【第一話】押忍❗️ワイの漫画家物語 〜始まりと挫折のアオハル時代編〜
こんにちは!
ワイの押忍‼空手部という漫画が シリーズ累計発行部数2100万部😆
という古き良き漫画時代に週刊ヤングジャンプに連載してました
元漫画家、高橋幸慈(たかはしこうじ)と申します🌸
これからこのnoteでは、
漫画の話や創作の裏話、難病にかかって漫画が描けなくなった話や
ライトに趣味のゴルフやソロキャンプ、映画など....
ワイの『作家魂がビリビリ云った事』を徒然なるままに
書いていこうと思っております。
『ん?高橋幸慈って誰やねん?』『俺、そんな奴しらんでー』
って思いました?w
はい、それごもっとも❗なので、ゆっくりじっくり
ワイの漫画家人生、紹介をさせてくださいませ
(行きますよー👇)
🎂【1962年生まれ、芸術肌ですねんw】
生まれは1962年1月19日。
あのユーミンや宇多田ヒカルと同じ、アーティスティックな血が流れてる
芸術肌の人間!(だと思いたい)💦
2026年の今、64歳。
生まれ育ちは大阪の四條畷市(しじょうなわてし)
1967年
幼稚園の頃は、ずっと粘土創作に明け暮れてまして、ロボットやヒト型を
作って戦わせて遊んでいたらしいです、その造形力に皆さんビックリして
たらしい(親談)やっぱり芸術肌w
1973年
小学校に上がり5年生の頃に『ワイルド7』がテレビで流行って
ドハマりし落書きを始める
『マジンガーZ』が流行った時には、自分でもオリジナルの
キャラクターを作って物語をノートに描いていました。
まだこんなレベルです💦👇

1975年
中学時代は剣道部に入部したため、漫画のことは全て忘れて
剣道に打ち込むんだけど.…
その剣道部が超体育会クラブだったため、地獄の日々😭
朝練、午後練、その後任意で町の『剣友会』に参加して
朝から晩まで剣道やってたから
『俺は何を目指してるんや?』って何時も自問自答してたw
でもその時の超体育会クラブで先輩と後輩の関係、しごき、友情、
努力、根性を学びましたね....(今思えばですよ!)💦
これがのちの連載漫画『押忍‼空手部』の土台になるとは
人生なにが役に立つか分からないもんです😆
1978年
🤲【高校1年生、『がきデカ』との衝撃の出会い】
高校は進学校に進んで、流れで剣道部に入ったんですが..…
たまたま、部活の先輩が持っていた『週刊少年チャンピオン』を
貸してもらって、生まれて初めて『漫画雑誌』というものを
読ませてもらったんです(今、ここでやっと雑誌デビューw)
そこに載っていたある漫画を読んで、電気が走りました!
神の啓示とはこういうものか?と思えたくらい❗️😱😱😱
それが、山上たつひこ先生の『がきデカ』でした😆

『えーーー?意外~』って思われる方が多いと思いますが
ワイはあの『チンポコ』を見て
『漫画って、こんなに面白くて自由で奥が深いんか!?』と
心が震えたのでありました👊
そこから、ワイは一気に漫画とアニメの世界に
どっぷりハマっていったのです(ハマり方がヤバいですw👇)
3ヶ月で剣道部をやめて、帰宅部にw 浮いた時間に漫画を読みあさり、
友達と分担して週刊と月刊、季刊誌まで全て買って読んで網羅し、
アルバイトでためたお金は全て漫画の単行本!につぎ込んでました
その頃はもう、あまりに詳しすぎて歩く漫画辞典と呼ばれるくらい
漫画ツウになってましたw
次第に 読むだけでは物足りなくなって、
ついには『自分でも描いてみたい!』と思うようになって
描きだすんだけど.…
鉛筆で描いてる落書きを友達が見て
『高橋、漫画はペンで描くんやで!』って言われて
『ぺ、ペンってなんや?』ってなって....w
これが、高校1年の終わりくらい.…
遅咲きの『漫画家』の目覚めです💦
(続きます👇)
✍️【初めてのペン、そして同人誌ブーム】
高校1年生の終わり頃、初めてペンを握って落書きを描いてみたん
だけど。ペンなんか使ったことないから、
当然、最初は下手くそで💦
既にペンで描いてた友人は人気者で、皆にキャーキャー言われてた
けど、ワイは何の注目も浴びる事もなく.…
『今に見てろよぉ~スゲぇーペン画、描いてやる!』
って意味不な闘志だけはあったんですが、
一向に上手くならなかったですw⤵
1979年頃
『宇宙戦艦ヤマト』がリバイバルヒットして
『機動戦士ガンダム』が始まって
世の中アニメブームと同人誌ブームがやって来た❗️
ワイもペンでイラストやショート漫画を描いて
同人誌への投稿や漫画ネーム作りの日々が始まります👊
📚【同人誌時代~アンチ松本零士を目指す~w】
幾つかの同人誌に席を置いてたんだけど、いろんな年齢の方や熟練さ
れた人が沢山いたので、同人誌といえど 投稿しても下手くそは
載っけてもらえないんですよ💦(厳しかったんです!)

『悔しい!』『掲載されたい!』と何時も思っていて、
『どうやったら、掲載されるのか?』を
この時期、深く考えるようになりましたねー。。。
この考え方は『描きたいものを描く』ではなく
『どうやったら読者や編集者にウケるのか?』
『ワイが勝負できる武器はなんなのか?』
を考えて描く商業誌向きの発想方法が
この時に育まれていったと思います。
でね! 当時の同人誌界隈は松本零士先生一色で、
絵柄がほぼ松本先生風のイラスト、その他はガンダム関係や
そのパロディだったので、松本先生も大好きだったんだけど、
ワイが松本零士先生風に描いても到底ライバル達に勝てないので
ワイは永井豪先生風のオドロオドロ系に
インスパイアされておりました...

この時の豪先生の『デビルマン』好きの影響で、
『押忍‼空手部』の主人公『高木義志』の
眉毛は目と繋がってるんですw
そんな憧れの人 永井豪先生が、後に
ワイの結婚式に来てくれたなんて.…
人生ってさ、奇跡あるよね…😭😭😭
(さてあとがき👇)
漫画も絵ではみんなに勝てないので...
『漫画はストーリーが命やろ!』
『イラストなんかなんぼ描いても漫画家にはなれんわ!』
『漫画家に成りたかったら長編を描け!』
と同人誌で
毒を吐きまくってたんだけど....(黒歴史)💦
この嫉妬と上手くいかない自分への焦りが
ワイのとんでもない発言につながる...…
ワイ、漫画家に成ります!
宣言w
次回は、
高校3年生、受験か就職か? 人生の岐路に立った時
進路指導の先生に言った『ワイ、漫画家に成ります』宣言からの
ドタバタ劇をお贈り致します、
乞うご期待❗ 次回も読んでね💖

【第二話】ワイの漫画家物語はこちら👇
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