7.友達は彼方【部屋の半分はハンモック】7/13
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妻の実家から帰ってきた私は、少なからず落ち込んだ。
だけど、慌てて何かしようとしたって、すぐに問題が解決する訳でもなかった。
だったら、与えられた時間を存分に使おう。
みんなが帰ってくれば、ぶっころとも遊べなくなるから。
私はそんな風に考えを切り替え、今はこの期間を、夏休みのようなもんだと割り切って過ごす事にした。
呑気かよ。
私って呑気だった。
それを思い出せるくらい、回復してる。
だから私は大丈夫。
そうやって自分に言い聞かせた。
私はまた、ぶっころと一緒にボート釣りをしに行った。
だけどその日の釣果は芳しくなくて、私たちは何度もイワシを泳がせたんだけど、一向に魚がヒットする事はなかった。
何度もオールで漕いで、ポイントを移動する。
『向こうに行ってみようか?』
とか
「もう少しこっちにしてみない?」
などと話し合っていたが、次第にぶっころは無口になっていった。
潮に流されては元の位置に戻り、私たちは5時間ほど、渋い海の上をウロウロ彷徨った。
話しかけても、ロクに返事もしないぶっころ。
そろそろ戻ろうかという雰囲気になって、私たちは岸に向けてボードを漕いだ。
ところが、岸まで残り10mほどまでという所で、ボートの底が浅瀬に乗り上げて進まなくなってしまった。
朝一で出発した私たちだったけど、時は既に昼に差し掛かっており、すっかり干潮になってしまっていた。
オールで押したり、船の侵入角度を変えてみたりするが、それでも動かない。
私は別に、急ぐような事でもないと思って、
「一回沖に出て、潮が満ちてくるのを待つか?」
と言ってみた。
けれど、ぶっころは答えずに、長靴のまま海に飛び降りた。
かと思えば、私が乗ったままのボートを、グイグイと岸まで押し込んでしまったのだ。
私は呆気に取られて、
(すげーなこいつ。)
と思った。
そしてそのまま、私と目も合わせずに、さっさと荷物を車に運びにいってしまったのだ。
今まで、そんな事はなかった。
ぶっころは何をしだすかよく分からない奴だったけど、いつも礼を欠く事のない男でもあった。
我が強くて自分を曲げない事はしょっちゅうだったけど、こんな風に相手を無視して、背中を向けるような事はなかったんだ。
それでも私は、なるべくいつも通りに車に乗り込んで、
「サンキュー、助かったよ。」
「流石のパワーだな!」
「俺も降りて、ボート押せば良かったな。」
なんて事を言ってみた。
それでもぶっころは、返事をしなかった。
私は、どうしたものかな、と思い、窓の外を眺めていると、
『キレちまってスマン。』
という、あんまり大きくない声が聞こえた。
「いいよ。」
私には、それしか言えなかった。
私がヘタクソで、イライラさせてしまったんだろうか、なんて思った。
ぶっころにはいつも世話になりっぱなしだから。
だけど今思えば、少し前からおかしかった。
私たちは、いつも一緒の車で出かけてた。
どちらかの車に荷物を詰め込んで、道中は下らない話をした。
私はその時間も込みでぶっころとの時間を楽しみにしてたんだけど、最近のぶっころは、
『お互い荷物も増えてきたし、載せ替えるの大変だからそれぞれの車で行こう。』
という事が増えていた。
私は言葉の額面通りにそれを受け取りながら、内心、
(つまんねぇな。)
と思ってたんだ。
お前と喋りたいから、一台の車で行かない?
って言えば良かったのに。
その日の夜、私はぶっころの家に泊まりに行った。
ぶっころと私は外に出て、玄関先に置いてある、ブリが一本まるごと入りそうなクソデカクーラーボックスに腰掛け、タバコを吸った。
灰皿はメンマの瓶だった。
エコのつもりか?
なんの気なしに、
「最近、仕事はどうなん?」
と聞いた。
するとぶっころは、重たそうな口を開いて、言った。
『職場でやらかしちまったんだよ。』
そんな事を言う。
あまり弱音を吐かない男だったから、私は真剣に聞こうと思って、頭のスイッチを切り替えた。
ぶっころは、警察署で事故の記録とか、出動した後の処理などの事務仕事をしていたそうなのだが、その最中、うっかり眠ってしまったらしかった。
持病のナルコレプシーの影響で、彼はどこにいても、車の運転中にさえ、眠りに落ちる事があった。
その症状が職場で起きてしまったらしい。
『最近は心療内科で睡眠薬をもらってて、夜にしっかり眠って、日中は眠らないようにしてるんだけど、やっちまったんだよ。』
少し間を置いて、
『それで、職場の上司と揉めちまってな。』
と言った。
私は警察官の仕事や人間関係をぜんぜん知らないが、想像をしてみた。
仕事が仕事だ。
厳しい縦社会なんだろうな。
組織としての風通しも、あんまり良くないんじゃないかなと思った。
彼が今、どんな状況に立たされているのか、全てを理解する事は出来なかったが、朧げな想像で状況を察したつもりになった。
「しょうがないよ、病気だもん。
なんか、診断書とかないの?
職場に、理解してくれる人はいないの?」
私はそう聞いたが、
『ウチはそういう組織だからな、仕方ねぇよ。』
と言った。
そのあとしばらく、私たちは心療内科についての文句を口々にいった。
心療内科は予約が取れないとか。
薬も効いてるんだか効いてないんだかわかんねぇよなとか。
先生も話を聞いてるだけで何考えてるんだかわかんねぇよなとか、そんな話をした。
だけど、そんなに盛り上がらなくて、私はもっとぶっころの事を知りたかった。
だけどぶっころは眠くなってきたって言い、部屋の中に設置された、ハンモックに横になってしまった。
何で部屋の中にハンモックがあるんだよ。
ちょっと前に、私はぶっころにそうやってツッコミを入れた。
でも、なんかその日は、そんな軽口を叩く事が出来なかったんだ。
私は一人で軒先に出て、タバコを吸った。
何であんなに強がりなんだろう?
もう十分強いんだから、ちょっとくらい弱くたっていいじゃん。
せっかくぶっころが弱い所を見せてくれたのに。何で俺はロクな事が言えないんだろう。
私はメンマの瓶に吸い殻をブチ込んだ。
もう寝よう。
私はスマホで、ナルコレプシーの事を調べた。
病気知識を多少得る事はできたが、それがどのくらい苦しい事なのかまでは、分からなかった。
8/13へ続く
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