コレクション280本のガラスペン狂いが語る特殊ニブの世界。
身代を潰しかけながら280本のガラスペンを集めました。
もし私がそのことを誰かに告白したら、「変わったガラスペンも持ってるんでしょ?」と言われるかもしれません。
確かに貴重な1点物も持ってはいますが、もし上記のようなことを言われたら、私は迷わず「特殊ニブ」の数々を挙げます。
特殊ニブの概要とその勃興
私が言う特殊ニブとは、「一般的なガラスペンには出せない線で字が書けるニブ」のことです。
特殊ニブには、軸の美しさとはまた異なる作者のアイデアと技術が詰まっています。ガラスペンの性能を知りたいがためにコレクションを続けている私にとっては無視できない要素であり、なおかつハマると抜け出せない沼でもあるのです。
ニブそのものが交換可能なガラスペンもありますが、線は一般的なガラスペンと同じですし、アンティークの竹軸ガラスペンがそもそも交換式ニブだったということで、特殊ニブのくくりからは外しております。
特殊ニブの先駆「with me!」
哲磋工房の「with me!」は、2019年末に登場したペンダント型のガラスペンです。虎ノ門のオカモトヤで開催されたイベント「宇宙遊泳クリパ」で1stロットが発売されました。

試し書きに字幅の違いが現れている
「with me!」は「持ち歩けるガラスペン」として開発され、着用中の破損を防ぐためにペン先の最先端が筆記可能ギリギリなレベルまで丸く潰されています。そのため、このガラスペンはペン先の最先端が突出しておらず、筆記仰角を変えることで字幅を変化させることが可能でした。
一般的なガラスペンの場合、ペン先に余分なインクが乗って書き始めの線が太ったり、その余分なインクが減ることで字が細るという、書き手の意図しない字幅の変化が起こります。それに対し、書き手の意図的なコントロールで字幅を太くも細くもできる「with me!」は画期的だったのです。

右:哲磋工房「arabesque(ぽちょニブ)」
このニブは当初の山型からタマネギ型の「ぽちょニブ」へと進化し、2020年春には「『with me!』のペン先がついた通常のガラスペンが欲しい」という顧客要望によって通常のガラスペンに搭載されました。
ちょうどこの時期からガラスペン人気が爆発し始めたので、それ以前から存在した「with me!」は正しく特殊ニブの先駆と言えましょう。
現在では、同コンセプトかつ口径の小さいインク瓶にも入る「ミラビリスニブ」が登場したことで、「ぽちょニブ」は「カルミアニブ」と改名され、2種類を併せて「つぼみニブ」と呼ばれるようになりました。
特殊ニブの転換点「リボンニブ」
特殊ニブを語るうえで欠かせない工房がGlass Studio TooSです。2020年8月に銀座蔦屋書店で販売された「リボンニブ」は、これまでのガラスペンの常識を覆す形状をしていました。

発売早々にインク沼界隈で人気のカリグラファー・bechori氏が入手し、美しいブラックレターゴシック体を書く様子を公開したのを皮切りに、「リボンニブ」はあっという間にガラスペン好きのカリグラファーの間に広まりました。
Glass Studio TooSはその後も、一度に2本の幅広線が引ける「ツインリボン」、丸みを帯びた極太字の「ブレットニブ」など、次々と新しい特殊ニブをリリースしています。この工房が特殊ニブ界を牽引していると言っても過言ではありません。
特殊ニブの系統
特殊ニブの2大要素
特殊ニブの特徴を理解するにあたり、特に重要な要素は「字幅の太さ」と「字幅の強弱の有無」の2つです。
この2つを軸としたマトリクス図で特殊ニブを分類すると、以下のようになります。

①〜④それぞれの系統名は、主にカリグラフィーの書体を参考にして、私が命名しました。以下は各分類に属する特殊ニブで書いた字です。

私は字がド下手なので、Canvaのフォントで下絵を作って印刷したものをトレスしています。にもかかわらず、特に②が壊滅的なのは、どうかスルーしてください。
それでは、ここから各系統のニブの特徴を見ていきましょう。
①モノライン系
モノライン系は簡単に言うと「太字を超えた極太字幅のニブ」です。
一般的に、ガラスペンはペン先の最先端を削れば削るほど字幅が太くなります。しかし、削りすぎてペン先の最先端が平らになれば、書くときにカドが紙に接するため、ガリガリと不快な紙当たりになってしまいます。また、単純にインクの保持量と保持力が低下するリスクもあります。
つまり極太字のニブは、ペン先の最先端にカドを作らずに字幅を太くし、なおかつそれなりのインク保持量を持たせる必要があるという、作り手の技術力が試される代物なのです。
これらの諸問題を解決するために、極太字のガラスペンはペン先の最先端が丸まっている場合が多いです。その結果、丸みのある線がモノラインレタリング用のオーナメントニブで引く線に近くなったわけです。

モノライン系のガラスペンは字幅が均一かつ大きな字を書くのに適しています。

②ブラックレター系
ブラックレター系は、ブラックレターゴシック体のような字を書くのに適した幅広ニブです。
ペン先の先端は板状になっており、その上に平行に溝が並んでいます。これらの溝がすべて同時に紙と接することで幅広の線が引けるわけです。

(Glass Studio TooS「リボンニブ」)
ペン先の先端の幅がそのまま字幅になるので、購入時は「どんな大きさの字を書きたいか」で選ぶ必要があります。あと、この系統のニブが活躍する書体じたいが難しい、ということもあり、使いこなすのは正直難しいです。

ですが、「幅広の線」という特徴を活かして、カリグラフィー以外にもいろいろと応用できるニブでもあります。たとえば私は文通用の便箋を作りました。
面引きした上からリボンニブで水を引いて色を抜くと文字を書くためのラインが作れる=濃いインクでも面引き便箋が作れる
— TwinStar∞(みねのもみぢば) (@momidiba) August 20, 2020
ほんとリボンニブは字を書く以外でも使い道が多くて有難い#リボンニブ#面引き#TonoandLims pic.twitter.com/ckh5CLPE1L
③筆文字系
筆文字系は、筆記中にペン先の筆記仰角や回転角度を変えることで字幅を変えることができるニブです。


(哲磋工房「カルミアニブ」)
垂直に近い筆記仰角ではペン先と紙が接する面積が小さいため細い字幅になりますが、筆記仰角を下げればそのぶん面積が増え、太い字幅になるわけです。
また、筆記仰角ではなくペンの回転角度で字幅を変えるタイプもあり、線の強弱をどう実現するかは作家ごとに異なります。特殊ニブの分類の中では最も多様性のあるニブです。

(Glass Studio TooS「ドロップニブ」)
私のようなド下手でもそれなりに味がある字が書けるのですが、達人ともなれば小筆で書いたと言われても信じられてしまうほど見事な「筆文字」が書けます。

また、この系統の大半は特定条件下で一般的な太字のガラスペンとして使えるのが良いところです。その時の気分次第で日常使いも作品制作もできる、芸達者なガラスペンと言えるでしょう。
④カッパープレート系
カッパープレート系は、筆文字系と同じくペン先の角度を変えることで線の強弱をつけるタイプの特殊ニブです。
筆文字系の字幅が中字または太字〜極太字なのに対し、カッパープレート系の字幅は細字〜極太字と強弱の差が極端なのが大きな特徴です。この分類に属するガラスペンは、私が把握している限りではHASE硝子工房の「HASEニブ」のみです。

個体差でペン先のカーブはゆるいほう
細字と極太字を両立させるための鉤爪のようなニブ形状を鑑みると、今後この系統に新たな特殊ニブが追加される可能性は極めて低いと見ています(金属製のニブには類例あり)。

カリグラフィーにおけるカッパープレート体は、実は「筆圧を変えることで線の太さを変えながら書く書体」です。
筆圧が線の強弱に影響しないガラスペンの分類に転用するのは不適切なのかもしれませんが、「HASEニブ」の線の強弱の極端さはイタリック体よりカッパープレート体に近かったため、④の分類名を「カッパープレート系」といたしました。
特殊ニブのマトリクス図
私が所有している特殊ニブを先ほどのマトリクス図に配置してみました。ガラスペンは個体差があるので、楕円内での位置は参考程度とお考え下さい。
楕円内に入っていないものは、①〜④のどの系統にも当てはまらない特殊ニブです(軸と一体化しているニブ、垂直筆記に特化したニブなど)。

各ニブの詳細は以下のまとめを参照のこと
ガラスペン狂いが選ぶ最強の特殊ニブ
ここまで読んでくださった中には「で、いちばん凄いガラスペンはどれ?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。
その疑問には、「私が所有している範囲で」という但し書き付きであれば即答できます。

――答えはこちら、「トリプルワイパー」です!
「書く」ではなく「塗る」ガラスペン「トリプルワイパー」
先ほどの写真だけ見せられても「これはガラスペンだ」と言い当てられる人はほとんどいないでしょう。
この「トリプルワイパー」は、「ワイパーニブ」という特殊ニブを横に3つ繋げたガラスペンです。当然ながらインク瓶にペン先を入れることはできないので、一般的なガラスペンとは使い方が全く異なります。
「ワイパーニブ」は、先ほど解説した特殊ニブの4分類のどこにも属さないニブです。「幅広で均一な字幅の線が引ける」という特徴はブラックレター系と共通しているのですが、「溝から落ちてきたインクを平らに削ったペン先底辺で塗り広げる」点がこのニブ独自の構造となっています。また、ペン先はペン軸に対して垂直に取り付けられており、作者のきのこだま氏曰く「掃除機のような形状」です。

単独の「ワイパーニブ」なら何とか字を書けないこともないのですが、「トリプルワイパー」での筆記はもはや非現実的です。では、「トリプルワイパー」は単なる飾り物にすぎないのでしょうか? ――いえいえ、そんなことはありません。
万年筆画家・サトウヒロシ氏が広めたインク水彩技法に「面引き」があります。これは、紙面にインクをたっぷり置いてシリコンスパチュラなどで引き伸ばすことで広範囲を塗る、というものです。インクを引き伸ばすのはなかなか難しいのですが、「トリプルワイパー」を使えば比較的簡単に面引きができるのです。
おかげで私が所有している特殊ニブの中では「トリプルワイパー」の出番が最も多いです。見た目のインパクトと実用性を兼ね備えた、本当に面白いガラスペンです。



おわりに:特殊ニブのガラスペンはなぜ人気なのか
特殊ニブのガラスペンの大半は、「普通の字」が書けません。また作家性が高いため、文具イベントや作家自身が行う通販など入手経路が限られています。
それでも多くのガラスペンユーザーが特殊ニブのガラスペンに憧れるのはなぜでしょうか?
私は、2020年春から拡大したガラスペンブーム以前から、万年筆インクブーム(インク沼)で多くのクリエイター(カリグラファー)が活躍していたからだと考えています。
インク沼の時点で既に、万年筆インクを使って美しい絵や字を発表するクリエイターは憧れの的でした。「リボンニブ」のくだりで取り上げたbechori氏もその一人ですし、哲磋工房の中根卓治氏の奥様・マダムてっさー氏が書く「ぽちょまろフォント」も人気です。
美しい作品を見て「自分もあんな字を書きたい」と感じるガラスペンユーザーは多く、文具イベントなどで開催される人気クリエイターのワークショップはどこも大盛況です。
私は近年のガラスペンブームについて研究すべく、2026年からガラスペン作家へのインタビューを実施しています。まだ開始したばかりですが、「作家から見たブーム」だけではなく「クリエイターから見たブーム」の話を聞くことで、より深くブームを理解できるのでは、と強く感じています。

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