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お江戸の隠居猫お玉さんが教えてくれる平賀源内のお話(感想・その1)

今回はお江戸隠居猫のお玉さんがお話してくれた平賀源内先生のお話がとても面白くて浮かんだ感想をコメントしようと書いていたら沢山書き過ぎて500字以内に書いて下さいと何度も出てきて書き直しているうちに、いやもうこれはコメント欄に収まらない!と思い自分のnoteに書くことをお玉さんにお許しを乞い、書くお許し頂いたのでここにご紹介することにしました。

お江戸隠居猫のお玉さんが語ってくれる「風のように生きた男── 平賀源内の軌跡①②③」

平賀源内さんってどんな人と思いすぐにネットで検索すると色々な説明が出てくる出てくる。
昔、高校の頃、日本史で習ったのは「平賀源内=エレキテル」という言葉のみ。それ以上詳しい内容は書かれていなかったので、名前と発明品の名前だけは覚えたものの何も知らないまま数十年がすぎていました。

ネットの説明では確かに色んなことをやってきた多彩な才能の塊の人という事で様々な事が列挙されています。
けれどどの説明も百科事典、人物事典のような説明であり情報として分かるのみ。

それが、お玉さんの「風のように生きた男-平賀源内の軌跡①②③」では、平賀源内の幼少期から晩年までが懐かしい思い出としてお江戸隠居猫のお玉さんによって江戸っ子の語り口で江戸の風味満点にしっとりと面白く語られています。
内容を肉付けする資料が共に読めるのも魅力です。
ふんわりと軽く面白く読めるのに、濃くて深い物語を読むような充実感でした。

私は子どもの頃、伝記を読むのが好きで人の生き方に興味があるという自覚がありました。
この人はこういうふうに生きたのかと考えると心がジーンと来るのです。
伝記でなくても物語などの小説は結局は全て大なり小なり人の生き方を描いているのだと思います。人生の全体でなく一部分を切り抜いていたとしても、結局はその人の人生の中のその輝かしい時間の体験を書いているので、輝かしい、あるいは困難で苦しい時期などを、どう生きたかを書いていると思うのです。

人の人生を生まれてから亡くなるまでを描く時、様々な出来事があるので、生きてきた中で重要と思われる中心となるエピソードを選んで物語に仕立てるのは、とても難しいと思うのですが、平賀源内のように色んな才能を持ちあちこちに発揮していろんな分野で名声を得たというエピソードだらけの多彩な人を、noteの記事のたった3回で余すところなくよく書けたものだと感心しました。

私のそれまでの平賀源内についての印象は、電気の事を何も知らない日本人の中でそれを使える物を発明したんだなぁ、すごいなぁという印象でした。
日本の中のエジソンかと科学の分野に秀でた人であり研究者であり科学の発明家なのかなと思い込んでいました。

ところがお玉さんの昔語りを聞いてみると、予想外のあらゆる方面に広がった才能でした。
そのどの分野に於いても名声を得るという天才ぶりでした。
「幼い8歳の頃から12歳の頃は親戚筋の三好喜右衛門(みよしきえもん)という人に、本草学・漢学・陶法を学び、14歳の時には、藩儒の菊池黄山きくちこうざん(高松藩の儒学者)に儒学を、
久保桑閑くぼそうかん(高松藩の藩医)に医学・薬学を学んだ。」(「風のように生きた男ー平賀源内の軌跡」noteの記事より抜粋)

「蘭画」を描き、織物、陶器、鉱山、エレキテル。ただ学んだという事だけでなく、驚くことにどれも学んだのち、その能力を使って自ら新しい物を発見して生み出し作り出すという能力。
何かの日本初の発明者と言うだけでなく博物学者であるという認識がもっと現代の世に誰もが知る事実として広まってほしいと思います。

大河ドラマ「べらぼう」を見て毎週楽しみにされてる方も、ドラマを見ていない方も、このお江戸隠居猫お玉さんの「風のように生きた男-平賀源内の軌跡①②③」のnoteの記事を読まれると、読み物として、とても面白いと思います。
伝記のダイジェスト版というより、小さくまとめた1つの伝記小説のようでした。

大河ドラマ「べらぼう」では蔦屋重三郎が主人公なので平賀源内についてはその中の主要で重要な登場人物でありながらも、平賀源内が軸となって描かれているわけではないので、時々現れて心に残る名言や決め台詞をポンと吐いたり、明るく面白く天才で重三郎に助言したり、序文を書くなど本作りを手伝ったり、明るく面白く天才でいて憎めない何か興味惹かれる人物像として描かれているだけなので、源内だけの人生の流れはわかりません。そこでこの、お玉さんの「風のように生きた男-平賀源内の軌跡」を読む事で更に深く平賀源内を味わう事ができると思います。


「風のように生きた男-平賀源内の軌跡③」では、悲しい晩年の様子を描かれていて、とても悲しくなりました。

けれどこれも人の人生の常で、頑張って何かをやり遂げ名声を得ても生活には困るという無情さを表していて、とてもリアリティがあり考えさせられる物がありました。
才能がある人はいつまでも最後まで幸せであってほしいと思うのですが、このような生き様から後の世の人は学ぶ事も多いのかも知れません。
決して報われなくても気持ちが駄目にならない方法を学び不幸な最後は避ける手助けにしたいです。

ドラマで描かれる源内の結末は、現在のところ詳細が不明ではっきりわからないということですがドラマではこれはどう考えても何かの陰謀があったのではないかと思わせる含みや伏線を効かせた想像力を膨らませる内容のようです。

分からないと言うことは、つまりは源内は何か隠された暗闇の動きに巻き込まれ罪を被せられた結果、命を落としたのではないかと想像されるからです。

けれど、もしも、お金の工面に困り絶望から精神を蝕ばまれ、人を過失からあやめたとしたら、心の平静を失わないように、そばに彼を心から愛する支えとなる人がいてほしかったと願わずにはいられません。

名声だけあってもお金がないという現実は時には人の心を蝕み、平衡を失わせる苦しいものだと思います。そういう時に自ら名誉に重きを置き自尊心を傷つけてしまうのを、愛する人がいれば乗り越えられたかも知れないと思うからです。
これまで、貧乏な生活の中で経済的な苦しさから壊れる愛の話や歌などよく見られましたが、逆に覚悟を持って本当に愛していれば、貧乏でもどん底で乗り越える力が湧いて乗り越えるという事も多いかも知れないと思うのです。
ダメになる話は世の中で読み物や歌として人が喜んで受け入れる物であり人気を得やすいから広まったのではないかと思ったりします。

源内の晩年を思った時、たとえとても強靭な精神の持ち主のように見えても、人間は1人では弱い者なので、その人が目指す何かを天命のような志しを持って突き進む人こそ、一生を共にする家族となれるような人と愛を育むことを忘れたらいけないと思いました。

自分が何かを成し遂げることに精一杯になりそう言う愛を育む事が苦手な人が多いと思うけれど大志を成し遂げるには困難にあった時に、1人ではその苦しさを乗り越えるのが難しいのではないかと思いました。



次回の第16話 4月20日放送「さらば源内、見立は蓬莱」を見る前にも、見た後にも源内の功績や人となりを知るのに、このお玉さんの語りに耳を傾けるのが大変お勧めです。

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