。
なぜなら古い地名は『目印』として付けられている節があるからです。
つまり「地名が付けられた場所にのみ地名がある」状態なわけですね。
目印としての地名
そうした目印には『いい目印』と『悪い目印』があります。
悪い目印の代表例としてとしては『災害地名』が挙げられます。
そちらについてはこちら↓でも述べていますが
谷戸の誤解その①~災害・住宅サイトの誤解~|Myah Nyah
ともあれ谷戸地名はそのうちの『いい目印』であると考えられます。
谷戸は洪水の恐れのある河川から独立した安定した湧水源を持ち水田耕作に向いた土地であり、河川の増水などに対しても周囲にある高台に避難する事で被害を最小限に抑えることができます。
そうした理由で各地の開析谷が開墾され、入植され、今も各地に残されている多くの谷戸地名が生まれたと考えられます。
谷戸の『集落性』
さて現在農地として残されている谷戸(農地型谷戸)だろうとすでに打ち捨てられ廃棄された谷戸(放棄型谷戸)だろうと、かつてその地名が付けられた時点では水田耕作が行われていたと考えられます。
それは放棄された谷戸の多くに水田跡や棚田跡などが残されている事からも伺えます。
水田耕作が行われていたと言うことはそこに人が住んでいたと言う事であり、つまり谷戸地名のある場所には必ず人が住み暮らしていた、と言う事に他なりません。
このように地名それ自体に人が住み暮らしている(あるいはかつて住み暮らしていた)というニュアンスが含まれていることを、私は個人的にその地名の『集落性』と呼んでいます。
「谷戸地名には集落性がある。」
のような言い方をします。
谷戸とは集落性を伴った特定地形である、と定義してもいいでしょう。
集落性を持つ地名
谷戸地名以外にも集落性を持った地名があるのか? というと、あります。
例えばクボです。
関東の谷戸地名を見て回る際にクボ地名も一緒によく見てきましたが、~久保、~窪という地名の多くは開析谷または広い窪地という地形を擁し、水田や畑地、集落や宅地、そうでなくともかつての入植跡が確認でき、ほぼ谷戸地名と同じ感覚で集落性があると考えて良さそうです。
カイト地名にも集落性があります。
ヤトやクボと異なり水田耕作跡や耕作適地といったものが常に確認できるわけではないのですが、カイト地名にはとにかく多くの場所で集落として残っています。
こちらも集落性がある地名であると言っていいでしょう。
一方でサワ地名には集落性がありません。
現代では街中にも●●沢なんて地名があるのは珍しくないですし栄えている場所も珍しくありません。
東京だと下北沢なんかがそうですね。
ですが大事なのは「その地名が付けられた時点での」集落性です。
特に山間部のサワ地名には全く人気のないもの…過去に遡ってすら生活の痕跡が全く見られない場所が多く見受けられます。
人がかつて生活した場所であればそこが放棄された場所であってもそれなりの生活の残滓があるものですが、サワ地名にはそうしたものが一切見受けられないことが多いのです。
無論例外もあります。
沢筋の冷水はワサビやミョウガの栽培などに適しており、茗荷沢なんて地名が残されていたりもします。
サワ地名にも古い時代から生活拠点だった場所があったであろうことは否定しません。
ただそれは『常に』ではないため、サワ地名に集落性がある、とまでは言えないと思います。
集落性の意味
『集落性』の結果として、あるいはその証明として、これらの地名はやがてある特性を持つようになると私は考えています。
「名そのものが共同体を示す呼称として使用されるようになること」です。
例えば「~新田」などがいい例ですね。

クボとついているがだいぶ平坦地

谷(ヤ)の字が使われているが非開析谷
もしかしたら湿地帯ですらなかったかも
「●●谷新田」「●●谷戸新田」のような地名は谷戸地形でない場所にも付けられます。
なぜなら元の「●●谷戸」の出身者が谷戸の外に出て開拓したであろう新田だからです。
本来谷戸地名は地形に根差したものだったはずなのに、集落性を獲得したことでやがて共同体の呼称として使用されるようになり、元の開析谷から離れた場所にまで「●●谷戸(新田)」のような地名がつくようになったわけですね。
こうした地名と地形、そしてその集落性について、これからも少しずつ触れていきたいと思います。
