27歳、子宮体がんになるまで③ 子宮を残すための治療
こんばんは。ぴまです。
先日、富良野〜旭川に遊びに行ってきました。
あいにくの天気でしたが、子どもたちはとても楽しそうで、それだけで行ってよかったと思えました。自分は暴れる2歳児たちを制するのに必死でした。
夫よ、長距離運転ありがとう。

前回は複雑型子宮内膜異形増殖症と診断されるまでの記事でした。
今回は子宮を残すためのホルモン治療について書いていきます。
MPA療法開始
MPA療法(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル)は、子宮を温存しながら病変の改善を目指すホルモン療法です。
診断を受けた数日後に部署異動がありました。(病気になる前から決まっていたことです)
新生児内科から血液内科への異動となり、看護の対象も内容もガラリと変わりました。
新生児内科では採血や点滴挿入は医師が行う処置だったので、新卒とほぼ変わらないようなスキルで血液内科での勤務が始まりました。毎日が必死でした。
ちょうどコロナウイルスが出てきた時期であり、色々なルールや対策が増えて、覚えることが多く苦労しました。
新しい部署で仕事を覚えることに精一杯で、自分の体調は後回しになっていました。
MPA療法が始まってから、少しずつ体に変化が現れました。最初は仕事の疲れだと思っていましたが、振り返ると薬の副作用だったのだと思います。
体調の変化
①食欲亢進、体重増加
飲み始めて間もなく、顔がふっくらしてきました。前の部署の人に会った時に「あれ!なんだか健康的になってきたね」と言われました。
仕事以外の時間はお菓子のことばかり考えるようになりました。次の休みはこのカフェに行こう、このお菓子を食べようって。思考がお菓子に支配されてるのかってくらいおかしくなっていました。
仕事の疲れもあり、お菓子を際限なく摂取した結果、半年間で体重が12kgも増えてしまいました。見た目が変わっていく自分をみるのが本当にきつかったです。
②不正出血
おりものシートにおさまるぐらいのちょろっとした出血が毎日続いていました。
③便秘
初めは環境の変化で便秘になっていると思っていたんです。毎日苦しくて、踏ん張って迷走神経反射が起きることもありました。
今思えば、早めにマグミットなどを処方してもらえばよかったなと思います。
④めまい
薬を飲み始めてから、頭に熱がこもったような、ぼんやりする感覚が続きました。
そのうち船に乗っているかのようなめまいも出てきて、仕事はなんとか乗り切っていたのですが、ベッドで横になると気持ち悪くなってしんどかったです。
⑤ホットフラッシュ
急に汗が止まらなくなります。汗染みがついてないかよく心配していました。
⑥手の痺れと震え
腕の辺りから指の方までピリピリしてるんですよね。眠れなかった日は痺れが増していました。
指の震えもだんだんひどくなってきて、細かい作業に時間がかかり、仕事にも影響が出ていました。
あまりにも辛かったので、医師に相談し1日3回の薬を2回に減らしてもらっていました。それでもそんなに改善しなかったです。
⑦気分の落ち込み
かなりマイナス思考になっていましたね。
当時は独り身で、友達が彼氏と仲良くしている様子をSNSにあげているのをみて、精神的にやられていました。自分の病気を受け入れてくれる人はいるのかなってぼんやり考えていました。
⑧記憶力低下
部署異動をして覚えることがたくさんあったのですが、頭に入れるのに苦労しました。
治療が終わってから仕事用のメモを見返したとき、「なんであのとき覚えられなかったんだろう」と、自分でもショックを受けました。
自分にあらわれた副作用はこんな感じでした。
副作用の出方には個人差があり、体重があまり増えない方もいれば、手の痺れや震えが出ない方もいるようです。
1月末から半年間薬を飲み、4月と7月に子宮内膜搔破術を実施して治療効果を確認していました。
7月の手術で異形細胞がいないことがわかり、寛解となりました。
でも、その頃には身体も心も限界でした。
「寛解したら元の生活に戻れる」と思っていた私を待っていたのは、休職という選択でした。
当時は体重が増えてしまったことに悩んでいましたが、甘いものは私にとって数少ない楽しみでもありました。
写真を見返すと、「こんなもの食べてたな」と少し懐かしくなります。





食べ過ぎ……
