ルーツ旅【京都・山城地域⑧】私の記憶にある墓地と、記憶にない墓地
「そろそろ行こうか」とおじが言い、私は席を立ちました。ドアを出る際、天井に近いところに何枚か写真が飾ってあるのが見えました。
▼曽祖父が建てた石碑
祖父母の結婚式の写真です。

曽祖父が傾倒していたA教の指導者が、仲人として2人のそばに立っていました。柄物の着物を着た、堂々たる体格のこの指導者は、当時、霊能力があるともっぱらの評判で、曽祖父もそのとりこになっていたようです。

「これは、ひいおじいちゃんが寄進した神殿のそばに建てた石碑だよ。指導者が、除幕式に来てくれたんだね」と、おじ。
前にもいいましたが、曽祖父が寄進した神殿は、1935(昭和10)年の第二次A教事件で、国家から弾圧を受けて取り壊されました。神殿を建てる際、あわせて石碑も建てていたようです。
石碑のそばには紅白の幕があり、高揚した雰囲気が感じられました。この写真を撮ったときは、まさかその後あんなことになるとは、誰も想像もしなかったでしょう。
▼今どきこんな墓地があるとは……
私と娘は、おじの車に乗せてもらい、昨日訪ねたばかりのQ町を目指しました。今日は、戦争で亡くなった祖父のお墓参りと、本家のあった場所を訪ねるのが目的です。
青空だった昨日とは打って変わって、空はどんよりし、雨粒がポツポツ落ちてきます。

川の流れが、結構速い。

Q町に入ってしばらくして、おじは脇道に車をとめ、私たちは歩いて墓地に向かいました。やぶの中の細い道を、足元に気をつけて進みます。

急に目の前が開けて、墓地が姿を現しました。場所はたぶん秘密にしたほうがいいと思うので、モザイクをかけておきますね。

「えっ、ここ……?」
確かに、私の子どもの頃の記憶にあるとおり、地面からたくさんの木の板(墓標や卒塔婆)が突っ立っています。
でも、あの墓地はたしか高台にあったはずです(ここは平地)。それにこの墓地はかなり古そうで、なんだか原始的な感じがします。どうも普通の墓地ではないような……。
「ここは、土葬なんだよ」
おじが言いました。
「えぇ、土葬!? 今って、火葬しないとダメなんじゃないんですか??」
「今はどうか知らないけど、N助さんのころは土葬だった。ここにN助さんも、子どものころに亡くなった僕のふたりの兄も入っている。昔このあたりは火葬場がなかったから、土葬するしかなかったんだよ」
▼ご先祖様との対面
おじは、近くの水道で水をくみ、バケツを持って墓地に足を踏み入れました。私と娘は、おそるおそる後をついていきます。地面がアスファルトではなく普通の土で、隣同士のお墓の区切りもはっきりしないので、もしかしたら私は人の死体の上を歩いているんじゃないかと思うと、気が気ではありませんでした。
おじは、「筒井家累代の墓」と書かれた墓石の前で足をとめ、墓石に水をかけて掃除を始めたので、あわてて私たちも手伝いました。
風雨にさらされたせいか、墓石の表面は黒ずんでいましたが、彫られた文字ははっきりと読み取れ、このお墓は昭和9年に曽祖父が建てたことがわかりました。
きれいになった墓石の前で、私は手を合わせ、曽祖父と、ここに眠るご先祖様たちに挨拶をしました。
(家系図を受け取りました。私にどこまでできるのかわからないけれど、頑張ってやってみるから、手を貸してください)
隣にいる娘も、神妙な顔をして手を合わせています。ご先祖様にとっては、子孫がたくさんいたほうが嬉しいでしょうから、ここに娘を連れてこられて良かった。
ちなみにこの半年後ぐらいに、あの、家系図を残したままタイで客死したBの遺骨も、ここに埋められたそうです。
墓地の入り口に置かれた大きな石は、棺を置くためのものだとおじが言っていました。以前、アーナンダさんが土葬の墓地について書かれた記事では、大きな石に棺を置いてぐるぐると3回まわし、死者が帰ってこないための儀式をする地域もあるそうです。
いまネットで調べたら、アーナンダさんの投稿で紹介されている本に、わりと最近まで土葬をしていた地域として、私が昨日泊まった南山城村があげられているようです(やっぱりディープだわ……)。
▼軍人墓地の祖父のもとへ
その後、再び車に乗って、高台へ上りました。ドアの外は、一面の茶畑です。

おじの後をついて行くと、再び開けた場所に出ました。今度は、きれいな墓石が並んだ、ごく普通の墓地のようです。その裏側に、少し古い墓石が並んだ区画があり、おじによると、そこが軍人墓地だということでした。
墓石には、祖父の名前と、戸籍の記載どおり、「昭和20年11月28日、満洲牡丹江で死亡」と書いてありました。
確かに、ここは小高い場所にあるから、私の記憶とも合います。私が子どもの頃、母に連れられてきた墓地はここだったんだ。
30年以上の歳月を経て、ようやく再び祖父のお墓にお参りに来ることができ、感慨深いものがありました。
このあと、本家の跡地に行くのですが、それから私は、予想していなかったものを見ることになります。
(次回の話⑨はこちら)
>>>前回の話:ルーツ旅【京都・山城地域⑦】まさかの亡き曽祖父との「出会い」
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きしゃこく先生のマガジンに、この記事が追加されました。いつもありがとうございます!!
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サポートありがとうございます! 近々、家系図のよくわからない部分を業者さんに現代語訳してもらおうと考えているので、サポートはその費用にあてさせていただきます。現代語訳はこのnoteで公開しますので、どうぞご期待ください。