石の中に洞窟を見る
石の穴から見えたもの
大間のお土産店のレジの前で、思わず足が止まった。
そこに置かれていたのは、自然の石でできた鉛筆立てのようなものだった。いや、鉛筆立てというより、小さな洞窟に見えた。
津軽海峡の波に洗われ、長い年月をかけて石に穴が開いている。
「これは売り物ですか」
値札を探しながら尋ねると、レジのお兄さんが笑った。
「いいえ。下の海岸に行くとありますよ」
私が見入っていたのだろうか。
「よかったら、あげましょうか」
この辺りの海岸で見つけられるらしいけれど、そう簡単なことではないだろう。

北海道は目の前だった。
手を伸ばせば届きそうなほど近い。
それなのに、この海は長い間、人と文化と暮らしを分けていた。
大間についた時から風の強さに、驚かされていた。
しかも、北海道から海峡を渡ってくる風は冷たい。
気の遠くなるような時間をかけて、波が岩を削り、穴を開ける。
その壮大な自然の営みが、手の中に収まる小さな石の中に凝縮されていた。
私はその小さな石を手に取り、小さな穴から向こうの景色をのぞいてみた。
そのときには、翌朝、自分が病院へ駆け込むことになるなど、夢にも思っていなかった。
そもそも気楽な一人旅、全くの行き当たりばったりだった。
大間には、有名な無料のテントサイトがある。
そこに泊まってみたくてやって来たのだが、まだ冬季閉鎖中だった。
トイレと駐車場は使えたので、一日目はそこで車中泊をした。
夏場は、そこに数軒の屋台が出るそうだ。
これもキャンパーたちの定番の、近くの温泉に寝る前に入りたくて出かけたが、夜八時で営業終了。
そのときの時間は、8時だった。
「せめて九時まで……」と思ったけれど、暗くなると人は休む。
大間の夜は正しかった。
翌日は近くのお店で、刺身定食を食べた。
自慢のマグロはもちろん、並んだ魚はどれもおいしくご飯を少なくしてもらったのに、それでも食べきれないほどだった。
本当はそのまま下風呂温泉から薬研温泉へ向かうつもりだったが、もう一日ここにいたくなったので海峡荘に宿を取った。
どこにいくにも、同じ道を何度も走ることになる。
すると、少しだけその土地に住んでいるような気持ちになるから面白い。
旅人から、ほんの少しだけその土地の住人になれる。
それが私は好きだ。
あの不思議な石に出会ったのは、そんなふうにのんびりと宿の近くの土産店を眺めていた夕方のことだった。
翌朝の異変……大間病院
翌朝、鏡を見て飛び上がった。
顔がパンパンに腫れ上がっていたのだ。
恥ずかしかったけれど食堂に行くと、朝食の世話をしてくれていた人が、平日は大間病院で働いている方だった。
その日は休日だったが、電話をしていくと診てもらえるという。
病院へ電話をして大間病院へ車を走らせた。
知らない街の知らない病院の待合室。
なんか嬉しくて、少しワクワクする。
診察室で先生に聞かれた。
「昨日、何を食べましたか」
「すごいご馳走でした」
「はあ……」
「大トロとか、魚がいろいろ、それに赤貝……」
きっと先生は、そんな話を聞きたかったわけではないだろう。
それでも私は、前夜のご馳走が、いかにおいしかったかを熱弁してしまっていた。
結局、診断は蕁麻疹だった。
たまのご馳走に、私の体が驚いてしまったのかもしれない。
石の穴から外を眺めていた前日には、まさか見知らぬ土地の病院で診察を受けているとは思いもしなかった。
どうも、未来が見える石ではなさそうである。
旅は本当に何が起こるかわらない。
だから面白い。
保険証はこの頃、旅には必ず持っていくようにしている。
だが実際に使ったのは、この大間の町が初めてだった。
この旅では、もう一度、保険証を使うことになる。
それはまた別の話である。
旅の話を書いています。よろしかったら寄ってください。
