Obsidianの「フォルダ分類問題」から「リンクを貼る」という原点に回帰した件 前編
はじめに:「フォルダ分類」問題という沼
これまでいろいろと記事にしてきた通り、私にとってObsidianはもはや手放せないツールになりました。
Obsidianは最高のパーソナルナレッジベースツールだと感じています。
無限に広がるキャンバスを手に入れたような感覚です。
しかし、私を含め、多くの方がこのツールを使い始めてすぐに、ある大きな壁にぶつかるのではないでしょうか?
それが「フォルダをどう分類するか問題」です。
どこにノート(Obsidianのファイル)を保存するか、どんな基準で分類するかという、終わりなき悩みの沼です。
実は私も、このフォルダ分類の悩みの沼にハマった者の一人です。
私はかなり大昔からパソコンというものを使っていますが、振り返れば、昔からPCファイルの分類という作業が苦手でした。
フロッピーディスクであれ、CD-Rであれ、ローカルドライブであれ、クラウドストレージであれ、すぐにファイルがごちゃごちゃになってしまうのです。
世に出ている様々な整理術やファイリングの本を読むたびにいろいろと試しては見るのですが、結局そのルールを維持できず挫折してきました。
この悩みを解決しないと、せっかくのObsidianによる知的生産作業(ただのメモ書きですが)も、ただ書きっぱなしで終わってしまうのではないかと焦りを感じています。
ノートを増やすこと自体は楽しいのですが、そのノートがどこに行ったのか分からなくなる状態は、時として徒労感を増大させ創作意欲を削いでしまいます。
せっかく知識を連結させるためのツールなのに、分類という作業に思考が奪われてしまうのも本末転倒です。
本記事では、私の失敗経験を踏まえ、フォルダ分類の呪縛から解放されるための最適解を模索していきます。
果たしてこの問題に終止符を打ち、知識が自然に結びつくような理想的な整理術を確立することはできるのでしょうか。
何をどうしてもノートが「埋没」してしまう!?
最初の試み:フォルダ分類なし運用
当初は、シンプルに全てのノートをひとつの階層に置いていました。
思いついたことをどんどん書き留められるので、非常に開放感がありました。
しかし、しばらく運用すると、大きな弊害が発生しました。
ノートが混沌とし、結果的に2、3の最新のノート以外は使わなくなるという事態になったのです。
Obsidianのサイドバーにいくつもの「何を書いたのか覚えていない」ノートが並ぶ光景は、心理的な負担にもなりました。
これでは、過去の思考の蓄積が全く活用されません。
これは単なるメモのゴミ箱になってしまっている、と感じました。
次の試み:フォルダ分類の導入
この状況を打開するため、世の中の整理術を参考に、次は本格的なフォルダ分類を試みました。
しかし、この行為によって、以前よりもいっそうノートが埋没してしまった感があったのです。
いくつかの典型的なフォルダ分類の例とその問題点をご紹介します。
フォルダ分類の例1:目的別に分ける
まず試したのは、ノートの機能や目的で分類する方法です。
具体的には、日記、目標、計画、タスクリスト、メモ、そしてnote運用などの各プロジェクト名といったフォルダを作りました。
フォルダの分類法においては、一番スタンダードな方法です。
この方法の一番の問題点は、「一つのアイデアが複数の目的を持つとき」に発生します。
例えば、「新しいnote記事の企画」に関するノートは、「プロジェクト」であり「目標」でもあり、執筆の際の「メモ」でもあります。
このとき、どのフォルダに入れるかという判断に、一瞬ですが思考のコストが発生します。
この「一瞬の迷い」が積み重なると、ノートを作成するスピードが落ち、最終的に「どうせどこに入れてもわからなくなる」と諦めてしまうことにつながります。
更に過去のノートを見たいときも同様に、どのフォルダに入れたかを思い出す、あるいは類推するという手間が発生します。
フォルダ分類の例2:PARAメソッドで分ける
次に、近年人気の高い「PARA」メソッドでのフォルダ分類を試しました。
これは、
Project(進行中の活動)
Area(継続的な責任領域)
Resource(資料)
Archive(完了したもの)
の四つの領域に分ける方法です。
一見、この分類のルールは理論的で完璧に近いものに見えました。
しかし、実際に運用してみると、特に「Area」と「Resource」の境界線が曖昧になるという問題に直面しました。例えば、「健康に関する記事のデータ」は、「健康」という継続的な領域(Area)の知識なのか、それともただの「資料」(Resource)なのかという判断に迷います。
結局、ノートを探す際には、両方のフォルダを行ったり来たりする時間が増えてしまいました。
更にこれは怠惰な私特有の問題かも知れませんが、Archive、すなわち完了したプロジェクトが全然増えていかないことにも焦りを感じさせられました。
失敗からの結論:フォルダは知識の連結には役立たない
これらの失敗経験からわかったのは、フォルダは「分類」には役立っても、「知識の連結」には役立たないということです。
私たちがObsidianに求めているのは、分類された「箱」ではありません。
ノートとノートが結びつき、新しいアイデアを生み出す「ネットワーク」です。
フォルダによる階層的な整理は、ノートの持つ可能性を一つの箱の中に閉じ込めてしまう行為だということに気づいたのです。
原点回帰:フォルダ分類を「しない」運用へ
たくさんのノートをフォルダに分けて埋没させてしまう失敗を繰り返した結果、私はある一つの結論にたどり着きました。
やはり、フォルダ分類に悩むくらいならば、フォルダ分類をそもそもしないというのが最適解ではないかと。
一周してもとに戻ってきたわけです。
この発想の転換には、情報整理の目的を改めて考える必要がありました。
私たちの情報整理の目的は、ノートをきれいに「分類」することではありません。
書いたノートを、いつでもすぐに「活用」できるようにすること、そして書いたことによって新しい知識やアイデアを「発見」することです。
分類はあくまで手段であり、目的ではないのです。
ツェッテルカステン
この「脱・分類」という考え方でたどり着いたのが、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンが実践した「ツエッテルカステン」という情報整理法でした。
これは、フォルダ分類をしない運用の究極形です。
ツエッテルカステンの本質は、ノートを階層的に並べるのではなく、ネットワークとしてつなげることにあります。
ノートを一つ一つの断片的なアイデアに分解し、それらをリンクで関係づけるのです。
これこそが、Obsidianのコア機能であるリンクやグラフビューを最大限に活かす方法だと確信しました。
しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。
フォルダ分類をしないと、せっかく作成したノートが、また混沌とした状態に戻り、埋没してしまうのではないか、という懸念です。
この問題にツエッテルカステンは、明確な答えを用意しています。
それは、リンクとハブノートを使うことです。
フォルダの代わりに、「ハブノート」という概念を使います。
これは特定のテーマに関するすべてのノートをまとめた「目次」のようなものです。
例えば、ライフハック、健康、音楽といった大テーマごとにハブノートを作成し、関連するノートへのリンクをその中にすべて集約します。
これにより、私たちは理想のノート運用を手にすることができます。
理想とは、一目で現在取り組んでいるテーマに関するノートが一覧できることです。
ハブノートを開けば、そのテーマに関連する全てのノートが目次のように表示されます。
次に、そこから概要が簡単にまとめられることです。
ハブノート上で、関連するノートのリンクを眺めながら、記事や企画の構成を自由に組み立てていけます。
そして最後に、さらにそこからアウトプット(note記事など)が作れることです。
構成がまとまったハブノートを見ながら執筆を進めることで、自然とアイデアが形になっていきます。
この理想を実現するカギは、フォルダ分類ではなく、やはりノート間の「リンク」と、それらをまとめる「ハブノート」にあるのです。
余談
ネット上でObsidianで検索すると、この「ツエッテルカステン」という技法がObsidianとセットで頻出します。
そして実は私はこの技法のリファレンスである書籍「Take Notes!」ズンク・アーレンス も読了済みです。
ではなぜ最初から「ツエッテルカステン」を導入しなかったのか。
実はちょこっとやっては見たのですが、いちいちリンクを貼るとかなんかめんどうで、当時は効果も実感できず、結局「苦手意識」だけが残ったから……。
リンク機能を使わないのではそもそもObsidian使う意味ないのでは?
と思われた方もいらっしゃると思いますが、私は最初にObsidianのテキストエディタとしての利便性に心惹かれたもの(下記記事参照)なので、今の今までリンク貼りを「サボっていた」わけなのでした。
以下、後編「リンク貼りの練習ステップ」に続きます。
《自己紹介&サイトマップ》
