哲学対話書簡 「かわいいってなんでしょう⑤」
うまく言葉にならなくても、考えがまとまらなくてもいい。
思いつくことを思いつくままに、けいこさんと始めた哲学対話書簡です。
かわいい爺さんになりたいんだよな。
爺ちゃんのことは、爺ちゃんと呼んだことがない。「爺やん」だ。
爺やんはかわいい。
出かける時、爺やんはジャケットを着てネクタイを締める。時々、シルクハットをかぶる。
覚えているのは鰻を食べに行った時のことだ。
夏バテして元気がない爺やんから鰻を食べたいと連絡がきた。
迎えに行くといつもよりパリッとした爺やんが出てきた。今日はシルクハットの日だ。
夏バテでぐったりしていると聞いていたのに、いつも以上にお洒落でパリッとしていた。
テーブルに運ばれてきた鰻を嬉しそうに見つめる目が笑っている。
鰻のためだけに連絡してきた爺やんは、食べ終わると「それじゃ、また」と言って颯爽と帰っていった。
手を振りながら大股で歩くパリッとした背中は、鰻のおかげで力が漲っているように見えた。
それから僕も夏に食欲をなくした時には、鰻一択だ。
これからどんどん暑くなっていく。
爺やんのあの日の背中とにっこりとした顔が、鰻を食べたら大丈夫と言っている。
桃のことを水蜜と言う。
初めて水蜜と聞いた時は、何のことかわからなかった。
爺やんの家に遊びに行った子どもの頃のこと。その時はじめて「水蜜」に出合った。爺やんの一番好きな果物が水蜜だ。
爺やんが「そうだ」と言って立ち上がり、何かを大切そうに抱えて戻ってくる。
「食べるかい」と渡された水蜜は、甘くて手がベチャベチャになって最高に美味しかった。
小暑の今、スーパーにたくさん並んでいる。
ポップにはデカデカと「今が旬、桃」と書かれている。
「水蜜なんだけどね」と呟いて、2個入りのパックを手に取った。
だって水蜜って呼んだ方が何倍も美味しい。
ザッと水洗いした水蜜を皿に載せてテーブルまで運ぶ。
爺やんの笑っている顔が浮かぶ。
楽しそうに目を細くして、愛おしそうに笑っている。
ああ、爺やんみたいになりたいんだよな。
爺やんみたいに笑いたい。
今年は水蜜をたくさん食べよう。
手をベチャベチャにしてかぶりつこう。
次のテーマは「大人になるってどういうこと」です。
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