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【第七話】押忍❗ワイの漫画家物語 ~初めての出版社まわり、漫画持ち込み編🔥

大学4年の冬休み。
ワイは、大阪へ帰省する途中、千葉の友達の友達の家(頼れるものはなんでも頼った😅)数日泊めてもらった。

理由はひとつ❗

東京で、漫画の持ち込みをするためだ👊


大学を卒業したら、東京へ行って漫画家になると決めた。
ならば、
『高橋幸慈が東京に出てきましたでぇ~!
よろしゅうお頼み申し上げます🙇』

と色んな出版社に顔を売ろうと思ったわけですw

今、考えたら『何様やねん?💢』って感じですよねぇ~🤣

🗼【なぜ東京へ行くしかなかったのか?】✈️


当時は、現代のような環境はなかった。

携帯もメールもSNSもない。

漫画賞に応募しても、
編集の目に留まるレベルでなければ、
返事すらもらえない。
せっかく送っても、 結果は『スルー』。

どこが悪いのか?
何が足りないのか?
何を直せばいいのか?
何もわからない💦

友達に見せても同じだった。
『うーん…いまいち。』
それだけ。

ワイの作品未熟なのは分かっていた、

——でも、

『どうしたらもっと面白くなるんだ?』
『今のワイに何が足りないんだ?』

と常に考えていた。

『地方にいたら、一生上達はあり得ない❗』

『プロの指導を仰ぎたい❗』

ずっと、そう思ってたんだが......

——しかし現実は、こうだった。

出版社のほとんどは、東京である。
東京に住んでいれば、
✅原稿を直接持っていける
✅編集に会える
✅その場でアドバイスがもらえる

つまり、東京は

プロに見てもらえる『唯一の場所』だった。

プロの言葉は友達100人の感想より重い!


それくらい価値があるんだ💪

どうせ働きながら漫画を目指すなら――
地方で孤独に描くより、東京で、プロの近くで描こう❗
アシスタントにも入りやすいはずだ❗
(当時は先ず、アシスタントになりたかった😆)

そう思った。

ワイの中で、
『東京へ行く』という選択は、ではなく、

必然になっていたんだ。


写真はイメージです。東京駅もこんなじゃなかったよねぇ~😆

📞【弱気な新人、あえて“小さな出版社”へ(笑)】


そんな、強気ワイやったんやが、

失礼な話、
『でっかい出版社はワイみたいなもんは相手にもしてくれんやろ、先ずは小っちゃい出版社でアットホームなところに売り込もう』

......いや、今思えば、小さい出版社にかなり失礼な偏見でした💦

上京前、ワイは3社ほど出版社に持ち込みの予約を取っておいた。
持っていったのは、16ページのギャグ漫画。

パチンコ『オレたちひょうきん族』のパロディ👊

東京へ行く名刺代わりに描いた、『気分はパチプロ!』P16😆


今、思えば……

よく、これもって行ったな、ワイ😅


※後程、外伝として、このギャグ漫画を公開いたします❗
(これ持って行ったの?度胸あるなぁ~と笑ってもらえれば幸いです。)

😨【現実は甘くなかった。門前払いの連続⤵️】


そして始まった、出版社巡り。

今ではもう、どの出版社に持っていったのかも
覚えてないんだけど、めちゃくちゃ緊張💦してたのは
覚えている。

そして、ここで『現実』を知る...

まず――予約して行っても、

編集者は遅れてくる。


今思えば、編集さんは漫画家に合わせて動いているので忙しい。
時間は常に変動しているのだ。しょうがない🙇‍♂️

編集部の片隅で、原稿を抱えて、ただ待つ。

『なめられてるんだろうなぁ...』

被害妄想もくもく湧いてくるw

写真はイメージです。


周りには、本や資料がいっぱい。
忙しそうに働く編集者たち。

自分だけが、場違いな存在のように感じる。
この待ってる間、だれも話しかけてくれないし、

『お茶』も出してもらえなかった...


やっと来た編集者が、
原稿を手で持ったままパラパラと読み、

『うーん……まだまだだな』
『このレベルじゃ、うちでは載せられねぇな』

冷たい東京弁終わり。

技術的なアドバイスもない。
何が悪いのかも言われない。

当然『名刺』も、もらえない😭

全く相手にしてもらえなかったのだ。


これを、三社連続で経験した😭

想定はしていたよ。今のワイはこんなもんだって...

でも、やっぱり――

『前途多難やなぁ...』と心細くなった…


🔥【若いって素敵💕負けず嫌いの炎】


ただ、不思議なことに。
落ち込んだ先に、こうも思った。

『心配すんな!東京に出てきたら、
めきめきレベルアップしてやっから👊』


三社とも、会話は数分。
思ったより早く終わってしまった。

時計を見ると、まだ昼過ぎ。
『もう一社、回れそうやな……。』

その時、ふと思い出した。
📝週刊ヤングジャンプ、『持ち込み歓迎』の記事。

『こうなったら、当たって砕けろや‼️』



ダメ元で、公衆電話から電話してみた。

『あの、これから持ち込みに行きたいんですが…』

すると、返ってきた言葉は、

『いいですよ。見ますよ』

……え?



『本当に『今!』行っていいんですか?』

『はい、どうぞ』

その一言で、心臓が一気にバクバクし始めた💦

😳【初めて見た、大手出版社編集部。】


集英社(ビルでけぇ~💦)の受付を通って、

ドーン❗今はこんな感じ。昔は古いビルで建て直したんですよねぇ~。すごいっす😆


編集部へ。

緊張のあまり、エレベーターではなく、階段で上がった記憶がある。

ドアを開けると――
そこは、まさに漫画の世界だった。

写真はイメージです。当時はパソコンもなく、もっと昭和感がありましたねぇ😆

広々とした空間。
机の上には原稿の山。
資料、本、ネーム。
編集者たちが忙しく動き回っている。

『す、すげぇ~ほんもんのヤンジャン編集部だぁ~』💖😍🥰

『す、すいません💦持ち込みの高橋です!』

そう声を出すと、奥の机から手が上がった。

『はい、こっちこっち』

その人が――
後にヤングジャンプ編集長になる、Y路さんだった。

☕【小さい出版社との“決定的な違い”】


挨拶をすると、Y路さんはすぐにこう言った。

『おい、コーヒーとってくれ』

喫茶店から、ちゃんとしたコーヒーが運ばれてきた。

三社回って、水すら出なかったワイにとって、

神待遇だった😍🤩


この時、思った。

『この出版社、ワイを作家扱いしてくれてるのか?』

※のちに分かったことだが、Y路さんは、少年ジャンプから出てヤンジャンを立ち上げた編集だった。少ジャンで若い作家が『化ける』のを嫌というほど見てきているのだ。だから、若い人を大切にしていた。
逆に小さい出版社は中堅からベテランを使う。新人を育てる気がないしノウハウもなかったんじゃないかな…とワイは思った。

『お茶をだす。』

これはその出版社の向き合い方そのものだと思った。

🎯【プロの指摘は、心に刺さる】


Y路さんは、丁寧に原稿を読んでくれた。
そして、いくつかのアドバイスをくれた。

まず、
『線、太いね。力入りすぎだよ』w

そして、もっと大きなアドバイス
当時パチンコはブームだったが、編集部の誰もやっていない。

つまり――
パチンコ屋での普通の所作が分からないし、
パチンコのシステムさえ分からないのだ。

ここでワイは気づいた。

なるほど、そりゃそうだな、

『知らない世界を描いても、伝わらないんだ💦』

『知らない人にも、分かるように描く❗』


これは、漫画の本質だった。

💥【さらに衝撃の一言】⚡


漫画のラストのオチは、
当時、流行っていたテレビのバラエティ『オレたちひょうきん族』
パロディだったんだが...

『これ、どういう意味?』って言われたw
『ばかぁ』って言葉はひょうきん族での『西川のりお』の締めのギャグなのでした😅



それを見て、Y路さんが言った。

『商業を目指すなら、パロディはやめなさい』


理由は明確だった。
✅元ネタを知らないと面白くない
✅読者が限定される
✅商業では成立しない

そして、最後に言われた言葉。

『パロディする側じゃなく、される側を目指しなさい』


この言葉は、今でも忘れられない😭


📇【そして、人生を変えた一枚の名刺】


結構、長い時間話をした。
帰り際、若い編集者が呼ばれた。

『このタカハシ君、頼むよ』

その人が、初代担当『O穂井さん』だった。

※のちに、Y路さん曰く、『あの時、やべぇー奴が来たなぁと思って、O穂井に振ったんだよ!』ってゲラゲラ笑いながら言ってたw 
かわいそうなO穂井さん🤣🤣🤣

写真はイメージです。

編集部から出て、
O穂井さんと喫茶店に行った。

原稿を丁寧に読んでくれて、
色んな話をして、
最後に『名刺』をくれた。

『僕が担当します。よろしくね。』


『担当?』🤔


当時のワイは、まだ知らなかった。

漫画は『担当』がついて、プロット、ネーム、下書き、ペン入れ、
全て二人で相談しながら、『連載漫画』創っていくんだと...

大手出版社のプロ編集が、構想の段階から付き合ってくれる?😬

『これが、東京か...』


ワイ、震えました。

『やっぱり、東京に出てこなあかん❗』



『ワイ!大学卒業したら東京に出てきますので、
よろしくお願いいたします‼️』
って絶叫してたんだけど...

※のちに聞いたんだけど、Y路さんにもO穂井さんにも『早まるな!先ずは地元で就職して地盤を固めてから漫画を描きなさい』ってずっと『来るなぁー💦早まるなぁー💦』って止めてくれてたらしいw

ワイ、全く聞いてなかった🤣🤣🤣


🍀【振り返って思うこと】


この日。
三社で門前払いされた同じ原稿が、
ここでは、未来につながった。

『これ、なんだと思う?』


漫画家に必要なのは

努力?

実力?


それも必要だが、もう一つある❗

『運』だ。


あの日、門前払いされて昼に時間が空かなければ...

ヤングジャンプに電話しなければ...

たまたま居た、Y路さんが電話に出なければ...

O穂井さんが『担当になるよ』って言ってくれなければ...

ワイの漫画家人生は、確実に違っていた。

これは断言できる❗

人生には、

人生を変える『出会い』があるんや👊


次回、
上京して漫画を描き始めるのだが、『働きながら描く』という
とてつもない壁にぶち当たる...
『ワイ、このまま潰れるかもしれんなぁ...』

どうなるワイ? 頑張れワイ❗ 
応援よろしくお願いいたします🙏

本日も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました🙏

次回、【第八話】ワイの漫画家物語はこちら👇

当時の持ち込みしたギャグ漫画を読みたい人はこちら👇

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👉ワイの漫画家物語~初めての方はこちらから👇
第一話


【追記】

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