カクテルと余白:28【江戸の燕⑥】工学部vs理学部Season3
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🎼🎹今回のイメージ曲です。宜しければお聴きになりながらお読みください。
✏️ 彩 (いろどり)
(レナード衛藤)
演奏 : 鼓童
🥃🥃🥃
【源内の挑戦vs算聖・関孝和】
「それでは、お宝とお目文字するとするか……」
源内はおくみをそっと離すと、迷いのない足取りで井戸に向かった。
そこには六つの文字盤が据えられていた。
そして、左の三つは自在に回転するが、右の三つは石のように固まって動かない。
源内が指をかけると「ぐにゅ」「カチッ」と重々しい音が響き、その瞬間に彼の目つきが鋭く変わった。
深くこうべを垂れ、静かに瞼を閉じる……。
そのまま、いくつかの鍵を、源内は左右に回してみた。
そして、彼はニヤリと笑った。
「なんだ、合点がいったぜ。こんなもん、造作もねぇ」
「えっ?!」おくみの瞳に希望の光が射した。
「これは円理というものだ。俺は関孝和の書物を読み解いたことがある」
「源内さま、それならば私も読みました。『括要算法』でございますよね?」
源内は驚きに目を見開いた。
並の教養人では読みこなすどころか、書物の存在すら知らぬのが道理だからだ。
「やるな、おくみちゃん!」
「いえ……お恥ずかしゅうございます」
「何が恥ずかしいもんか。立派じゃねぇか。おなごの身であれを読み解くとは……ますます惚れ直したぜ」
「まあ!源内さま」おくみは弾むような喜びを抑えきれず、その場で軽やかに飛び跳ねた。

「いいか、おくみちゃん。この回転鍵を回すぞ。音をよく聞いてな」
「はい。心得ました」
「聴いたか?『ぐにゅ』『カチ』『カチ』『ピン』「三番目で『ピン』といったろ?」
「はい」
「次は……『ぐにゅ』『ピン』、これは一だ。そして次は……四」
「三と一と四……あ!円理ですね!」
「おうよ!やるじゃねぇか」
おくみの喜びは頂点に達していた。
こんな会話と体験は、この方とでなければとてもできない。
何て楽しいのだろう。役目すら忘れてしまいそうだ。なぜか…血が騒ぐ。
『心から尊敬できる。やはり私は、頭の良い殿方が好きなのよ!イケメンもいいけど』
おくみは心の中でつぶやいた。
「それでは次は……うふふ…一と五と……ですね?『いちご牛乳老後、産後。えーと……『サンジ……』と」
「うん、見事だ。しかし……いや、そこなんだがな、この鍵はこれ以上回らねぇ。壊れているようでもなさそうだ」
「そうなのです。それもこの鍵の長年の謎でした。でも、まさか円理だったとは」
源内は不敵にニヤリと笑った。
「つまり、円理そのものを入れろってぇ話じゃねぇんだ」
「どういうことでしょうか。私には分かりませぬ」
「いいか?回転鍵は全部で六つある。てぇことは、円理に関わる『六桁の数字』ってことよ」
「六桁……ええと……」
「関先生の本を読んだんだろ?関孝和はどうやって円理を求めた?」
「ええと……あ!正多角形の……確か、正十三万角形を使って……」
「やるねぇ。ただのべっぴんさんじゃねぇや。恐れ入ったぜ」
「もう、源内さまったら!」
おくみはまたも弾むように飛び跳ねた。
今度は、思わず本気でその場飛びをしてしまったので、3メートルは宙を舞っただろうか。
源内は唖然として空中のおくみを見上げながらも、気を取り直して言葉を続けた。
「正十三万とんで七十二角形だ。いいか!回すぞ」
源内が六つの文字盤を順に回していく。
一、三、一、零、七、二。
いずれの桁も、正解を告げる勝ち名乗りのような『ピン』という音が小気味よく響いた。
そして最後の一目、二を回し切った刹那、井戸の周囲から異様な音が鳴り響き始めた。
ウーパーワーパー!
ウーパーワーパー!
ウーパーワーパー!
二人は思わず耳を押さえた。
やがてその怪音は鳴り止んだが、今度は地底から響くようなギギギギギギ……という不気味な機械音が轟き、驚くべきことに井戸の側面の鉄板がゆっくりと左右に分かれた。
それは隠された小さな扉となっていたのだ。もともとその扉の下には大きな鍵穴が口を開けていたのだが、観音開きをした扉の下から、いくつかの絵模様がその姿を現した。

【過去からの挑戦状】
「うおおおおおお!」
「きゃあ!」2人は思わず叫び声を上げた。
そこに描かれた絵模様は…
「太陽・雷・星・雲……そして……」
源内の言葉が止まった。
「え?!えええええええ!!」
源内が絶叫した。
「いかがなさいました?源内さま」おくみも大きな声を出した。
「こ…これは…和蘭(オランダ)語だ。
しかも…」
「な!なんと書いてあるのですか?
「な……なぜだ……」
源内は呆然と立ち尽くしている。
身体の震えが止まらない。
「なぜだ?な……なぜ?」
「源内さま、お気を確かに」
「和蘭語で読むと……
ヘー・エー・エン・エン・アー・イー」
おくみは空中で指を動かした。
オイロッペの言葉は、流石におくみにはわからない。
「へー……は『G』だ。そしてそれ以下は…『e』……あ、あり得ない…」
「どういう意味ですか?」
源内は、つぶやくように答えた。
「『G』『e』『n』『n』『a』『i』つまり……
ゲ・ン・ナ・イ……」
「え?!…えええええええ?!」
今度はおくみが絶叫した。
「なぜかは全く分からねぇ。しかも、この文字は昨日今日に書かれたものじゃねぇ」
「はい……」
おくみは小さく生唾を飲み込み頷いた。
とにかく、誰がどういう了見で刻んだかは知らねぇが、どうやらこいつは俺をご指名していらっしゃる……というわけだ」
「私、まったく分かりませぬ。ただ、公儀の仕業ではないことだけは間違いございません」
「だろうな……」源内は深く頷いた。
「これは、どういう仕組みかは分からんが、とにかく関孝和の理(ことわり)を知る奴からの、俺に対する挑戦状に違いねぇ」
「過去から……未来への挑戦状、ですか?」
「まさか、そんなことはあり得ねぇ。だが、こいつは、相当な いにしえの……
そう、50年以上は昔のものだ。そこが謎だ」
「では、どうすれば……」
源内は目を刮目したまま、その奇妙な絵模様をじっと睨みつけていた。そのまま暫くの間、彼は石像のように微動だにせず佇んでいたが、やがて
「……分かった」
と低く呟いた。

「源内さま……」
「これは俺自身を直接指すんじゃねぇ。
いや、その意味もあるかも知れねぇが、真の企みはこういう意味だ。
『源内の雷』を、この場所に落としてみせろ、とな。
偶然の一致とはとても思えねぇ」
「それは一体、どのような意味でございますか?」
「俺が昔から、人知れずそれを研究していることを知っていた奴の仕業だ……『流れエレキテル』のことよ」
「キテ……レツ??」
おくみは首を傾げた。
「エレキテルーーだ。それも、普通のエレキテル(=静電気)じゃねえ。『流れエレキテル』だ」
「はあ…?」
「まだ入り口段階の、ほんの端緒の研究だ。だが、これまでも小さな実験だけは繰り返してきた」
源内はひと呼吸置き、覚悟を決めた面持ちで言った。
「よし!まだ仮説の域を出ねぇが、そんな悠長なことは言ってられねぇ。
今日こそやるぞ、あの実験を!流れエレキテルを、この井戸に直接ぶち込んでやるんだ!そして、こいつは間違いなくそれを求めている」
「何やら私には皆目見当もつきませぬが、お手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けくださいませ」
「おう、頼むぜ。色々と道具が要るからな」
「はい!」
源内は周囲を見渡した。
「誰か……力のある奴の手助けがいるな……」
「それならば、事前に呼んであります」
「もう居るよ!」
背後で突如として、凛とした少女の声が響いた。
「え?!」
源内は驚いて勢いよく振り返った。
そこには深みのある紫の装束に身を包んだ、ひとりの小柄な少女が佇んでいた。

「む……むらさき?その色は……天下の御法度の色じゃねぇか」
源内が目を見張る中、少女は悪びれもせず微笑んだ。
「あねじゃ……お待たせいたしました」
「数乃!来てくれたわね」
数乃と呼ばれた少女は、おくみに向かって小さく頷いた。
「正面には岡っ引きの旦那が陣取っていたからね。裏から遠回りして、ついでにちょっと『片付けもの』をして来たから、少し遅くなっちゃった」
はい、装束…と、数乃は風呂敷を、おくみに渡した。
数乃はおくみの耳元にそっと囁いた。
「あねじゃ の えもの(武器)は持ってきてないけど」
「いらないわ。そう言ったでしょ?」
おくみは不敵な笑みを浮かべ、短く、しかし確信に満ちた声で答えた。
「おくみちゃん……この子は一体?」
「わが一族の者でございます。私の従妹の『数乃(かずの)』にございます」
「数乃と申します、源内さま。以後、よろしくお見知りおきをお願い申し上げます」
頭を下げる少女に対し、源内は「お……おう」と気圧されながらも応じた。
しかし、こんな幼さの残る小娘が何の役に立つのかと、源内の顔には明らかな不信感が滲み出ていた。
それを鋭く察して、数乃は少し頬を膨らませてむくれてみせた。
おくみが巧みにフォローを入れた。
「たかが娘っ子とお思いでしょうが、きっとお役に立てます」
「こう見えて、一族きっての力自慢の持ち主なんですよ」
「なるほど、分かった。では……ぐずぐずしてはいられねぇ、今から急いで道具を取りに行くぞ!」
🥃🥃🥃
「私はここでお待ちします」おくみが凛とした声で言った。
「何だって?」
「井戸が半開きです。このままでは放っておけません。
我が一族は、これを代々守って来たのです」
源内は首を振った。
「こんな寂しいところに、おまいさん一人を残していけるわけがねぇだろ」
数乃が言った。
「あねじゃなら大丈夫だよ、旦那」
「私も忍びの端くれ。不覚は取りませぬ、武芸の心得もございます」
おくみはそっと目を伏せ、決意を込めて源内に告げた。
『まだ『片付けもの』が残っているから…』
おくみは心の中で独白した。
「分かった……心配だが、おめぇを信じる。とにかく一刻を争うぜ。
おい、数乃ちゃん!まずは大八車を工面して、俺の長屋へひた走るぞ」
「合点でぇ、旦那さま!」
二人が正門に向かって勢いよく駆け出そうとしたその時、「ちょっと……」とおくみが数乃を呼び止めた。
「いいかい、数乃。源内さまの御身をあんたに委ねたよ。くれぐれも、くれぐれも大事なきように……頼んだよ」
その目は必死さに溢れていた。
「分かってるって、あねじゃ。
それにしても……ふふっ、いい男じゃない?あねじゃの想い人は」
「からかうんじゃないよ」
おくみは思わず、夕暮れ時のような赤さで頬を染めた。
🎼🎹ここで、BGMです。
宜しければ、お読みになりながらお聴きください。
✏️ この夜を止めてよ
(作詞:松尾 潔)
(作曲:松本 俊明)
(編曲:Jin Nakamura)
歌 : JUJU
遠のいていく二人の背中を見送りながら、おくみは静かに深く頷いた。
どんなことがあっても、あのお方をお守りしよう、例えこの命を捨てることになろうとも、と。
あらかじめこの場に呼んでおいた数乃であったが、重い荷を運びつつ源内を警護させるには、これ以上ないうってつけの役割となった。
しかし、その裏にはもう一つの冷徹な役割、おそらくは上からの密命が隠されているだろう。
それは、源内を密かに監視し、万が一、彼が翻意して逃走を図った場合には、その場でその命を奪わなければならないという「見張り」の役目である。
むろん数乃とて望んで引き受けた任務ではないが、それは一族の鉄の掟として、決して違えることは許されない。
その時、自分はどう動くべきか……。
おくみが導き出した答えは、ただ一つだった。
一方的に騒動に巻き込まれた源内に非はなく、ましてや命を落とすべき理由などどこにもない。
だから、もしその時が来れば、我が身も同然の数乃を手にかけ、そして自分もその後を追おう。
だが……その心配は無用のようにも思えた。
先刻までの源内の瞳は、未来を見据えるかのように輝き、自信に溢れていた。
あのお方がこの場を捨てて逃げることなど、到底考えられない。
それに、あの『G・e ・n・n・a・i』の謎の文字。
あのお方は、ご自分への挑戦状だ、と仰っていた。その挑戦から逃げるようなお方ではい。
もう一つ……私への想い。
必ずあの方は此処に……私のもとに帰って来てくださるはず。
信じています。源内さま。
申の刻(15時)の陽光が照らす中、おくみは愛しい人の背中が視界の彼方に消えるまで、その場を動かずに見守り続けた。
愛おしい、けれど、いずれにせよ自分とあの方が結ばれる日は来ない。
井戸の謎が解き明かされ、真の扉が開いたその時は、愛おしい人を命の危険に晒してしまった責任を取らねばなるまい。
ああ、あの方の逞しい腕の中に、せめてあと少し、ほんのひと時だけでも抱かれていたかった。
堪えきれぬ想いが溢れ、おくみの白い頬を一筋の涙が静かに伝い落ちた。
🥃🥃🥃
🍒「紫の装束。ああ……これ、この意味ヤバい。私、知ってる」
🥕「なぜ御法度なのじゃ?」
🥃「江戸時代の紫は、最高の身分の者しか纏えない。
将軍家と言えども式典の時だけです。普段は、むやみやたらには纏えなかった色なのです」
🍒「染め物としての、原料の値段も高く、その意味でも最高級だったの」
🥕「おくみの一族は、それを纏うことを許されていた、という訳だ」
🥃「それだけ、過去の貢献が認められていたということです」
🥕「なるほど……ね」

「いつまでそこに隠れているつもり?
そろそろ姿を現したらどう?」
おくみは冷ややかな薄笑いを浮かべ、申の刻の陽光が影を落とす薮に向かって言い放った。
ざわり、と笹鳴りの音が響き、奥まった暗がりから黒装束を纏った忍者が音もなく姿を現した。
「……へっ、バレていちゃあ仕方ねぇやな」
忍者は低く濁った声で応じると、その背から異様に長く、禍々しい輝きを放つ業物をゆっくりと引き抜いた。
「見たところ、もう『えもの』は残っちゃいねぇようだな。井戸も開いたようだし、中身を拝見させてもらうぜ」
おくみは無言のまま、懐から冷たく光る匕首を滑らせた。
「ふん……手裏剣の技はてぇしたもんだったが、刀の斬り合いは長さが全てだ。
悪いが姐さん、命乞いならもう遅いぜ。死んでもらうよ」
「ふふふ、ふふふふふ」
「何が可笑しい?気でもふれたか」
おくみは鋭い眼光で男を射貫き、静かに言い放った。
「我ら一族の名は『紫紺』……」
「えっ!」
男の覆面の奥で、明らかに色が失せた。
「そして……我が名は『くみ』」
「げええっ!まさか、あの『十六夜のお九三』か!…いざよいの…」
おくみは細めた瞳に月影のような冷徹さを宿し、宣告した。
「おあいにく様……。
月を愛でるは、あの世でおやり。
いざよう間も無く、いざよいの、
おくみが貰ったお主が命、
闇に仕舞わせていただきます」
その台詞を男が最後まで聞き届けられたかは定かではない。

勝負は、瞬き一つの間に決した。
男は一太刀振るうどころか、その太刀を奪い取られたことにさえ気づかぬまま、おくみの匕首の鮮やかな餌食となった。
男の魂は一筋の紅い閃光となって、静寂の彼方へと吸い込まれていった。
🥷🏿🥷🏿🥷🏿
「こやつらも銅山水軍の一味のようだな。自分たちでは鍵を開けらずに、代々この井戸を狙っていたのか」
おくみはそう静かにつぶやくと、手早く取り出した布で、匕首に付着した僅かな汚れを丁寧に拭い去った。
すると、背後から鋭い怒鳴り声が飛んだ。
「おい!」
その気配には、かなり前から気づいていたおくみであったが、改めてゆっくりと振り向くと、そこには十手を握りしめた浅形平吉が立ち尽くしていた。
「おくみ……おまいさん、たった今、俺の目の前で人を殺めたね?
相手が誰であれ、理由が何であれ、この平吉、お上の目として見過ごすわけにはいかねぇ。神妙にお縄を頂戴しろ!」
平吉の声は、夕暮れ前の静寂を切り裂くように激しく響き渡った。
【次回に続く】
次作【カクテルと余白:29】江戸の燕⑦
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🍸🍸🍸
🍒「『紫紺』いいわね。『ダーク・バイオレット』ね。『ロイヤル・パープル』とも言う」
🥃本当は、江戸時代に、こんな色の装束で街を歩いていたら、すぐに逮捕されて、下手すりゃ極刑だったはずだ」
🥕「流石だ!香取よ。よくぞ使ったな、この色を」
カクテルで顔を赤らめた、ダイデン大佐が言った。
🥃「はい!そおなのです。この『紫紺』は、我らが母校、明治高校のスクールカラーです」
🍒「すると、明治の生徒さん達は、江戸時代ならば皆んな逮捕されちゃうわけね」
🥃「うーん。『紫』がスクールカラーの立教の連中も道連れだな🎵
名門!セント・ポールズ」
🍒「関西ならば天理大ね。みな御用だ!」
🥃「天理大!数年前のラグビーで、国立競技場で戦ったな。勇敢でフェア。素晴らしい学校だ」
🥕「第一応援歌・紫紺の歌……ああ、お店の外に出て歌いたくなったぞ」
カウンターの向こうから、横瀬マスターがニコリと微笑んだ。
🍒「その歌ならば、神宮で何度も聴いているわ。ウチのライバルだから」
🍸「後で…夜だから小さい声で、一緒に歌いましょうか(笑)」
🥃「肩組んで、ね」
横瀬マスターもまた、出身高校は明治。紫紺の色には思い入れがあるのだろう。
🍒「ふふふ」
赤坂OLD TIMEは今夜も賑やかだ。

ラインハルト・ダイデン大佐
【家庭教師管制塔『無限堂』】
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🥕ダイデンのイラスト・ひがしりょう
