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カクテルと余白:06【数学の詩人③】雪のベルリン・巨匠の門を叩いた少女Season1

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カクテルと余白5
【数学の詩人】雪のベルリン-2

今回も、筆者が勝手にイメージした、ソーニャのテーマ②を添付します。宜しければ、お聴きください。🔽

Moonlight Jazz Blue (ピアニスト不明)
🎹ピアノソロ『シバの女王』

❄️❄️❄️
【ブラヴィッシーマ!一杯のショコラに溶けた偏見~巨匠を戦慄させた少女の数式】

 西の空に沈みゆく太陽が、ブランデンブルグ門の巨大な円柱を燃えるような朱色に染め上げていた。
勝利の女神ヴィクトリアが駆るクアドリガ(四頭立ての馬車)が逆光の中で黒いシルエットとなって天を衝いている。

約束の日ーー。
ソーニャは定刻通りワイエルシュトラス邸の呼び鈴を鳴らした。

重厚な扉を開いたのは、前回のように巨匠本人ではなく、物静かな使用人だった。
通された応接室は、1週間前に通された部屋と同じではあったが、今度は暖炉に薪がくべられてあり、豊かな炎が来訪者を歓迎するように舞っていた。

ほどなくして邸宅の主が現れた。
「フロイライン……どうだったかな?」
老紳士は、なるべく彼女を傷つけまいとしていた。

しかし、何であれソーニャの実力は論外のはずだった。
所詮はアマチュアの数学ファン…女性にしては珍しいが。
先日の自著への礼賛も、誰かの入れ知恵の元に暗記したセリフだった可能性が高い。
まさかこの期に及んで現れるとは……一体どういう魂胆なのだろう。

「もしかしたら……今日は訪ねて来ないのではないかと思っていたよ。
そもそも問題の意味は理解して貰えたのだろうか……
実は君に出した課題は、私のベルリン大の学生たちでも2か月かかって解くことができなかった問題なのだよ。
大変失礼ではあるが、フロイライン、それが君に……」

ソーニャは無表情のまま、何も答えなかった。
使い古された鞄から、数十枚の紙を取り出し、静かに机の上に置いた。

「ヘル プロフェッサー。数学の言葉は数式です。その答えを、私なりの……数式という言葉で語らせていただきます」
「む?なんだと?!」

巨匠は当惑した。
一体全体……この少女の狂言にどこまで付き合えばよいのか。
沸き起こってくる怒りを抑えつつ、彼は眼鏡を付け、その紙束に目を通した。
どう𠮟りつければ良いのか。
いや、怒鳴ることだけはすまい。手が僅かに震えた。

しかし……第1行に目を通したその瞬間、巨匠の全身を雷撃が襲った。
ワイエルシュトラスは息を呑んで立ち尽くした。

「数学の言葉は数式です」
ソーニャは解析学の巨匠
を前に一歩もひるまずに言った。

そこに記された数式は彼の予想を遥かに超えた数式だった。

「こ……このSubstitutionsintegration(サブスティトゥツィオーンス・インテグラツィオーン=置換積分)は……一体どこから着想したのだ!」

🥕🥕🥕解説ね。
ざっくりで言っちゃうとーー
『置換積分』とは、積分計算を簡略化するため、式の一部を別の変数や関数に置き換える技法です。

くそ面倒くさい計算が、まるで害虫に、シュッとひと吹きでコロ!みたいな簡略化ができ、爽快感があります。

例えば、「ジョージ・ワシントン」を「初代アメリカ大統領」と言い換えるようなものです。

大学入試では全て丸暗記でGO!ですが、本質的には、「何をどう置き換えるか」を見抜く独創性や発想力が問われる技術です。

だから、ワイエルシュトラスは、ソーニャの解答の第一行目を見て、その発想の鮮やかさに感動したのです。うぽぽ🎵
🥕🥕🥕

「ああ!!そうか!おお…なるほど!そんな方法があったか!」

「なんということだ……Unfassbar!(信じ難い)」

巨匠は唸り声を連発した。眼鏡を直し、改めて安楽椅子に深々と腰を沈めた。
既に彼には周囲のものは何も見えなくなっていた。

読み進めるうちにワイエルシュトラスの頭の中で、インクで書かれた数式たちが紙の上に立ち上がり、躍動し始めた。数式は踊り、歌った。

それはあたかもモーツァルトの「弦楽四重奏曲第19番ハ長調~通称『不協和音』の序奏が、混沌から鮮やかな光の中へ解き放たれる瞬間のようだった。

重苦しい伝統や、退屈な計算の壁を、彼女の論理は軽やかなボウイングで飛び越えていく。

第一ヴァイオリンが真理を謳い上げ、ヴィオラとチェロが寸分の狂いもない論証でそれを支える。

そのあまりの美しさに巨匠は圧倒された。いつしか自宅の応接室に居ることも、「追い帰すべき客」の存在も忘れ去っていた。

「Kaum zu glauben…...」(到底、信じることはできない)」
巨匠は頬を震わせた。

応接室の柱時計が19時を告げた。
いつの間にか2時間という時間が経過していた。

「Brava!!…… Bravissima!(素晴らしい。究極の素晴らしさだ」
彼は立ち上がって叫んだ。

それはイタリア語で、女性音楽家に対する最高の賛辞だった。

ブラヴィッシーマ!
それはワイエルシュトラスの最大級の賛辞だった

❄️ワイエルシュトラスの応接室は、彼にとってはいつの間にか音楽堂と化していた。

素晴らしい、あたかも神が紡いだ旋律であるかの如き数式の数々。
それらは最短距離で進行し、なおかつ厳格な厳密性で武装されていた。

そこには、あろうことか巨匠自身さえも気づかなかった、
新しいパースペクティブ(視点)が随所に散りばめられていたのだ。
たった一人の音楽堂の観客は、立ち上がり、彼女に向かって大きな拍手をした。

その拍手を聴いて、何かワイエルシュトラスに異変があったかと勘違いした使用人が、ノックもせずに慌てて部屋に駆け込んで来た。

その時、使用人は、偉大な天才数学者が、椅子を蹴るようにして立ち上り、少女に向かって深く礼をしているのを目撃した。

「独学で……たった一人で…君の導き出したこの Substitution(置換)は、もはや計算ではない。……これは音楽だ。

まるでモーツァルトの旋律が、一分の隙もなく完璧なハーモニーを持って完結するように、君の論理は真理の核心を射抜いている。
これほどまでに美しく、そして鮮やかな解法を、私は今まで見たことがない」

巨匠は再び深呼吸をし、高揚した声で続けた。
「Meisterhaft!(素晴らしい巨匠の技だ)

君の中に眠る知性は、私が想像していたよりも遥かに巨大で、そして気高い。
私は自らの傲慢を恥じよう。
弟子どころではない。
既に君は私と対等か、それ以上の能力を持っている。

君は、私と共に数学という名の神殿の奥底へ踏み込む資格を持つ、真の数学者だ」
ソーニャは頬を紅く染めて立ち上がった。
とめどなく涙が頬を伝った。

ワイエルシュトラスは飛び込んで来た使用人に命じた。
「ショコラを。最高級のものを二つ! 今この瞬間、私の書斎はベルリン大学のどの教室よりも、真理に近い場所に変わったのだから」

この日ソーニャは初めて笑った

「わあ🎵ガリャーチィ・ショコラート!」
ロシア語で「温かいショコラ・ドリンクだ!」と叫んだソーニャの顔は、あどけなさを残した20歳の女性に戻っていた。

彼女の朝はいつもこの飲み物で始まっていた。

「フロイライン……先週は済まなかった。
あの寒さの中を訪ねてくれた君に、突然の来訪とは言え、温かい飲み物を出してあげられなかった」

ソーニャは巨匠自らが立ち上がってカップに注いでくれたショコラを飲みながら笑った。

「いえ……カルテス・エッセンは存じておりましたので」
「そう。私たちドイツ人は、カルテス・エッセンという習慣がある。陽が暮れると、どんなに寒くても温かいものは口にしない」

「はい……突然お邪魔した私ごときを家に入れてくださり、炭酸水まで振る舞ってくださいました。本当に感激いたしました」

彼女の操る上品なドイツ語は、貴族たちの言葉そのものだった。
だが一方でひとたび数学の話しになると、それは突然お喋りな女子高生のものになってしまう。

『……私は、何を見ていたのだ』

ワイエルシュトラス自らは、チョコレートドリンクではなく、その夜も炭酸水を飲んでいた。

「フロイライン・コワレフスカヤ。私は今、烈火に焼かれるような羞恥心の中にいる」
彼は窓外の夕闇に向かって言葉を続けた。

「君が最初にこの部屋の扉を叩いた時、私は君の『知性』ではなく、『属性』を見ていた。君がうら若き女性であり、しかも……目を引くほどの麗人であったからこそ、私は無意識に壁を築いたのだ。
『貴族の令嬢の気まぐれな道楽だろう』と。

美しき者に、これほど峻烈な論理が宿るはずがないと、心のどこかで侮っていた」
彼はゆっくりと振り返り、自嘲気味な笑みを浮かべた。

「滑稽なことだ。数学の真理の前には、国籍も、家柄も、ましてや性別などという境界線は、塵芥(ちりあくた)ほどの意味も持たぬ。

そんなことは、この道を志した日から、誰よりも私が分かっていたはずだったのに……」

ベルリン大学正教授
カール・テオドール・ウィルヘルム
ワイエルシュトラス
(Karl Theodor Wilhelm Weierstrass)

ワイエルシュトラスの拳が、微かに震える。
「私は自らを、数学の神に仕える忠実な僕(しもべ)だと自負していた。だが、目の前にあるこの純粋な真理の輝きを前に、私は自らの眼が偏見という濁りに曇っていたことを、死ぬほど恥じている。

君の解答は、私の老いた魂を真っ向から撃ち抜いたのだよ」
彼は姿勢を正し、一人の学徒として、ソーニャに深く頭を下げた。

「許してほしい、フロイライン・コワレフスカヤ。私は今日、君から『数学の真理』を、そして『学問に向き合う誠実さ』を、改めて教わった。君は……私の誇り高き、最初の女性の弟子だ」

「本当ですか!!」
ソーニャは立ち上がった。

「私はベルリン大学OrdentlicherProfessor
(正教授)として、君を我が大学のドクター・フィル(博士課程の学生)に推薦しよう」

ソーニャは静かにカップを置いた。
少女の感涙は、やがて嗚咽に変わった。

堰(せき)を切ったように溢れ出した涙が、彼女の頬を濡らした。
それはなぜか悲しみも込められた、叫びというより、長い冬を耐え抜いた氷が解け出すような、祈りに似た雫だった。

「心から感謝申し上げます。わたくしの憧れの偉大なる巨匠」
"Ich danke Ihnen von ganzem Herzen, mein großer und verehrter Meister."

ワイエルシュトラスは返した。
「Herzlich willkommen!」(貴女を歓迎します)

老教授を縛り付けていた峻烈な偏見は、芳醇なショコラの熱気にあてられ、琥珀色の甘い静寂の中へと静かに溶け落ちていった。

🥕Wird fortgesetzt
(たぶん….…続く….…かな?)

❄️……んで、例によって、この物語は、若干の史実に基づいてダイデン大佐がひねくり出したフィクションです。
数学的内容や、その他なんだらかんだらのクレームはご遠慮ください。

家庭平和維持軍
ラインハルト・ダイデン大佐

🥃「カルテス・エッセン?温かい飲み物もダメなのですか?」
🥕「食事はもとより、飲み物、スープに至るまで、ドイツ人は夜に温かいものは食べないし、飲まない」
🥃「なんで?冬は寒い国なのに」
🥕「夜に温かいものを胃に入れてしまうと身体が火照ってしまって眠りにくいから、と私の祖父が言ってたな」

🥃「でも大佐は違うんだね。ドイツうさぎのくせに」
🥕「しつこいぞ。ウサギではないと何度も言わせるな。だが、確かにドイツの血は入っているようだ」

🥃「大佐は夜中のおでん🍢とかラーメン🍜とか大好きですよね?なあにがカルテス・エッセンだ?ドイツと言えばかっこいいからって、この偽ドイツうさぎが!」
🥕「やかましいわい。そう言われたら、この店の帰りに赤坂のラーメンが食いたくなったわい」
🥃「いいですね。ちょいと寄って行きますか」今夜も2人の酔っ払いは仲がいい。

🥕「ところで、次回だが、晴れて師弟関係となったソーニャとワイエルシュトラスに、女性差別という巨大なベルリンの壁が立ちはだかる。
🥃「あまり期待せずに、まあ、待っていますよ……」

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🥕ダイデンのイラスト・ひがしりょう
【あとがき:執筆時のイメージ曲】著者が本編の背景としてイメージしていたテーマ曲です。お時間があれば読後の余韻と共にお聴きください。⬇️

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