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27歳、子宮体がんになるまで①これまでのわたし

こんばんは、ぴまです。こっそり名前変えちゃいました。こっちは本当に呼ばれてるあだ名なのでしっくりくるなあと思いまして。

はじめてのnoteを読んでいただいた方、ありがとうございました。スキやフォローをしていただき、とても嬉しかったです。

この先のnoteではがんのことだけではなく、ライフステージが変わっていく様子を書いていく予定です。(ゆっくりだと思いますが)

もし、読んで辛くなるようでしたら、フォローを外したり、ブロックしたりしてくださいね。

自分は辛い状況の時にライフステージが違う友人の投稿を見てしんどくなり、たくさんブロックしてしまった経験があります。どうかご自身の気持ちを一番大事にしてお過ごしください。

今回は、がんと向き合うことになるまでの自分のことを、時系列で振り返ってみようと思います。

これまでのわたし


・10歳くらいに初潮。生理期間が長め。

・大学生のときにかかりつけのクリニックにピルを処方してもらう。

・医師に「子宮内膜が厚めだからピルを飲み続けないと、将来子宮体がんになる可能性あるよ」と言われる。(自分は覚えてなかったけど母のメモにあり。数年前に母から聞く)

・大学3年生、子宮内にポリープがあると指摘される。総合病院に紹介され、子宮鏡検査実施。結果、ポリープはなくなっていた。

・大学卒業後、看護師として働く。就職したての頃はピルを飲んでいたが、忙しくなり飲まなくなる。生理は規則正しく来ていた。ホットヨガに通っていた。

・ 2019年8月頃から不正出血あり、かかりつけのクリニック受診しピル内服。

・ 2019年11月 不正出血治らず、総合病院で子宮鏡検査実施。ポリープがあると指摘される。

・ 2020年1月子宮内膜搔破術実施。複雑型子宮内膜異型増殖症と診断。MPA療法開始。このとき25歳。

・2020年4月、7月子宮内膜搔破術実施。

・2020年8月寛解MPA療法終了。再発予防のためにピル飲むが、月に2回重い生理がきてつらいため2021年4月から内服中止し無治療。

・ 2021年8月の子宮体がん検診はクリア。

・このあと再発、子宮体がんの診断、不妊治療、不育症の診断、妊娠・出産へと続いていきます。


子宮体がんになる前の自分はざっとこんな感じです。

昔から氷が好きでよく食べていました。今思うと氷食症だったのだと思います。貧血があったので、もっと早く自分の体と向き合えていたら違ったのかな、と考えることがあります。

生理は始まったらなかなか終わらなくてしんどい思いをたくさんしてきました。

中1の時に学校で尿検査があったのですが、生理が長いものだから何度も尿潜血で引っかかり、その度に先生に呼ばれてもう一度検査するように言われてつらかった記憶があります。

貧血で部活中に倒れたこともありました。

不思議な話なのですが、子供の頃に「自分は27歳で病気になる。子供を産めないかもしれない」と思っていたんですよね。子供の頃からそんなことを考えていた理由は今でもわかりません。

でも、がんを告知されたとき、その記憶がふっとよみがえって「本当になっちゃった」と思ったのを覚えています。

次回は複雑型子宮内膜異形増殖症のことをもう少し詳しく書いていく予定です。

余談ですが……おうすの里の梅にんにくが大好きで久々にたくさん注文しちゃいました。「梅にんにく」の字を見ただけでよだれが出ますし、食べたら元気もりもりになります。元気出したい方におすすめです。


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