紫陽花は罪を咎めない
『もっといろんな色の紫陽花が良かった。』
4歳の娘はそう言った。
6月の終わりに咲いた紫陽花。
いつも娘は、少しずつ増えていく蕾を眺め、言った。
『早く咲くといいな。』
って。
落胆する娘の言葉はそれでも軽やかで、次の瞬間には別の遊びに心を向けた。
白い花びらの紫陽花。
私は少しの時間、何も言えなかった。
この子はいつ頃から花を好きになったんだろう。
そう考えても、もう思い出す事はできなかった。
そしてそれ以上に、紫陽花がいつからここにいたのかも、私にはわからない。
娘が産まれるよりも、多分ずっと前からあった。
私の記憶の中では、ずっとここにいた。
蔦の絡んだ木々は、日陰を作った。
まだ開き切らない夏の熱。
梅雨の湿気に、周囲の田畑が拍車をかける。
ひしめき合うツルニチニチソウの中で、紫陽花は惨めに咲いた。
穴だらけの葉を隠し切る事も叶わず、薄い密度に開いた花は、茶色く汚れた斑ら模様を刻んだ。
哀れだった。
誰の手によって、ここにもたらされたのだろう?
春の風に倒れた一本の枝は、時に私の立つ道にまで手を伸ばした。
けれど私は、助けようともしない。
虫に食われるのは、私も同じだった。
君を救う為には、私は痒みに耐えねばならなくなる。
汚らしい身姿を見限り、時に私は除草剤さえ散布した。
そんな年には花さえ抱かず、新しい葉を出してもやがて雑草に埋もれ、冬が来れば何もかも雪で押し潰した。
それでもここまで永らえたのは、この土地の支配者の愛ではなく、怠惰ゆえだ。
もう生えてこないよう、処置をする。
そんな暇を許される事すら勿体無いほど、私は我が子を愛し、花から目を背けた。
4年。
子が育ち、親の手が軽くなり、やがてその猶予はとうとう庭先へと向く。
初春。
堆積した枯れ草を取り除いて。
春半ば。
ツルニチニチソウを毟り取った。
晩春。
除草剤を散布する。
初夏。
桑やケヤキの若い木々を切り落とす。
日の当たる土に輝いた、雨に濡れる葉。
何もない場所でひっそりと生き続けてきた紫陽花は、今一度、太陽の恵みを得た。
(この子は、綺麗に咲けるのかな?)
私は手に持っていた剪定鋏を、ついに紫陽花の枯れ枝に向けたんだ。
その姿を眺めると、愛されずに育った日々が刻まれていた。
自然の暴力から守られずに生きた紫陽花は、地を這うように育った。
真っ直ぐに伸びた枝はほとんどない。
横に伸びた枝は、そこからまた横に枝を出して、そんな枝は互いの身体を押し除けあっている。
潰れた蜘蛛のように、歪な姿をしていた。
私は、紫陽花の形を整えていった。
剪定には時期がある事を知っていたけれど、構わなかった。
(咲かなかったら、それはそれだな。)
私は両手で鋏を持ち、大雑把に刻んでいく。
2歳の娘が折り紙を無秩序に切り落とすように。
今年の春に買ったばかりの鋏は、使い方をろくに知らない男が雑に扱ったせいか、あちこちが欠けていた。
4年も子どものお世話をしてたんだ。
そしてその前は、妻と一緒にご飯を食べにいく事に夢中だった。
私は園芸初心者だった。
(やってダメだったら、後で勉強すりゃーいいんだ。)
そんな調子で、私は手入れを終えた。
40〜50cmくらいの高さに揃えられた枝は、中央のものほど真っ直ぐ上を向いた。
円を描くように外周にいる枝は、ふわっと広がり、そのあと弧を描いて、上を向く。
ものすごく小さくなってしまったけど、それは根拠もなしに未来を感じさせた。
落とされた枝を重ねると、元の大きさから想像する以上に嵩があり、いかにこれまで、押し固められて育ったのかが伺える。
(花は、窮屈さを感じるのかな?)
定かではないが、私の目には、目の前の紫陽花が気持ちよさそうに感じられた。
4年ぶりに美容院へ行き、散髪をしてもらったとでも思えば、まぁ担当が下手くそな美容師でも気持ちよかろうというものだ。
私は一仕事を終えた時の清々しい気持ちで、鋏を倉庫にしまって、家に入った。
私は毎日、仕事へ行った。
仕事を終えて帰ってくると、娘たちを迎えに行った。
帰ってくると娘たちは、
『お庭で遊んでもいい?』
と聞く。
ダメって言ってもどうせ聞かないくせに、毎日毎日お庭で遊びたいというもんだから、私はそのうち、
『いいよ。』
以外の事を言えないパパに成長した。
とは言え、私としても外の方が楽だった。
家の中で遊ぶと、
永遠にハンモックを揺らせとか、
お人形遊びで一人5役を担当しろとか、
ひらがなを書くところを黙って見ていろとか。
そういう遊びを所望されたので、私は子どもを庭で自由に遊ばせてる方が楽だった。
4歳ちゃんは自分用のスコップを持って、庭の雑草を掘り、花壇に植えなおしていく。
妻と一緒に、花壇に花を植えてからというもの、この遊びが娘の定番になった。
やめろ。
2歳ちゃんはというと、バケツに砂利をたくさん集めては持ってきて、
『みてー。』
と言ってくる。
何か感想を言って欲しいようなので、私は、
『よく集めたねー!』
と声をかけるが、2歳ちゃんはプイッとあっちを向いて、怒って走っていった。
正解を教えてくれ。
子ども達が自由奔放に遊ぶ最中、私は紫陽花へと足を向ける。
私が刈り込んだ紫陽花の枝からは、たくさんの脇芽が生えて、それぞれが上を目指し、伸びていた。
人の家の庭に咲いてるような、ふわっと丸い姿の紫陽花になってほしかった。
そんな願いに応えてくれるかのように、あちこちの短い枝から、たくさんの新しい枝を生やしては、密度をまして育っていく。
私は密かに胸が躍った。
そんな日々を過ごした。
もし綺麗に花が咲いたのなら、4歳ちゃんに一番最初に見せてあげよう。
こんなに何年も何年もここにいて、毎年目にしてきたはずの花なのに、私はこの紫陽花の事を何にも知らなかった。
赤い花が咲くのかな?
青い花が咲くのかな?
紫陽花の花びらは、土のpH値で色が変わるというのは有名な話だったので、私は何の色が咲くのかを楽しみにしていた。
色が気に入らなかったら、腐葉土を混ぜ込んで酸性にしたらいいのかな?
あるいは逆に、食べ終わったシジミの殻を砕いてアルカリ性にしたらいいのかな?
(まぁ、咲いてから考えよう。)
今年の花の色が何であっても、来年には色を変えられる。
私は楽観的に考え、伸びていく紫陽花を見守った。
足元に生い茂っていたツルニチニチソウは、むしり取った後に除草剤を撒くと、嘘のように生えてこなくなった。
葉の裏に隠れていた藪蚊も、きっと他の場所に宿を求めたんだ。
そして、風の通り道を塞いでいた上部の木の枝も、切り払われてはさわやかな空気を入れ替えるようになった。
(君だって本当は綺麗になれるんだ。)
そんな事を独りごちて、私は紫陽花に張った蜘蛛の巣を木の枝で取り除いた。
光合成の邪魔になるから。
紫陽花の成長は驚くほど早くて、どんどん枝を伸ばしては、私の腰より少し高いくらいの高さにまで伸びた。
そして枝の先に、緑色の細かい粒々が、ギュッとより集まったかのような姿の蕾を、7つ8つ作る。
やがて紫陽花は、白い花を咲かせた。
いつ色づくのだろう?
私は、色が変わるのを待った。
開いた花びらは少しずつ増えていって、やがて、一箇所の蕾が全て開く。
なのに、色は変わらなかった。
(おかしいな?)
私はiPhoneで写真を撮影し、検索をかけた。
アナベル。
この紫陽花は、白いまま、その色を変えない花だったんだ。
『パパ、このお花はいつ色がつくの?』
4歳の娘は、訪ねた。
『4歳ちゃん、この紫陽花はね、色がつかない紫陽花なんだって。』
私は、そう伝える事しか出来なかったんだ。
アナベルという紫陽花の事を、この子はどのように受け止めたのか。
確かな事は、それが期待していた姿では無かった、という事だ。
道端に咲く、青やピンクの紫陽花を見て、娘は言ったんだ。
『見て!紫陽花だよ!』
そして私は答えた。
『お家のお庭にも、今年は紫陽花が咲くよ。』
って。
そんな風にして、私たちが心待ちにした花。
白い花だった。
何を責められようか。
何度もここで咲いたのに、一度だって目に触れなかった。
同じように生き続けたのに、勝手に期待を持たれ、失望されるいわれは無かったに違いない。
白いドレスの、フリルのような花。
もし罪があるのならば、私の無知であるような気がした。
ようやく、綺麗に咲いたのに。
可哀想な花。
違う。
悲しかったのは、私だ。
娘に、喜んでもらえなかった。
何となく鋏を向けた先に、たまたま紫陽花はいた。
私は身勝手に、花の色付きに期待して、そしてその未来に、娘の喜ぶ姿を思い描いた。
私は約束もしていないのに、みんなで幸せになれると思い込んだ。
私は、妻に言う。
『あの紫陽花、アナベルっていう、白い花だったんだって。
色がつかないんだってさ。』
すると、妻は言った。
『知ってたよ、毎年咲いてたじゃん。』
続けて、言った。
『あなたが雑草ごと除草剤を撒くから、いつもちゃんと咲けなかったんでしょ。』
『私はずっと咲いて欲しいと思ってたよ。』
私は、
『そっか…。』
としか言えなかった。
子ども達は、別の花と遊んでいた。
妻は、私が知らない場所で、あんなにも薄汚れた紫陽花を愛し続けてきた。
『ねえ。』
私は声をかける。
『何?』
『紫陽花が好きなの?』
妻は、
『咲いてれば、可愛いって思うよ。』
と言った。
(除草剤を撒いてごめんね。)
アナベルは、何も答えない。
子ども達はいつのまにか、土に穴を掘る遊びをやめて、スギナをたくさん集めて山を作ってる。
(この子たちは、何色の紫陽花が好きなんだろう?)
後で聞いてみようと思った。
そして来年の春には、アナベルの隣に、色のついた紫陽花を植えるんだ。
だってこの白い花は、こんなにも美しいんだから。
『そろそろお家に入ろうよ。』
私は、みんなに声をかけた。
けれど娘たちは、聞こえてるくせに返事をしない。
(もうちょっとだけ、我慢するか。)
私は、子ども達の側に歩いていった。
腕時計を見ると、6月はもう終わろうとしていた。
夏は、もうすぐそこまで近づいていたんだ。

