【プロローグ】難病が教えてくれた、世界一優しい「自分」の取り扱い説明書。
窓から差し込む朝の光が、白いシーツの上にらかな模様を描いています。
iPad miniから流れるクラシックの調べが、病室の静かな空気をそっと包み込みます。

ぼくは今、ベッドの傍らで「立ったままヨガ」をしています。
深く息を吐き出しながら、ゆっくりと天に向かって両手を伸ばす。
そのわずかな動きのなかで、心にただ一つの言葉が、温かな波のように満ちてきます。
「大事なことに気づかせてくれて、ありがとう」

皮膚筋炎という難病(指定難病)によって、人生の「緊急停止」を突きつけられたぼくに、これまでの日々が贈ってくれた、一番優しいギフトでした。
二つの「戦場」で、脱げなかった重い鎧
これまでのぼくは、二つの戦場で「完璧な自分」を演じ続けてきました。
一つは、ビジネスの最前線。
「成果を出して当たり前」「期待に応えてこそプロ」。
出世の階段を昇るほど責任は重くなり、弱みを見せることが敗北のように感じていました。
深夜までパソコンに向かい、心身を削って数字を追いかける日々でした。

もう一つは、20年間続けた少年サッカーのコーチという顔。
ボランティアとはいえ、そこもぼくにとっては戦場でした。
「子どもたちの成長を止めてはいけない」という強い責任感。
保護者からの、言葉にならないプレッシャー。
いつしかそれは心地よい情熱を超えて、ぼくを縛り付けるものへと変わっていました。
休日を返上するのは当たり前。
試合会場へ向かう車の中で、ふとよぎる家族への罪悪感。

「今週の土日も、またいないの?」という声に蓋をして、ぼくはまた重い鎧を何枚も重ね着してピッチに立っていたのです。
「自分にしかできない」「何でも自分でやらなければ」。
そうやって自分を後回しにし続けて、命の灯火を細らせていました。
3月11日、当たり前が消える前に

今日、3月11日にこの文章を書いていることに、深い意味を感じます。
あの日、僕たちが痛いほど知ったのは、「明日が来るのは当たり前ではない」ということ。
どんなに立派な肩書きも成果も、命の前では無力だということでした。
病室という名のサンクチュアリで、亡き母の言葉を思い出しました。

あふれんばかりのカスタードクリームが詰まったシュークリームを作ってくれた、あの柔らかな声。
「あなたは、あなたらしく歩みなさい」

その言葉を思い出したとき、ぼくの頬を伝ったのは情けなさではなく、深い安堵の涙でした。

母が望んでいたのは、ぼくが一線のビジネスマンであることでも、有能なコーチであることでもなかった。
ただぼくが、ぼくらしく幸せでいること。
それだけでした。

「自分」を最優先にすると決めたとき、世界は驚くほど優しくなりました。
「今は自分を最優先に」と言ってくれた上司。
「任せてください」と笑顔で不在の穴を埋めてくれた後輩や仲間たち。
「家のことは任せて、ゆっくり療養して」と声をかけてくれた家族。
鎧を脱いで初めて、ぼくは彼らの「優しさという才能」を信じることができたのです。

今日だけは、自分を甘やかしていい
仕事に追われ、一線で戦い続けているあなたへ。
育児や家事で、自分の時間が一秒もないあなたへ。
誰かのためにと、休日さえも自分を削って捧げているあなたへ。
あなたが倒れたら、あなたの笑顔が消えたら——
それが、あなたを愛する人たちにとって、一番の損失です。
どうか今日だけは、自分を一番大切にしてください。
鏡の中の自分に「よく頑張ったね」と言ってあげてほしい。
そして、隣にいる大切な人を、ぎゅっと抱きしめてあげてください。

これは、完璧な自分を卒業した一人の旅人が、世界一優しい「自分」の取り扱い説明書を書き始めた記録です。
亡き母が遺してくれた愛とともに、このnoteが、頑張りすぎて疲れてしまったあなたの小さな止まり木になれたら嬉しいです。
ゆっくりでいい。あなたらしく。
また、この場所でお会いしましょう。
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