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「頭は良いけど気が利かないね」。東大医学部卒の医師が17年かけて気づいたこと

研修医1年目のときだ。病棟の廊下で、ベテランの看護師さんにさらっと言われた。

「先生、頭は良いけど気が利かないね」

悪気はなかったと思う。 でもあの一言が、自分の医師人生を変えた。

この記事は、東大医学部を出て、専門医と博士号を取って、論文をNature姉妹誌に出して、それでも臨床で「使えない医者」だった自分が、17年かけて気づいたことの記録だ。

医師に限らず、「勉強はできるのに現場で活かせない」と感じたことがある人に、届いたらいいなと思う。

① 東大数学115点。でも臨床では「使えない医者」だった

医学部受験は、突き詰めれば暗記と処理速度のゲームだ。

東大の数学ですら、本質はパターン認識にすぎない。決まった解法パターンを覚え、問題を見た瞬間に「これはあの型だ」と当てはめる。自分は本番で120点中115点を取ったが、閃きで解いた問題はひとつもない。全部、事前に仕込んだパターンの再現だった。

国家試験も通った。 Nature姉妹誌にファーストで論文も出した。でも研修医として臨床の現場に立った瞬間、自分が「使えない医者」だと気づいた。

目の前の患者さんは教科書通りの症状を出してくれない。 検査結果は即座に返ってこない。 そして判断を間違えれば、人が死ぬ。

自分はひたすら教科書の知識で武装しようとしていた。 ガイドラインを暗記し、鑑別疾患のリストを頭に叩き込み、知識量で勝負しようとした。結果はどうだったか。

知識はあるのに、現場で動けない医師が出来上がってしまった。


② 「大丈夫です」を信じた夜、ナースコールが鳴った

研修医のころ、術後の患者さんに「痛みはどうですか?」と聞いた。「大丈夫です」と笑顔で返された。自分はカルテに「疼痛なし」と書いた。

夜中にナースコールが鳴った。激痛で動けなくなっていた。

あとで看護師さんに言われた。「あの人、先生の前では我慢するタイプだってわかりませんでしたか?」

わからなかった。

患者さんの「大丈夫です」は、大丈夫じゃないことが多い。 言葉ではなく、表情、声のトーン、体の動きを読む。 そんな当たり前のことが、自分にはできていなかった。

偏差値では測れない。 教科書にも載っていない。 でも臨床では、これができるかどうかで患者さんの運命が変わる。あの夜のナースコールの音は、今でも耳に残っている。


③ 「お前がやれよ!」看護師長さんに叱られた日

医師ひとりでは、患者さんは救えない。

看護師、薬剤師、理学療法士、放射線技師、ソーシャルワーカー。 医療はチームで動く。当たり前のことだが、研修医のころの自分はこれがわかっていなかった。

痰が多い肺炎の患者さんの担当看護師に、20分おきの吸痰を指示したことがある。自分は指示を出して去るだけ。その看護師が他に何人の患者さんを抱えているか、考えもしなかった。

あとで看護師長さんに呼び出されて、一言。

「お前がやれよ!」

返す言葉がなかった。

薬剤師の疑義照会を面倒がる。 リハビリのゴール設定を理学療法士に丸投げする。いま思い返すと恥ずかしいが、「医者が一番偉い」と無意識に思っていた。

臨床で信頼される医師は、コメディカルへの敬意がある。それは優しさの話ではなく、チームの総合力を最大化するための合理的な判断だ。「お前がやれよ!」は、その後の自分の働き方を根本から変えた一言だった。


④ 全部を体現していた上級医の話

失敗を重ねる中で、ひとりの上級医と出会った。

その先生は、ラクロスの元日本代表でもあった。 ちなみに想像通り、整形外科医だ。朝5時半にはひとりで病棟を回り、回診を終えてからラクロスの練習に出かけていた。

誰かに呼びかけられたら、必ず体と目線を相手に向ける。 必ず口角を少し上げて、笑顔をつくる。これを、看護師にも、研修医にも、清掃スタッフにも、例外なくやっていた。

その先生は、病棟の廊下にゴミが落ちていたら必ず拾っていた。ある日、それを見て「すごいっすね」と言ったら、こう返された。

「考えてから拾うようじゃダメなんだよ」

この一言が、自分の中に深く残っている。自分に足りなかったのは知識ではなく「地頭」だった。 ここでいう地頭とは、IQの話ではない。

患者さんの行間を読む力。
コメディカルと同じ目線で動く力。
そして、考える前に体が動くかどうか。

知識は考えてから出せる。でも気配りは、考えた時点で遅い。あの先生の朝5時半の回診も、笑顔も、ゴミを拾う動作も、全部「考える前に動いている」人間の所作だった。

自分はまだあの域には達していない。 でもあの背中を見たから、目指す方向だけは間違えずにこられたと思う。


⑤ パニック患者が「大変でしたねぇ」の一言で帰っていく理由

年数を重ねて、少しだけわかるようになったことがある。

夜中の救急外来に、パニックになった患者さんが来る。検査をしても異常はない。鑑別診断を並べて「大丈夫ですよ」と説明しても、絶対に帰らない。研修医のころの自分なら、ここで焦っていた。 もっと丁寧に検査結果を説明しようとしたり、別の検査を追加しようとしたりしていた。

でも今は違うことをする。しゃがんで、患者さんと同じ目線になる。
肩にそっと手を置いて、ゆっくり落ち着いた声で言う。

「大変でしたねぇ」

それだけで、安心して帰っていく。

医学的には何も解決していない。 でもその人が求めていたのは、正しい診断ではなく「わかってもらえた」という感覚だったのだと思う。これは教科書に書いてなかった。

あの夜、「大丈夫です」を額面通りに受け取った研修医の自分には、絶対にできなかったことだ。変わったのは知識ではない。 患者さんの言葉の裏にあるものを、少しだけ想像できるようになった。 それだけだ。


⑥ 偏差値で医師になり、現場で医師になり直す

学歴で医師になれる。 これは事実だ。偏差値が高ければ医学部に入れる。 試験に受かれば医師免許がもらえる。 制度上は、それだけで「医師」になれる。

でも学歴だけでは、良い医師にはなれない。これは17年やってようやく確信に変わった。

いま自分が患者さんに信頼してもらえているのは、東大医学部を出たからではない。研修医時代に「気が利かない」と言われ、 患者さんの「大丈夫です」を読み間違え、 看護師長に「お前がやれよ!」と叱られ、 上級医の背中を見て、自分の小ささを知った。

その一つひとつから学んできたからだ。

偏差値で医師になり、現場で医師になり直す。

あの日、看護師さんが言ってくれた「頭は良いけど気が利かないね」がなかったら、自分は今でも「使えない医者」のままだっただろう。感謝している。

もし同じように「知識はあるのに現場で活かせない」と感じている人がいたら、この記事が少しでもヒントになれば嬉しい。偏差値で測れない力は、現場でしか手に入らない。

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