三島由紀夫にみるエンターテイメント精神.五衰の人 三島由紀夫私記(徳岡孝夫著)より.ショパン夜想曲20番.ジネット.ヌプー📖📕


「あとで捨てて。」
この言葉に三島由紀夫様の全てが込められていると私は思っている。
2025年12月26日の記事、五衰の人 三島由紀夫私記 にも、そう書いてある。
あらためて考えてみて三島由紀夫様は、自分の理想とする世界観へと持って行き過ぎたが為、歯止めがきかなくなり、もっともっと!と深みにはまりすぎたのだろうと思っている。
そして 三島由紀夫様は、自分で自分をプロデュースしていたのかもしれない。
自分で自分の事をプロデュースして、演出もして、自分の思う方向へと近づけようとしたのだろうけれども、三島由紀夫様はプロデューサーとしては一流ではなく、己の器をはかりきれなかったのだろうと思われる。
ほどほどでやめられなかった事は、もしかすると常に強迫観念にかられていて、もっともっと!と、やらなければならない様な感じになってしまったのではないのだろうか。
もう、そこには憂国だの、愛国心だのといったものは、どっちでも良い事となり、深みへとはまって行ったのだろう。
三島由紀夫様の体内に常に居座る「何かしらの虫の様なもの」が悪さをして、もっともっと!となっていたのかもしれない。
三島由紀夫様は何事も思う様には物事が捗らず、不完全で未完成のまま時間だけが過ぎてゆく日々の中で、どんどん追い詰められていった事は間違いないものと思われる。

未完成の中に見いだされる、何かしらの喜びを見つける度に、もっともっと!と、止まらなくなってしまったのだろう。
一度そういう世界へと、自分で自分に嘘をついてはまりこんでしまったら、さぁ、大変!
もう、抜け出せなってしまう。
人間、一度嘘をついてしまった場合において、傷が深くなる前に正直に話す人と、最後まで嘘を上手に突き通す人と、嘘をつくのが下手で途中でバレてしまう人と、ほどほどの嘘でとめておくが出来る人と、いろんなタイプが存在していると思う。
中でも、一番の良くないのが、嘘を突き通そうと頑張るのだけれども、その能力と才覚がないのに、嘘を突き通そうとして、どうにもこうにも立ち行かなくなり、「自爆」してしまう人だろうと思っている。
そう、三島由紀夫様の場合、「自爆」という言葉が、もしかすると、しっくりとくるのかもしれない。
三島由紀夫様のしでかした事は、結局は嘘に嘘を重ね過ぎて、「にっちもさっちも」ゆかなくなり、自爆してしまったのではないのか?と思っている。
最初は、出来ると頭で勝手に自分で自分のイメージする形へとプロデュースしておきながら、途中、あまりにしんどくなって、思い悩んだ結果の「自爆」だったのではないのだろうか。
以前の記事にも書いているが、「人間 嘘に嘘を重ねすぎると、とんでもない思考回路になってしまう」という事だろうと思われる。
最後の最後まで行かなくても、手前でやめられる、ほどほどで何でも考えられる人と、そうでない人が世の中には存在しているという事なのだろう。
三島由紀夫様はそういった点で、「ほどほど」というものが出来なかった人間だと思う。

そして、三島由紀夫様の最大の失敗は、「介錯人の選び方」である。
あれは、素人では無理というものである。
普段から刀の扱いに慣れていない上に、刀はかなり重い為、それを肩の上まで振りかざして下へ降ろす事は、素人には到底無理だと思われる。
仮に、扱い慣れていたとしても、公義介錯人 子連れ狼の拝一刀の様に毎日首を落としているわけでもない為、簡単ではない。
お金を払って専門の人でも雇えば、一回で片付いたのかもしれない。
三島由紀夫様は、そのへんの判断を誤ったのではないのかと考えている。
刀は、そんなに甘いものではない。
もし、本当に最後まで見事に「美しく」やり遂げたかったのなら、専門の人をお金で雇って、一回で落としてもらえる様に、なぜしなかったか?と思っている。
そのあたりが行き当たりばったりで、一番の失敗だったと考えている。
切腹に失敗しても、介錯人が「最高の腕の人」ならば、苦しまずに済んだだろうに…..と。
なんで、そこまでしなければならなかったのかと。

もし、今の時代に生きていたならば、三島由紀夫様は死ななくても済んでいたと思う。
それは、今なら男性が男性らしく生きなくても許される世の中であるし、ゲーム等の 色々な遊びが出来たはず。
でも、もしかすると、海外へ行って暴れるという事もあるのかもしれないけれど、兎に角、今の時代ならきっと生きていたと思う。
死なずに済んだと思う。
結局は、どう生きるかよりも、「どの様に最後を完璧な終わらせ方にするのか」の計画が、あまりにも不完全すぎたという事なのだろうと思われる。
嘘に嘘を重ねすぎた自作自演の失敗は、どうしようもない。
それでも、最後を遂げた事には変わりはない。
いくら不様であったとしても
それは、誰にもとめられなかったはずである。

1月2日は、徳岡孝夫様の御誕生日だった日である。
もう、過ぎてしまったけれども、「あとで捨てて」と鉛筆で書かれた徳岡孝夫様の本は、手元に大切に残してある。
書いた人は、徳岡孝夫様ではない。
書いた人は、“私への遺言” として書いてあると後から悟った。
「あとで捨てて。」の鉛筆文字は、本心なのか…..
でも 私は、捨てたりはしない。
絶対に。
三島由紀夫様の新潮社から出た、初版の本と共に。
徳岡孝夫様のご冥福を御祈り申し上げます。⚜️
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この不自然で不完全なものをあらわすのに、こんな曲が今の気分。
私が好きなジネットヌプーのショパン夜想曲。
《 ジネット.ヌプー ショパン 夜想曲 》
《 京都国立博物館御案内 》

《 公益財団法人 日本美術刀剣保存協会 》



*会長 酒井忠久 旧庄内藩 酒井家 18代当主が刀剣の保存、継承と「たたら製鉄」の再興の為に頑張っておられます。
酒井様は、山形県の致道博物館館長もつとめていらっしゃいます。
何年か前に、NHK テレビ番組にも、ご出演されました。
近年、公益財団法人日本美術刀剣保存協会は移転しているので、
住所を御確認の上、お出掛け下さいませ。
尚 住所、電話番号は諸事情により、こちらには載せておりません。



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