【鎧を脱ぐ日々】第1話:午前2時の独白。ステロイド、不眠、そして「30年のご褒美」
午前2時。
個室の静寂を切り裂くように、頭の中に冷たい独白が響く。
「また今日も、朝まで眠れなかったか……」
時計の針を見つめながら、フラフラする頭を抱える。
昨夜の睡眠時間は、わずか2時間半。
もう一度眠れることを期待して目を閉じてみたが、脳は冴え渡り、体は熱を帯びていた。
スマホの睡眠ログを確認するのは、数日前に諦めた。
見なくても、眠れていないことは、体が教えてくれるから。
診断名は「皮膚筋炎《ひふきんえん》」。
膠原病《こうげんびょう》の一種だ。
膠原病という言葉は知っていたが、どんな病気かはまったく理解していなかった。
身近にかかった人もいない。
自分が診断された後、2023年に亡くなられた八代亜紀さんと同じ病気だと知り、言葉を失った。
イメージさえ持てなかった「難病」という現実が、急にぼくの人生の真ん中に居座り始めた瞬間だった。
治療のために始まった、大量のステロイド投与。
この「火を噴くような薬」は、体内の炎症というバグを、力技で抑え込む一方で、
ぼくの神経を異常なまでに高ぶらせ、睡眠という大切な機能を奪い去っていった。
「30年のご褒美」という新たな解釈
不眠の夜は、あまりにも長く、そしてあまりにも残酷だ。
かつてのぼくなら、「眠れない」という事実に焦り、効率が落ちることを嘆き、自分を責めていたに違いない。
理系エンジニアとして、常に「最適化」と「効率」を追い求めてきたぼくにとって、
機能停止している時間は「無駄」でしかなかった。
しかし、このサンクチュアリ(聖なる避難所)で 過ごす中で、ぼくの捉え方は少しずつ変化している。
30年間、ビジネスの最前線で走り続け、その後半の20年間は少年サッカーのコーチとして、子どもたちや保護者の期待を背負い続けてきた。
休日さえも自分を削り、誰かのために鎧を重ね着し続けてきた日々。
この「眠れない夜」は、そんなぼくにサムシング・グレートが与えてくれた、特別な「独白の時間」なのではないか。
「もう、頑張らなくていいよ。 一度、立ち止まって自分の声を聞いてごらん」
そう言われているような気がした。
この不自由な入院生活は、決してバグによる停止ではなく、
次のステージへ進むための 「30年間のご褒美」としての休暇なのだと、
そう定義し直すことにした。
執筆という名の「救い」と、現在地
現在、ぼくの病状は少しずつ落ち着きを見せている。
血液検査の結果も改善し、入院初期に大量投与されていたステロイドも、亀の歩みのような速度ではあるが、着実に減量されてきた。
体内の「炎」は、少しずつ凪へと向かっている。
それでも、不眠という副作用だけは、今も相変わらずぼくを悩ませ続けている。
毎日の平均睡眠時間は3時間から4時間程度。
明け方、窓が白んでくるのを眺めながら、重い瞼を擦る毎日が続いている。
しかし、以前と決定的に違うのは、その時間の中に「感謝」が生まれたことだ。
眠れない夜は、枕元にあるiPad miniを引き寄せ、noteに言葉を綴っている。
静寂の中で言葉を紡ぐ。
それは、ぼくにとって 「心のデバッグ」そのものだ。
書き出すことで、自分の中にあった重い鎧が、一枚、また一枚と剥がれていくのを感じている。
この状況にあっても、思考を整理し、誰かに届けるための文章を書ける。
そのことが、今のぼくを支える一筋の光となっている。
淡々と、しかし心を込めて言葉を置く。
その作業を続けさせてくれるこの環境に、そして読んでくださる皆さんの存在に、心から感謝している。
週末の「リリース」を夢見て
今週の半ばには、最新の血液検査が控えている。
その結果次第では、ついに今週末、このサンクチュアリを後にして、退院できるかもしれない。
淡い期待を、静かに抱いている。
40日前、絶望の中で担ぎ込まれたときには、具体的にイメージすることすら 難しかった「退院」という2文字。
でも、決して焦っているわけではない。
「早くここを出て、元の忙しい日常に戻らなきゃ」という焦燥感は、もうどこにもない。
ここまで来たら、この静かなサンクチュアリで、慌てず、騒がず、焦らず、 その日が来るのを待つだけ。
サムシング・グレートが用意してくれた最高のタイミングを、ワクワクしながら待ちたい。
もし今週末がその日なら、それは素晴らしいギフト。
もしもう少し先になるなら、それは「まだデバッグすべきことがある」 というメッセージ。
どちらに転んでも、 すべては最善なのだと確信している。
退院の先に見える、新しいぼくの「夢」
この入院生活で学んだことは、数え切れないほどある。
弱さを見せる勇気。他者に甘えることの大切さ。そして何より、「今、この瞬間にある幸せ」を感じ取る感性。
退院後は、日々の暮らしの中でこれらの学びを活かしていきたい。
もう、以前のような「無理な最適化」を自分に強いることはしないと、自分自身に約束したい。
理系エンジニアとしての論理性は保ちつつも、魂の赴くままに軽やかに生きていく。
そして、この40日間で、ぼくの夢はより明確に、より強固なものへと昇華された。
ぼくの夢は、「ビジョナリー著者」になることだ。
難病「皮膚筋炎」というギフトを通して見つけた、世界一優しい「自分」の取り扱い説明書を。
頑張りすぎて疲れてしまった人、鎧が重くて動けなくなってしまった人たちへ、言葉を通じて届けていきたい。
人々の魂の核心をサムシング・グレートへと還す、そのきっかけを作る語り人でありたい。
そのためにも、ぼくはこれからも日々をワクワクしながら、楽しみながら過ごしていく。
たとえ今夜も睡眠時間が3時間だったとしても、その3時間で紡ぐ言葉が、いつか誰かの救いになると信じているから。
大丈夫、すべてはうまくいっています。
この物語の第1話は、まだ始まったばかり。
あなたは今、どんな「規律の鎧」を脱ぎたいですか?
追伸: 初投稿にたくさんの「スキ」をありがとうございました。深夜に画面の通知を見つめながら、どれほど救われたかわかりません。フラフラする頭ですが、この温かさを糧に、少しずつ綴っていきます。
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