カクテルと余白:35【江戸の燕⑫最終話】Season3
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🍸最新作・カクテルと余白
【青本の中の砂漠】Season
スタートしました。🔽
🎼🎹九瓊のストーリーのイメージに合うかな?と思われる曲を見つけてまいりました。宜しければお聴きになりながら、お楽しみください。🔽
✏️オー・シャンゼリゼ
( 作曲 : マイク・ウィルシュ&マイク・ディーガン )
( 演奏 : レーモン・ルフェーブル・グランドオーケストラ)
🍸🍸🍸
九瓊の冒険奇譚が始まった。
「仏蘭西の艦隊を誘爆で全て沈めた後は、do-te-raで『フランス艦隊の向こう側』に移動するようにからくりを仕掛けたつもりだったのです。
もし、生き残った船が居れば、この手で沈めるつもりでしたので」
九瓊は出されたお茶を美味しそうに飲みながら語った。
「ああ……美味しゅうございます。
オイロッペの茶には飽きておりましたので」
両手で愛おしそうに茶碗を持ったまま、彼女は話を続けた。
「ところが、間違えて『仏蘭西艦隊の向こう側』ではなく、『仏蘭西の向こう側』と指示しておりましたの……」
ほほほ🎵
と九瓊は声を上げて笑った。
do-te-raは中の人間をルシソミ状態に変え、自ら縮小し、卵になる。
そして、その無敵の装甲で、陸上ならば転がり、水中ならばスクリューとなって推進することができる。
しかし、九瓊はこの時、行き先のセットを間違えてしまったのだ。
「目が覚めたら仏蘭西とエゲレスの間、ドオベルという名の海峡(ドーバー海峡)の真ん中でした」

「あらら……しまった。わたくしったら、また下手を打ってしまった!
品川沖の潮の流れの計算で2日も徹夜しましたので……ついうっかり。
卵から出たら海のど真ん中でしたの……
ほほほ🎵
でも、それなら、行きがけの駄賃に敵状視察をしようと思いまして。
それで、どちらがエゲレスで、どちらが仏蘭西かわからなかったのですが、とにかく泳いだらエゲレスでした。
ほほほ🎵
『ああ!!この人は、確かにわたくしの母上様だわ……』
九三は安堵した。
九瓊のキャラは全然変わっていなかったのだ。
「エゲレスの、倫敦という街の郊外に1年潜みました。
東洋人は殆ど居なかったので、ここは大変でした。
敵の言葉を覚え、綿密な下調べをしたのです」
と、九瓊はお茶を飲み干すと、数乃にお代わりをねだった。
「しかし、当初は着の身着のまま……貨幣とて持たぬ身で、さぞや難儀したであろう?」
田沼が呆れたように、しかしどこか感心した風に尋ねた。
「何、問題ございませぬ。
敵の軍舎へ夜陰に紛れて忍び込み、『糧食』も貨幣も、望むがままに調達しておりました故」
九瓊は事も無げに、悪戯っぽく笑った。
「ただ、此度こそ敵艦隊を撃退できましたが、またしつこく日の本を狙って来るようでしたら面倒です。
その前に敵の大将に脅しをかけておこうと考えまして…」
🍸🍸🍸
🎼🎹ここからのテーマ曲です。
宜しければお聴きください
✏️ Live & Let Die.
( 作詞・作曲 )ポール・マッカートニー
( 歌 ) ビリー・ジョエル
🇬🇧
ある夜、九瓊は、セント・ジェームズ宮殿に単身乗り込み、就寝中の英国王、ジョージ2世の寝込みを襲った。

"I am a ninja from Zipangu."
(私は、日の本から来たニンジャだ)
"W...What did you say?"
(な…なんだと?)
"Do not underestimate Zipangu.
(日の本を舐めるな)
I could take your life at any moment, just like this.
(このように、お主の命などいつでも消せるのだ)
Never dare to attack Edo again."
(二度と江戸を攻撃しようなどと思うな)
"I... As you wish."
(あ…あいわかった)
🍸🍸🍸
5年も母国を離れていた九瓊であった。
英語の部分の説明はついうっかり英語になってしまった。
一同が唖然とする中で、膝を叩いて頷きながら大笑いしている男がいた。
平賀源内だった。
「あら?わたくし……うっかりエゲレス語でご説明してしまいました。
ご無礼をお許しくださいませ」
一同に頭を下げると、九瓊は源内に話しかけた。
"Do you understand English, sir?"
源内は答えた。
「イヤス。マダム。
デス イズ アブソルウトリイ スリリング。スプレンデッド インデード」
"Pfft🎵 What a terrible accent.
(ぷっ🎵酷い発音)
But you're self-taught, aren't you?
(でも、独学ですわよね?)
That actually makes it all the more impressive."
(それだけにむしろ凄いわ)
「タンク ヨー ソー マッチ マダム」
源内は、先程の九瓊の話しを、皆に和訳した。
「かたじけのうございます」
と、九瓊は源内にお礼を言った。
「お知恵の回る殿方様は、どうしてこうも、おなごの心を惑わすのがお上手なのでございましょう。
……これまで『ルイ』のような、愚鈍な阿呆のお相手ばかりしてまいりましたゆえ……
源内様のその優れた智力が、妙にまばゆく映るのかもしれませんね。
まして……男前(=ikemen)!」
「母上様!」
おくみが怒りの声を上げた。
「源内様に失礼です」
顔を真っ赤にして本気で怒っているおくみを見て、九瓊には娘の胸の内が手に取るように理解できた。
言われた源内の方も、年上の美貌の忍びから向けられた露骨な色香と揶揄いに、どうしていいか分からず顔を赤らめている。
「ほほほ🎵
とんだご無礼をいたしました。
源内様、ふつつかな娘でございますが、末永くよろしうお願い申し上げます」
「えっ?!」
「は……母上様っ!」
あまりの急展開に、純情な二人が揃ってうろたえる様子を見て、緊張の解けた残りの者たちはみな苦笑を堪えるのに必死であった。
田沼などは、笑い顔を見られまいと、必死に顔を反けている。

「それで、エゲレスは片付きました。
その時、敵の殿様『ジョージ2世』の頬に、匕首で小さな傷を残してやりました。
備忘録として……夢夢忘れぬよう」
「天晴れである」
と、今度は田沼が晴れやかな顔で頷いた。
「その者の首を獲って来るよりも効果があるな」
「御意」
と、九瓊はこうべを垂れた。
🇫🇷
そこで、すぐに追っ手から逃れてdo-te-raを使い、今度は仏蘭西の巴里に赴きました。
巴里にはわずかに中国人が住んでおりました。
いかにも中国人らしく皆、頭脳明晰で親切な者ばかり。
国王が『シノワズリ』という中国文化のマニアでしたので。
ゆえに巴里は、倫敦よりは潜伏が楽でした。
ただ、今度は仏蘭西の言葉を覚えるのに2年かかってしまいまして。
でも、首尾よく、敵の殿様をきっちり手懐けることには成功いたしました」
「巴里から馬車で3時間ほどで、敵の殿様の、ヴェルサイユ宮殿に着きます。
ここでも『ルイ15世』を脅したのですが……」
「ふっ🎵」
ここで九瓊はつい思い出し笑いをしてしまった。
怪訝そうな田沼は無視して、九瓊は話しを続けた。

"Je suis une kunoichi de Zipangu."
(私はジパングの女忍者だ)
"Q... …Quoi ?"
(な……何だと?)
"Ne sous-estime pas Zipangu. "
(ジパングを侮るな)
"Je pourrais t'ôter la vie à tout moment, tout comme ceci."
(いつでもお前の命を奪うことなどできるのだぞ、ちょうどこのように、な)
Ne t'avise plus jamaisd'attaquer Edo."
(二度と江戸を襲おうなどと思うな)
"Je... …Comme vous le souhaitez.
(わ……わかりました。仰せの通りに)
C'est mon cousin de Rohan qui a fait ça de sa propre initiative, sans même m'en avertir.
(あれは、従兄弟のド・ロアンが、余に断りもなく勝手にやったことだ)
"Et puis, après cette bataille, on a compris qu'il n'y avait pas de l'or dans le château d'Edo. C'était une mort inutile."
(それに、あの戦さのあと、江戸城には金(きん)などないことがわかった。無駄死にだったのだ)
九瓊は、ルイの頬にも小さな傷を残し、立ち去ろうとした。
傷は英国王と同様に、数日で消えるだろう。
「さて…これで役目が全て終わりましたので、日の本に帰れると思ったのですが……」
九瓊はここでもふっ🎵と思い出し笑いをした。
「その時、国王が私の手を掴んで哀願したのです。
"Vous êtes magnifique. Vous êtes ma déesse.
Je vous en prie, devenez ma maîtresse."
(そなたは美しい。我が女神よ。
頼む、余の側室(そばめ)になってくれ)
ここで九瓊は空を向いて笑った。
「ホントにもう、この時のルイったら……笑えるのですよ。大真面目な顔で言うのですから」
あはははは🎵と笑いながら、無反応な観客を置いたまま九瓊は話しを続けた。
「そ…それで、お母様はそんな男の妾になられたのですか?」
とおくみが尋ねた。
「まさか!今の今まで、その時以外は指一本触らせちゃいないよ。
とにかくこのルイという王様がね、女好きで凄いの。
後でわかったのだけど、誰にでも同じ事を言うのよ。
大奥も持っていて、沢山の女を侍らせていたわ。でも、一人一人に本気なの」
ぐいっと一息に残りの茶を飲み干すと、九瓊は話しを続けた。

「だから、気を持たせておいて取り入り、その後も度々寝室に遊びに行ってやったのさ。
そのうち、私は王様の愚痴の相手になっちゃった」
「相変わらず大胆不敵な……」
と田沼が呆れたように言った。
「殿様、そのような次第でご報告が遅れまして申し訳ございません。
しかし、今のところ、エゲレスと仏蘭西がこの日の本を攻めて来る事はございませぬ」
「ほう……」
と一同から安堵の声が上がった。
「なるほど……しかし、なぜそう言い切れるのか?」
と田沼が尋ねた。
「はい」
と、九瓊は再び語り始めた。
🫖🫖🫖
「そのうち、密かにルイ国王が私を在仏中国人として登録してくれ、住まいや生活費も融通してくれるようになりました。
その間、私は仏蘭西はもとより、オイロッペのあちこちの国を探査して参りました」
「ふむ」
このくだりは田沼には面白くなかった。

存在でもあった。
探査が目的とは言え、大切な部下を盗られてしまったような嫉妬心があった。
それには無頓着に九瓊は続けた。
「そのような事よりも、殿様!
今やオイロッペは大変なのです。
この仏蘭西と、それからオーストリア……おっと、日の本でいう白耳義(=ベルギー)の向こうの主、オーストリアという国と、魯西亜の3国の連合と、プロイセンとエゲレスの2国の連合の大合戦が始まってしまったのです」
「な……なんと」
「今年の皐月、こちらでいう宝暦六年の五月にエゲレスが仏蘭西に宣戦布告をしまして。
今、ルイたちが大変なのです。
ですから今やオイロッペは、わざわざ何ヶ月もかけてこの日の本まで攻めてくる余裕などございませぬ。
この戦さは、まだ何年も続きそうです」
「な……なるほど」
「それに……ルイは……ルイ国王は本当にダメな男で、ポンパドゥールという一番のお気に入りの妾に翻弄されております。
すべてがこの馬鹿女狐の言いなりなのです。
『マイトレス・アン・ティトル』公妾と言う、立場を利用して悪政ばかり」
「ほう……まるで、堀を埋めさせた淀君のようじゃな?」
関孝和が口を挟んだ。
「先生!まさに!座布団を1枚どうぞ」
九瓊は手を叩いて喜んだ。
「ん?座布団ならば既に敷いておるが?」
「あ、これは失礼いたしました」
九瓊は頭を掻いた。
「巴里の、巴里王宮(パレ・ロワイヤル)という繁華な街で流行しているギャグでした。
『オー・ギ・リ(=Haut - Gui - Ry)というショウで、芸人の冗談を評価して、クッションを取り合う芸能でございます。

オー・ギ・リはその後
江戸で大流行のショウとなった。
「結論として、私の見立てでは、この戦さでは、仏蘭西はエゲレスに大敗するでしょう。
ルイにはとうに匙を投げましてございます。
あれからさらに2年もの間、いくら知恵を授けても、ポンパドゥール……あの女狐の言いなりでは、もはや付ける薬もございませぬ」
九瓊は、かなり悔しそうな表情で言った。
田沼はニヤリと嬉しそうに笑った。
「左様か……しかし様子はあい分かった。あとは他国の為すこと。放っておけばよい。
お主は本日から帰還せよ」
「恐れながら……」
と九瓊は言葉を返した。
「オイロッペの国々の争いの元凶の方が気になりまして……」
「なんと?」
「殿様、室町の大乱(応仁の乱)が終わってしばらくした頃、今から二百五十年も昔の話しでございます。
コロンブスという男がオイロッペから海を渡って、亜墨利加(あめりか)という大陸を見つけたのです」
「うむ。それは存じておる。既に幕府も注目しておった」
「実は隠された富があるようです。
それを巡って、エゲレスや仏蘭西が以来縄張り争いを続けていました。
今回の戦さ(=七年戦争)の元凶もそこにあるのではないか?と」
「上様、オイロッペの軍難、その行く末はおおよそ見極めがつきましてございます。
されど私、いささかこの亜墨利加なる新天地の富が気に掛かりまする。
西欧の列強どもが命を賭してまで貪り合おうとする、その富の正体はいかなるものか、是非とも突き止めとう存じまする。
そのままエゲレス語も、仏蘭西語も通じます。
何卒、かの地への探索の命を下し置かれますよう、伏してお願い申し上げ奉ります」
「うむ。しかと聞き届けた。今宵一晩、熟考するゆえ、明朝の沙汰を待て」
九瓊は再度平伏して、長い帰京報告を終えた。
🐟🐟🍶🍣
ここで、長らく待たせた夕餉の膳を田沼は宿の者に命じて運ばせた。
その場にいた者たちは、身分をわきまえて部屋から下がろうとしたが、ここでも田沼が
「ひとりで食っても美味くはない。
このタヌイと一緒に膳を囲め」
と言って一同を優しく引き留めた。
おくみの勤める寿司屋からは、明日のために特別に仕込んであった新鮮な魚料理が次々と運び込まれた。
あまりにも久しぶりな本物の和食を前にして、九瓊は思わず感涙を浮かべて喜んだ。

そんな九瓊の隣には、おくみがずっと寄り添うようにして片時も離れずに居た。
やがて賑やかに酒が酌み交わされ、互いの労をねぎらう宴は夜が更けるまで尽きることなく続いた。
🎼🎹ここからのシーンに相応しいと作者が勝手に思う曲を、用意いたしました。宜しければお聴きになりながらお読みください。🔽
✏️Let It Be
( 曲: The Beatles)
( 演奏 : パーシー・フェイス・グランドオーケストラ)

翌朝、各々は身支度を厳かに整え、昨夜の狂乱が嘘のように静まり返った大広間へと集まった。
いよいよ、歴史の裏で動く極秘の集会が始まる。
田沼意次は床の間の前に威風堂々と正座し、それを迎える一同は張り詰めた空気の中、畳の上に深く平伏した。
田沼が
「これより沙汰を下す。一同の者、心して聴くように」
と重みのある声で告げると、誰もが一言の物音すら立てず、無言のまま再び頭を畳へと深く擦りつけた。
「これより、今後の諸事について申し渡す。一同、厳に拝聴せよ」
「まずは……関孝和翁」
「ははっ」

「この度の時の旅、大義であった。
また、何ら咎なき身でありながら水軍どもに拉致され、災難であったな」
「もったいなきお言葉、身に余る光栄に存じます」
「そこで……貴殿には、ウパグロッツの民が再び天より迎えに来るその日まで、この江戸の地で平穏に過ごせるよう手配を調えさせた」
田沼はふと口元に手をやり、威厳に満ちた声で言葉を続けた。
「平賀が住まう長屋の隣を空けさせたゆえ、本日よりそこへ身を落ち着けるがよい。
また、これよりは名を『関高 数(せきたか かず)』と改め、そう名乗るのだ。
逗留の間の諸用入用はすべて余が支給する」
「有り難き幸せ。この御恩、決して忘れません」
関高数は深く感じ入り、畳に頭をこすりつけるようにして平伏した。
源内も大喜びで顔を上げた。
「関……関高先生!大歓迎にございます。
殿、恐悦至極に存じます。」
田沼は無言のまま頷いた。
ここで、おくみが関高の前に進み出て、小さな巾着を渡した。
「もはや形見ではなくなりました。プラテイナでございます。
これを先生にお委ねいたします」
「あいわかった」
関高はそれを受け取った。
「次に……銭平」
田沼が呼んだ。
「ははっ」

「その方、これまでの見事な働き、誠に大義であった。
勇猛にして冷静沈着。
何より徒党を裏切らず、法と信義を重んじるその姿勢、誠に天晴れである。
内に秘めたる強い正義の心、そしていかなる逆境にあろうとも最後まで諦めぬ不屈の精神……実に見事、見事であるぞ。
本来なれば武士の列に取り立てるべき功績なれど……」
田沼がそこまで口にした時、一瞬、銭平の顔が複雑そうに曇った。
それを見逃さず、田沼はふっと目元を和ませて言葉をかける。
「……案ずるな、銭平。お主の心中は分かっておる。
お主は昔から、堅苦しい武士という生き方が、『でえっ嫌え』であったな?」
図星を突かれた銭平は、きまり悪そうに頭を掻きながら笑った。
「はは……滅相もございやせん。
……まあ、お見通しでございますかい」
「よきかな。
ならばお主が窮屈な思いをせぬよう、計らいを授けよう。
平民の籍のまま名字『浅形』を名乗り、帯刀を許す。
また、本日より余が直属の特命御用達に任じる。
さらに、江戸の町人を統べる最高峰、『町年寄』の格を授け、破格の扶持を終身支給するものとする。
これよりは奉行所の役人どもとて、お主をただの町人と侮り、無礼を働くことは断じて許されぬ。
この江戸の町で、余の目となり耳となり、存分にその腕を振るうがよい」
「も、もったいなきお言葉……!
ありがたき幸せに存じます!」
銭平は、己の気性をどこまでも理解してくれている田沼の粋な沙汰に激しく感激し、震えながら深く平伏し涙した。

「……次に九瓊」
「ははっ」
九瓊は無言のまま、深く平伏した。
「そこもとには、褒美と処罰の双方を与えねばならぬ」
九瓊は微動だにせず、ただ静かに拝聴している。
「まずは仏蘭西の戦艦二十隻を、命を賭してことごとく沈めし功績、誠に天晴れである。
その方の忠義に対し、一族へ相応の報奨を遣わすものとする」
「もったいなきお言葉……」
九瓊は静かにこうべを垂れた。
「一方で、我が軍の差配に反し、己が勝手な判断をもって単独で無謀な行動を取りし罪、これは重い」
冷徹に言い渡される言葉に対し、九瓊は顔色ひとつ変えず、ただ微動だにせず田沼の言葉を受け止めている。
田沼は続けた。
「武士にあらざる故、切腹は許さぬ。
その代わりに極刑に処す。
所払い、遠島、すなわち島流しの刑である」
厳たる宣告に、おくみの心臓がドキンと跳ね上がった。
「九瓊!」
「はっ……」
「軍紀軍律を乱せし罪により、亜墨利加大陸への島流しを申し付ける」
「きゃっ……♪ほほほ🎵」
あまりに風変わりな極刑に、九瓊は思わず小さく吹き出してしまった。
「本来ならば終身の刑なれど、オイロッペにおける探索活動の功績はさらなる報奨に値する。
よって、亜墨利加大陸への遠島は一年を期限とする。
ただし、流刑地にあっても幕府のための探索活動を怠るな。
ゆえに、幕府所有の外貨を遣わす。
伺候・報告のための帰国は任意とし、探索の首尾によっては、その方自身の裁量で任を終えても構わぬものとする」
「……謹んで、お受けいたします」
九瓊は顔を伏せたまま、にやりと不敵に笑った。
元より己の意志で、まだ異国の地に留まり、暗躍するつもりであった身だ。
お咎めどころか、公認で大陸に渡れるなど願ってもない計らいである。
「いいなー、叔母上様……羨ましい」
その様子を側で見ていた数乃が、羨望の眼差しで小さく呟いた。
「そうなりますと、あの do-te-ra は、しばらく九瓊殿が所有された方が都合がよろしいな」
関高 数が横から言葉を挟んだ。
「田沼様、宜しいでしょうか。
亜墨利加への移動の手段でもございます故」
九瓊は田沼を見上げて言った。
関高は、複雑な表情で申し添えた。
「しかし、これが某(それがし)の元に戻らねば、過去へと遡って そこもとの祖先へ委ねることが適わぬ。
……つまりは、巡り巡って今ここにいる そこもとを救うことが出来なくなるのだぞ」
「その辺りは抜かりなく……」
九瓊が不敵に答えた。
「まあ、よい。『次の未来』に生きるそこもとの為にも、必ずや生きて無事に戻られよ。
そして、その防具をしかと拙者にお返しいただこう」
関高は九瓊にウズラの卵大のカプセルを渡した。
「御意」
九瓊はすべてを見通したように、深く微笑んだ。
🎼🎹ここからのシーンに相応しいと作者が勝手に思う曲を探して参りました。
宜しければお聴きください。🔽
✏️ 翳りゆく部屋
( 作詞・作曲 : 荒井 由実)
( 歌 : MOEKA)
「さて……九三」
田沼は、おくみの名を呼んだ。

このあと、田沼の口からどのような指示が出るか……
おくみは静かに覚悟を決めていた。
これで平賀源内を調査する探査任務は終わりを告げた。
今日からはまた、別の新たな任務に就くことになる。
源内たちとは、もうこれでお別れなのだ。胸が締め付けられるように辛い。
しかし、それこそが己の生きる忍びの定めであった。
「九三」
「はっ……」
おくみは深く平伏した。
先ほどとは逆に、今度は母親である九瓊の心臓がドキリと跳ね上がった。
「平賀源内が探査任務、実に見事であった。ご苦労。これにて、その方の任を解く」
「ははっ」
おくみは溢れそうになる感情を堪え、平伏したまま微動だにせず返事をした。
「新たなる任務については、追って別途差配する。それまで、しばし身体を休めるがよい」

涙を必死に堪えている九三の横顔を見て、銭平は痛ましそうに顔をしかめた。
しかし、忍びの者と、その調査対象。それは本来、決して許されぬ、交わるはずのない恋であった。
また、目の前で打ちひしがれる娘の姿は、母である九瓊の心をも深く抉っていた。
この時ばかりは、過酷な忍びの家系にこの娘を産み落としてしまった己の宿命に、強い後ろめたさを覚えざるを得なかった。
だが……忍びとは耐え忍ぶ者、今はただ平然を装うほか狂いはない。
この瞬間、九瓊は生まれて初めて、胸の奥底に眠っていた本当の自分の気持ちに気がついた。
もしかしたら……私は、ルイを愛していたのだろうか、と。
必要な任務をすべて終えた後もなお二年の長きにわたり、仏蘭西の地に残り続けたのは、他でもないこの感情が私を縛り付けていたからなのだろうか。
しかし、それもすべては過ぎ去ったことだ。
「ふっ♪」
九瓊は心の中で自嘲気味に笑った。
それがもし本当に恋と呼べるものだったとしても、いずれにせよ疾うに終わった過去の遺物。
しかし……我が身がそうであったからこそ、せめて愛する娘の恋だけは、どうにかして成就させてやりたかった。
源内は終始押し黙っていた。
その胸のうちは、はらわたが煮えくり返るほどの激情に満たされていたが、心の奥底から湧き上がるその猛烈な怒りが、皮肉にも彼を凍りつくほど冷静にさせていた。
『ふざけるなよ……お前がそのつもりなら、どこへなりとも行くがいい。
だがな……俺は諦めねえ。
俺は必ず……おくみ、お前を見つけ出して見せる』
源内は心の中で、そう静かに、しかし烈火の如き決意を固めていた。
🍸🍸🍸
「数乃……」
淡々と、田沼が呼んだ。

「此度の活躍、実に見事であった」
「ははっ……勿体なきお言葉、身に余る光栄に存じます」
「うむ。そこもとには十分な褒美を取らせよう。
また、本日をもって忍びとしての位を一段上げる。
これより、そこもとは一人前のくノ一である」
「きゃーっ♪ やったぁ!」
嬉しさのあまり、数乃は場も弁えずつい大声を上げて飛び上がった。
「………して、これより新たな命を下す。今日からは、九三がこれまで担っていた任務のすべてを、そこもとが引き継げ」
「御意」
それは重大な新任務であった。
しかし、数乃は驚く風もなく、その令をあっさりと受け入れた。
あたかも事前にそれを知らされていたかのように。
「九三には別途、新たなる任務を与える。ゆえに、これまでの探査任務はそこもとが引き継ぐのだ」
「ならば、本日より、お前は『十六夜』を名乗るのだ。『十六夜の数乃』と」
九瓊は微笑みながら数乃に言い渡した。
田沼は数乃に目配せをした。
数乃は微笑とともに小さく頷いた。

「そして、平賀源内」
「………」
源内は無言を貫き、一切の表情を崩さなかった。
「この度の活躍、実にあっぱれである」「………」
やはり源内は答えない。
「その方にもしかるべき褒美を取らせよう。
ところで、その前に、今回の密命により、お主は銅山水軍からも命を狙われる立場となってしまった。これは関高先生も同様である」
「そのようなことは、どうでも構いません」
源内は不満を隠そうともせず、ぷいと横を向いた。
「いや、もはやお主一人の身体ではないのだ。
お主と関高先生には、今後も幕府の知恵袋として大いに働いてもらわねばならぬ」
「嫌だと申したら?」
源内はギロリと田沼を正面から睨み据えた。
「愚か者、この余に背くか?」
「その前に、人として……許されることと、決して許されねぇことがあるのではねぇんですかい?
例えこの身を支配しても、心は支配させねえ」
その言葉に、田沼は声を荒げた。
「無礼者めが!
お主たちは、すべてこの余の道具である。背くことは許さぬ」
源内は田沼を睨みつけた。
委細構わず田沼は続けた。
「しかし……道具ならばこそ、壊さぬよう大切に使わねばならぬのだ。
そこで、お主と関高先生には、専用の警護人を配備することとした」
「そいつは有り難てぇこって。へっ……
しかし、護衛が後ろでうろちょろしてようが、俺ぁこれまで通り勝手にやらせていただきやすぜ」
「警護の拒否は認めぬ」
田沼は音を立てて立ち上がると、凄まじい威圧感を放つ声で源内をビシッと指差した。
そして、その指を今度は低頭するおくみへと滑らせ、堂々と、怒鳴りつけるように宣告した。
「九三!新たなる任を命ずる。
本日より、この二人……平賀源内と関高の専属警護人に任命する!」
「え?!」
「はあ?!」
「うお!」
「ええええええええ?!」
「うっひょーー」
「……………!!!!!」
🍸🍸🍸
🎼🎹ここからの曲です。
ぜひお聴きになってください。
【江戸の燕】フィナーレを飾るのはこの曲と当初から決めておりました。🔽
✏️ ANNIVERSARY
〜無限にCALLING YOU〜
( 作詞・作曲 : 松任谷 由実)
( 歌 ) りあ
あまりの急展開に、その場にいた一同は呆気に取られ、ただ驚愕の声を漏らして言葉を失うほかなかった。
「………!!!!」
おくみは声にならない叫びを上げた。
「よいか、九三!
本日より、お主は、特にこの平賀源内の身辺を警護するのだ。
関高の面は水軍に割れてはおらぬ。
この平賀から片時も離れるな。
寝食を常に共にし、一瞬たりとも目を離してはならぬ。
おくみは、首をぶんぶん縦に振っている。
そのまま首がどこかに飛んで行くのではないか?という勢いである。
そして己が身に代えてでも、その平賀の命を全力で護り抜くのだ!
期限など与えぬ。未来永劫の任である」
さらにぶんぶん、ぶんぶん、おくみは首を縦に振り続け、そして涙とともに爆発するような笑みを見せた。
「うおおおおおおおっ!」
あまりの衝撃に、源内は地響きのような叫び声を上げた。
一方のおくみは、頭が真っ白になり
首を縦に振り続けながら
「は……は……はい」
と、辛うじてそれだけの声を絞り出すのが精一杯だった。
呆然自失となる二人を見下ろし、田沼はさらに傲然と言い放った。
「人の心は支配できぬだと?よくぞ抜かしおったな、源内!
この余の支配から逃れようなどとは不届千万!
九三、一昼夜、一年中、いかなる時もこの不忠者を見張れ!」
おくみは首を縦にぶんぶん振り続けている。首がいくつあるのだろう?
「そのために、お主たち二名に、余が直々に命を下す。
たった今、お主たち二人は めおと となるのだ。拒否は一切許さぬ!」
「はははーっ!うあああああ!!」
「……………!!!うわーん!」
「ふん!」
田沼は怒った顔を作り出した。

「と……殿様」
源内はおくみと並んで平伏した。
「ご無礼を平にお許しください」
「やかましい!既に遅いわ!この不届者めが」
そう一喝する田沼の口元は、いまにも漏れ出しそうな笑いを必死に堪えて震えている。
その横で、おくみは感情が決壊したようにひたすら号泣していた。
二人の様子に、これまで固唾を呑んで見守っていたその場の者たちも耐えきれず、次々と満面の笑みで拍手を始めた。
「九瓊!」
「はい」
田沼は九瓊を見て優しく笑った。
「褒美は一族に遣わすと申した。
これこそが、その方らへの褒美ぞ」
「……恐れ入りました」
九瓊は涙を浮かべた笑顔で、深く平伏した。
「平賀!」
「ははっ」
「お主への褒美は……」
「恐れながら。
関高先生が隣人となり、そして九三が我が妻に。
これ以上の褒美は何も望みませぬ」
「黙れ、愚か者!」
「ははっ」
「お主には、専用の人形浄瑠璃小屋を遣わす」
「ええええええええ?!♪」
源内よりも早く、おくみの驚愕の声が裏返って響き渡った。
「そ……それは、ありがたき幸せに存じます」
「うむ。ただし、木戸銭の売り上げは余と折半である」
「げえええええ? ちゃっかりしてやがる……がめついなぁ」
「やかましい。今は幕府の台所も大変なのだ。
その売り上げで、関高先生の生活費と九瓊の遠征費を賄うのだ」
「おっとぉ! こりゃあしてやられましたな」
源内は呆れ果てたように、しかし嬉しそうに泣きながら笑った。
「拙者……生涯、殿様に道具としてお支えいたします。我らをどうぞ夫婦茶碗としてお使い下され」
おくみも首を縦にぶんぶん振った。
「があっはっはっはっはっ」
田沼は堰を切ったように豪快に笑った。
「よし、これにてすべての詮議は終えた。只今より祝言を始める」
「ええええ?!今からですか?
「そうだ。善は急げと言う」
「数乃。手配はできておろうな?」
「はい。殿様。すべて整っております」「よし、それでは余の命令じゃ!
花嫁に衣装を」
「畏まりました!」
おくみは、事前に田沼と数乃が秘密裏に用意していた白無垢の花嫁衣装に着替えるため、急ぎ別室へと姿を消した。
大広間に豪華な料理が運ばれ、前夜に続く宴となった。
✏️能楽「高砂」
(作詞 )世阿弥
曲なし

この浦舟に 帆を上げて
この浦舟に 帆を上げて

波の淡路の 島影や

はや住吉(すみのえ)に 着きにけり

【完】
【カーテンコール①】
つつがなく式がお開きとなり、そこからはじまった宴は、いまや最高潮に達していた。
誰もが酒を酌み交わし、唄い、踊り、この奇跡のような祝言に男も女も関係なく感動の涙を流している。
その誰もが理性を忘れた大喧騒の中で、ただ一箇所、おくみは源内の目の前にしとやかに正座し、三つ指をついた。
白無垢の衣擦れの音さえ聞こえそうなほど、彼女のまわりだけが神聖な空気に包まれている。
「旦那さま……。
ふつつか者ではございますが、末永くよろしゅうお願い申し上げます」
「う……、うむ! うん、うん! 🎵
俺のほうこそふつつか者だ!うん。
ふつつかの二乗だ。よろしく頼む!」
源内もまた、感激と興奮で胸がいっぱいになり、気付けば最高の笑顔を浮かべていた。
「ただ……ひとつだけ。
ひとつだけ、旦那様に前もって申し上げたきことがございます」
「んーー? 何だい、改まって。
何でも申せ、我が妻よ」
愛おしそうに身を乗り出す源内に、
おくみはどこまでも穏やかな、しかし一点の曇りもない輝く目で見つめ返した。
「はい……。
この先、生涯をかけて旦那様に末永く添い遂げさせていただきます。
が……。
もし、私という妻の存在を知りながら、旦那様に不埒な心で近づこうという卑しき婦女子が現れました時は……」
「え……っ!?」
あまりに物騒な仮定に、源内の顔色が一瞬で変わった。
「その時は、その、をなご奴め のお命は……残らず、確実に頂戴いたします」「げ……、げぇっ……!」
引きつる源内を前に、おくみはふふっと愛らしく微笑むと、正座した腰の下に敷いた自身の左足をそっと指差した。
「私には、お上から賜った『許可証』がございますゆえ。
不届な不貞の輩はすべて、公認で排除せねばなりませぬ。役目でございます」
「ひゃーーーーーっ!!」
どんなに呑んでも酔わなかった源内の極上の酒が、その一瞬で、跡形もなく綺麗さっぱり冷め渡った。
「その毒虫女には、死に損なうことすら
私が許しませんゆえ。
即座にあの世の月を見て頂きます」
九三は真顔で言った。
その瞳には、一片の躊躇もなかった。

【カーテンコール②】
🎼🎹カーテンコールの曲です。
お聴きください。
✏️ FOR YOU
( 作詞・作曲 )尾崎 亜美
( 歌 ) 尾崎 亜美
🍸🍸🍸
天和2年(1682年)甲府。関孝和邸。
「お九。おーいお九」
「はい。旦那様」
「今宵は、殿が設けて下さった、拙者の偽りの葬儀である。つつがなく頼むぞ」
「お任せ下さいませ」
関夫人は無表情で答えた。
「その後、水軍の奴らが捕まるまでは我々は身を隠す」
「はい」
「ところで、良い機会である。
この際ついでに遺言を言い渡す」
「旦那様……」
「まずは、この巻物の術を残す。
『灰・泥・地・炎の術』と申す。
それからこの、かんざしである。
さらに……」
関孝和は、娘の寝顔を見ながら妻に伝えた。
「子孫たちの名を、今から決める」
関は微笑みとともに、五歳になる娘の寝顔を見た。
「我が娘……九零(くれい)の子
つまり我々の孫の名は、九一智(くいち)とする」
「まあ…」
「聞け。さらにその娘の名は、九瓊(くに)である」
「心に書き留めます」
「うむ。さらに、その娘の名は……くみ
そう、九三じゃ。その従姉妹は数乃。
また、昨日他界した事になった拙者、関孝和の子孫であることは、その者たちには伝えるな。秘匿せよ。
本日より、関の名を隠せ。関一族は絶えた。我らは『紺の一族』を名乗る」
「畏りました。そのように致します。
でも……わたくしの内に眠る甲府忍びの血脈と、あなた様が極められた数理の叡智。
その双方を受け継いで生まれてくる子供たちでございますね。
いったいどのような、数奇で輝かしい人生を歩むのでしょう」
そう言って愛おしそうに未来へ想いを馳せる妻の横顔に、関もまた穏やかな眼差しを向け、語りかけた。
「お九……未来とは、予め誰かが書いた筋書きで決まっているのではない。
確定していないのだ。
いつの日かそれは数理が証明する事になるだろう。
つまり、未来とは、我々自身が創り出すものなのだ。
お九は微笑みながら頷いた。
「そうですか……そのお言葉を、わたくしは信じます」
「うむ。しかしな……
みな、とても溌剌としていた。自分で創り出した生を生きていた。
未来は……楽しかったよ」

【江戸の燕Season3】完
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