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27歳、子宮体がんになるまで②25歳で告げられた診断

こんばんは。ハンターハンターが激アツですね。SNSの話題がハンターハンターで埋もれていて嬉しいです。自分はヨークシン編が一番好きです。舞台が豪華ですし、旅団が好きなので……。

前回はがんになるまでの自分のことを書きました。


今回は複雑型子宮内膜異形増殖症の話をしていきますね。

初期症状

2019年は仕事の負荷が大きかったり、友人が亡くなったりと、心身ともに大きなストレスがかかっていました。たくさん泣いて、休日は部屋で寝込んで考え事をしていることが多かったです。

7月にいつもより重い生理があり、8月頃から不正出血が出始めました。

不正出血が始まる前後だったと思うのですが、一度だけ子宮がつっぱるような激しい痛みがありました。

この痛みは、子宮体がんと診断される前にも1度ありました。病気と直接関係があるかはわかりません。

子宮鏡検査

子宮鏡検査とは、細いカメラを子宮の中に入れ、子宮内の様子を直接観察する検査

かかりつけのクリニック受診し、3ヶ月ピルを内服していましたが、不正出血は治らず、11月に総合病院で子宮鏡検査を実施しました。

もともと痛みに弱く、処置の際にも強い痛みを感じてしまい、迷走神経反射が起きました。冷や汗が出て目の前が真っ白に。痛み止めの坐薬をいれてもらい、20分ほど横になって回復しました。

検査の結果、ポリープがあると指摘されましたが、「ほとんどが良性だから大丈夫」と医師に言われたのを覚えています。

ポリープ子宮内膜搔破術という手術で取ることになりました。

子宮内膜搔破術

麻酔をかけた状態で子宮内膜を採取し、がんが隠れていないか詳しく調べる検査

2020年1月に子宮内膜搔破術のため入院しました。1泊2日か2泊3日だったと思います。(覚えていない……)

ラミナリアを入れる処置があったのですが、これが痛くて痛くて。また迷走神経反射が起きて目の前が真っ白になりました。いままで生きてきた中で一番の痛みです。

処置後に車椅子で運ばれ、坐薬を入れてもらって回復。トイレに行くたびにラミナリアが出てこないか心配だった記憶があります。大丈夫でしたが。

手術前日はゴールデンカムイをひたすら読んでいました。尾形が好きです。

次の日手術室に呼ばれ、そこで点滴を取ってもらいそのうち麻酔が入り、心の中で数字を数えている間に意識が遠のいていきました。眠っている間に手術は終わっていました。(このあたりもあまり覚えてないのであっさり)

手術のときは母が付き添ってくれており、術後にポリープを見せてもらったようです。小さいキノコみたいだったと話していました。

術後目覚めると吐き気に襲われて、すぐに吐いてしまいました。お腹の痛みも強く、痛み止めを追加でいれてもらいました。本当に痛みに弱い……

あちこち調子が悪くて、付き添ってくれた母に悪態をついた記憶があります。あのときはごめんね。

そんなこんなで手術当日か次の日に退院しました。
(覚えていない)

複雑型子宮内膜異形増殖症

2、3週間後に結果を聞きにいきました。休みの日にわざわざ病院に行くのは面倒だから、夜勤の前に受診予約を入れていました。

まあ、良性だろうなという軽い気持ちでいました。


医師に呼ばれ部屋の中の椅子に座ると、ポリープが良性ではなかったことを告げられます。


25歳、複雑型子宮内膜異形増殖症と診断されました。


当時医師からは「前がん状態で、約3割に子宮体がんが見つかる・進行する」と説明を受けました。

一番の治療は子宮を取ることだけれど、まだがんになっておらず、年齢が若いため子宮温存できるホルモン治療がある。MPA療法を始めていくことになりました。

がん」という言葉が頭の中で何度も繰り返されました。
まだ”がん”ではなく”前がん状態”だと説明を受けたはずなのに、私の頭の中には「がん」という言葉しか残りませんでした。


泣きながら母に電話したような気がします。ひとしきり泣いて、その後夜勤に向かいました。


今回はここまで。次回はMPA療法についての話をしようと思います。

最近病院受診があり、なんと探していたミッフィーのガチャガチャを院内で見つけました。受診頑張ったからいいかと思って、ボリスが出るまで回しちゃいました。

ガチャガチャクオリティなのがまたいい

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