🇩🇪ハンス.ヴェルナー.ヘンツェを三島由紀夫が好んだ矛盾.向こうからやって来る不安との闘いに挑む三島スピリッツ!ヘンツェ交響曲&ベートーベン🎼


 ⚜️ ハンス.ヴェルナー. ヘンツェ ⚜️


現代音楽の巨匠ハンス.ヴェルナー.ヘンツェを三島由紀夫は、好んでいた。

《 向こうからやって来て、私を包み込もうとする不安 》から、三島由紀夫様はクラッシックを含む音楽を好んではいなかったとされているけれど、一方では平岡遥子様とイタリアでカラヤンのフィデリオを聴きに行っていたり、ワーグナーや、ヘンツェの歌劇「裏切りの海」を好んだりする矛盾があり、敢えて距離をおこうとしていたのか、或いは、二面性、三面性、多面性から来るものなのか……


 


三島由紀夫様という人物は、矛盾の中に閉じ籠ったと思えば、突然矛盾の卵をつついて割り、何事もなかったかの様に雛の如く飛び出して来る。

この卵の殻を割る時の、パリパリという音の快感に魅せられて三島由紀夫様は音楽を聴いていたのかもしれない。
ただ、出て来たは良いけれど、又、不安に襲われると殻の中に入って行き、蹴破った殻を元通りにくっつけて、静かな安眠を求めたかと思えば、又、殻を破って出て来たりの繰り返しをしているうちに、継ぎはぎだらけの卵になってしまい、継ぎと継ぎの間の不細工な隙間から、赤でも、緑でもない、どろどろとした液体を垂れ流しながら、ニタニタと笑っていたのかもしれない。




そんな三島由紀夫様が好んだ音楽は、フィデリオや、ワーグナー、ヘンツェの歌劇といった、重厚な音楽を好んだ側面を鑑みると、やはり「大袈裟な舞台芸術」の様なものが、肌にあっていたのかもしれない。


 


私はヘンツェなら、エッシェンバッハとロンドン交響楽団のベートーベン.ピアノ協奏曲第3番が、なかなか良いと気に入っているのだけれど、そういったものは三島由紀夫様との趣味には合わなかったであろうと思われる。

その理由は、どこまでも美しいその第3番には、矛盾が感じられないからである。


⚜️ ベートーベンピアノ協奏曲  エッシェンバッハ&ヘンツェ&ロンドン交響楽団 ⚜️


三島由紀夫様という人は、大袈裟なもの、極端性に魅せられる性質を持っていたのかもしれない。
極端から極端へと連続して飛んで行くという不気味な快感にどっぷりと浸かり込み、そこからは、卵の殻の修理に勤しんだり、そうかと思えば、又 蹴破ってみたりの繰り返しを楽しんでいたのだろうと思う。


 

継ぎと継ぎとの修理に使う、接着剤の為の薬品、材料選びに三島由紀夫様は、「金」を使ったのだろうか。
金は時間と共に空気中の酸素に触れて酸化する事により、金色から「赤味」を帯びたものへと変色して行く。
イエロー.ゴールド18金であっても、大体20年ぐらいで、赤味が強く感じられる様になる。
その赤味は、最初からピンク.ゴールドとして売られている金とは違い、“経年による赤味” は非常に趣のある赤が滲み出て来る。




私は三島由紀夫様に対しては、「赤は感じない」ので、この場合に於いては、酸化する金は使ってはいなかったと感じている。
「天才には赤の波動が見える」はずなのであるが、何故かしら三島由紀夫様にはいくら探しても、赤の波動は感じられない。
何故だろう。天才であるのに….である。

私はこの「赤の波動が見えない事」に大きなポイントがある様に、 以前から “違和感と矛盾” とを感じていた。
この違和感と矛盾こそが、三島由紀夫様の本質と繋がるのかもしれない。

恐るべし、三島由紀夫!
貴方の中には、野獣と、兎と、蛇と、狐と、金魚が見える。🐍


 


 


 
 


ヘンツェ   Telemanniana  1967年   とても、素晴らしい!


ヘンツェ  交響曲 第10番


ベートーベンピアノ協奏曲 第3番   ヘンツェ&エッシェンバッハ


ヘンツェは、1926年7月1日ドイツ生まれの作曲家で、エッシェンバッハとベートーベンピアノ協奏曲 第3番を録音している。
このベートーベンは、お気に入りの演奏である。
2012年10月27日にお亡くなりになっている。


 


 


 
 
 ⚜️ 徳岡 孝夫様 ⚜️


 


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