『光の感染者』第17章|幸福業者たち
幸せを売る者がいるという事実が、すでに不幸の証明である。
2025.9.28
私は、どうやら
幸せにならねばならぬらしい。
世間がそう言うのである。
テレビも、街も、スマートフォンも、
皆そろって、私に幸福を勧めてくる。
「あなたはそのままで素晴らしい」
と言いながら、
「ただし、これを持てばもっと良い」
と、必ず付け加える。
なるほど。
私は完成しているが、
未完成でもあるらしい。
実に器用な論理である。
スピリチュアルの人々は、
今日も微笑んでいる。
やけに穏やかな声で、
「波動が」
「宇宙が」
「目醒めが」
と囁く。
私は首をかしげる。
この人たちは、
本当に宇宙と話しているのだろうか。
それとも、
単に客と話しているのだろうか。
だが、どちらでも構わない。
不安な人間にしか、
彼らは近寄らない。
満たされている者の前では、
彼らは沈黙する。
よく出来ている。
営業としては、
実に正しい。
宗教家もまた、
似た匂いがする。
神を語りながら、
現金を扱う。
救済を説きながら、
料金体系は明朗である。
私は思う。
神は、
いつからサブスクリプション制になったのだろう。
もし本当に神がいるなら、
この商売根性を、
まず叱るべきだろうに。
だが神は黙っている。
沈黙している神ほど、
扱いやすいものはない。
政治家は、
さらに露骨だ。
彼らは言う。
「国民のため」
「未来のため」
「希望のため」
そして、
何もしない。
いや、正確には、
喋ることだけは一生懸命やる。
主語は大きく、
責任は小さい。
言葉は多く、
行動は少ない。
なるほど。
これは政治ではない。
演説業である。
スピリチュアルも、
宗教も、
政治も、
結局は同じ仕事をしている。
「幸せは、もう少し先にありますよ」
と指差す仕事である。
決して、
ここには置かない。
必ず、少し先。
必ず、届かない距離。
なぜなら、
人が満たされた瞬間、
彼らの出番は終わるからだ。
救うのではない。
追わせるのである。
だが、ここで一つ、
どうしても白状しておかねばならないことがある。
私は、
彼らを必要としたことが、
ほとんどない。
不幸を感じた記憶が、
あまりないのだ。
不運よりも、
むしろ幸運の方が続いている。
大きな奇跡はないが、
致命的な破綻もない。
つまり私は、
最初から渇いていなかった。
だからだろう。
彼らの言葉が、
どうにも空々しく聞こえる。
救われたいと思ったことがない人間に、
救済の商売は成立しない。
追いかけたいと思わない人間に、
幸福の広告は刺さらない。
なるほど。
これもまた、構造である。
私は今日も、
幸せである。
だが、それを
誰かに証明する気はない。
追わない。
祈らない。
期待しない。
ただ、
最初から在るものとして、
受け取っているだけだ。
それだけで、
ずいぶん静かに生きられる。
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